99.矜持と覚悟
スカーレット姫が現着した。
「姫ーぼくですよ!」
姫はニコッと笑い、手を振ってくれた。キャー。
そのまま行ってしまった。ギャー。
変装が完璧すぎた。その後、クロードさんと『スカーフェイス』もチャレンジしたが、ただ傷ついて戻った。
「やるわよ。機士の自己紹介」
彼女はまず、ギアでの試合で戦力把握に努めた。
その試合前のメンテナンス作業に兵器顧問として参加したおれは、要塞付きの機士のみならず、姫が引き連れてきた他の機士たちの機体も整備した。
「ネフィー、てめぇ分かってんだろうな?」
「はいはい、イゴール君の機体もやるから待っててね」
「そうじゃねぇ!! また前みたいなことしやがったら、今度こそ殺すぞ!!」
彼とは少々強引に和解して、横流ししたパーツをいただいた。
「暑苦しい、血の気の多いやつよのう」
「レディに対し失礼だよ、君?」
「あぁ?」
さっそく他所の機士と喧嘩になってる。
「ほらほらケンカしないでねー」
イゴール君は手を出さない。
おれの整備が無いと困るからね。
「ネフィー様、彼、必要とは思えませんね」
クロードさんは人格的に問題がある点がお気に召さないようだ。
「ぼくも嫌いです。でも、彼は『できる側』なんで」
「できる? 戦闘が?」
「いえ……まぁ、すぐわかります」
作業を終えておれは『アリアドネ』整備班に近づいた。リザさんの傘下なのでみんな顔見知りだ。
「こっちはいいです」
「手を触れないで!」
「あっちに行っていてください!!」
「あうっ」
それおれが作ったのにぃ!
仕方ないので口出しをした。
「なぜこの機体性能を把握している?」
「いいから無視だ」
「だが、寒冷地の選択としては合理的だぞ」
整備班が言うことを聞いて作業を始めた。
「何者だ?」
「ひょぇ!」
リザさんに剣を向けられた。
「この機体は最高機密。初見で口出しできるほど単純なつくりではない。情報源は誰だ!?」
リザさん、凛々しい。
いや、言ってる場合か!
これだけ近いのに、気付いてもらえないとなると……
「リザさん、お菓子つくるの得意ですよね? ぼく、まだ頂いてませんよ? 弟さんがうらやましいなぁ」
「……何者だ、貴様っ!!?」
火に油を注いでしまった。
「優秀な兵器顧問ね」
そこに姫がやって来た。
「姫様、怪しいです。始末しましょう」
「ひょぇ!」
「違うわよ、リザ」
はぁ、さすが姫。
やっと気づいて――
「きっと情報源に頼まれたのでしょう? 私の機体を整備しろと」
「え?」
……頼まれてませんけど。
「きっとその辺にいるのよ、あいつが」
「なるほど、彼の……」
まだ、気付いてもらえてない?
「あの、姫、ぼくです」
「ん?」
「だから、ぼくですって!!」
姫はキョロキョロあたりを見渡す。
「ん? 妙ね……あいつの声が聞こえた気が?」
仕方ない。
リザさんを『加重』で止めた。
そして、姫に飛びつく。
「この魔法は!?」
「は?」
姫の右ストレート。大丈夫、これまで何度も受けてきたから。
この感触で気付いて、姫!
「ぎゃあー!!」
脚だった。
脚を蹴られた。
「はっ、この感触、この悲鳴は……???」
「わかってくれましたか、姫」
姫が硬直し、見たこと無い顔をしていた。
「……ミ゛yっw!?????」
聞いたことの無い悲鳴が出た。
「うそ……なんて格好してるのよ、あなた!!?」
「ああ、姫……骨折れたかも。抱き起してくれたら治るかも」
「はぁ、分かったわ、踏んであげる」
「なぜ、負傷個所をおぉぉ!!!」
痛い思いをしてやっと気づいてもらえた。
◇
自己紹介という名の、試合が始まった。
「賭けていいわよ。好きでしょう?」
要塞は大いに盛り上がった。
その反面、余興、パフォーマンス、遊び……冷ややかな視線を送る者も多かった。
実際それは試合というより、確認作業だった。
「さすがね、キルソン。一撃で敵の喉笛を掻き切る勢いとその機体感覚の正確さは大いに学ばせてもらったわ。ただ、敗けておいてなんだけれど、左半身の反応が遅れていると思うわ。古傷?」
「はっ、恥ずかしながら……30年前の野戦で不覚を取り、御見苦しい限りでございます」
決して動きのいいとはいえない老兵相手に敗れたが、誰も特別落胆してはいなかった。
まともにギアを動かしている。
それだけでも、マシと思われたのだろう。
「兵学校次席卒業は伊達ではないわね、ダーク。動き出しの速さと視野の広さはとても実戦向きよ。自分の得手不得手をよく理解している。あとは、機体をもっと信じて攻撃を着実に当てる意識があるといいわね」
「仰る通り実戦で本職の整備士のメンテは受けたこと無かったので、やや控えめになってしまいましたね。まったく、僕としたことが」
試合後の講評、話し合いが長く、不満も出た。
実戦経験の無い皇女が、アドバイスして何の意味があるのか、と。
しかし、3試合目、4試合目、5試合目、6試合目、7試合目と進んでいくと、みんな「あれ?」と思ったに違いない。
まだやるの? 皇女様、休んでなくない?
彼女の戦い方は決まって高機動で相手の周りをぐるぐる回りながら、訓練弾で撃ちまくるというもの。
一番疲れるやつだ。
誰かが呟いた。
「なぁ、あれって……敵のゲリラ戦法と似てないか?」
似てるも何も、同じものだ。
彼女はそういう確認をしていたのだ。
「次はイゴールだ!」
「おおし、やっちまえ!!!」
「ボンクラ共に格の違いを見せてやれ!!」
荒々しい歓声を受けたイゴール君。
彼は静かに戦闘態勢をとった。
両腕でガードの体勢のまま、動かない。
当然、射撃の的となり続ける。
するとそれまで周回していた『アリアドネ』が急接近した。
それに合わせ、イゴール機はアッパー性の打撃を繰り出した。
当たりはしなかったが、そこで試合が終わった。
「いいじゃない、あなた。あなたみたいなタイプが一人は部隊に欲しかったのよ」
ハッチを開き、姫がイゴールを称えた。
「訓練弾といえど、的になり続けるのは相当な肉体強度と度胸がいるわ。そして、相手の接近に合わせた最適な攻撃の型まで……二等機士なんて嘘みたいね」
ま、おれとマーヴェリックと『スカーフェイス』でアドバイスしたからなんだけどね。
彼の強みは肉体の強度、それを背景とした身体強化スキルにおける力の上昇率の高さだ。
彼はそれを無暗に攻撃へと使っていたが、防御に極振りした方がはるかに光る。
性格と相反する戦法ゆえに分からせるには苦労した。
機体に閉じ込めて動けないようにしたりして……
イゴールは不服そうだったが、最後には有用だと認めた。
キレ散らかしていたけど。
だが、おれが彼を見限らなかったのは潜在能力があったからではない。
「皇女殿下の動きは単調でしたよ。正面から来る必要はなかった」
言い返した。
場が凍り付いた。
そうだ。それでいい。
「そうね。その通りよね」
どうせ反論されると思っていたのだろう。
イゴールは面食らった顔をした。
「ネフィー様……あれが『できる側』で、ございますか?」
「はい」
ギアでの連携は生身よりはるかに難しい。意思疎通ができなければ、隊を組むなんてできない。
ウェールランドの機士たちも、階級とは関係なく意見は常に言い合っていた。それが、連携には必要不可欠だ。
強いとか弱いとか立場とか身分に関係なく、自分の考えを言える。
これが意外とできる人が少ない。
「気付いたことがあったら言いなさい。私も言うわ」
そして、それを受け入れることもまた『本物』でなければできない。
イゴールは彼女の前で、素直に膝を着いた。
「……おれも、何か……役に立たせてください」
「隊を編成する。お前も加わりなさい、イゴール」
「はっ!!」
機士であることにすがって、それだけを護るために執心していた男が、機士である意味を見つけた瞬間だった。
「次、スリーロック二等機士」
最後の相手はこの男。
彼がマーヴェリック少尉であることは姫もリザさんも気づいていた。
なので、各砲門フル装備。
対するマーヴェリック機は『クラスター』である。
おれが整備した。
「この時を待ってたぜ~!!」
両機、ハッチを開いて顔を合わせた。
「では、殿下」
「ええ」
試合開始と同時に、マーヴェリック機が急接近した。
『アリアドネ』から放たれる一斉射撃の中、マーヴェリック機は距離を詰め、あっという間に『アリアドネ』の左サイドで攻撃態勢に入っていた。
「前より速い!」
「わわわー姫―!!!」
その攻撃は空を斬った。
『スラスター』による急速回避。
距離を取られ、再び弾丸の雨に晒されるマーヴェリック機。
だが、さすがというばかりだ。
常に射撃より一歩先に回避している。
「なんだよ、全然当たってねぇじゃん!!」
「弾の無駄だな」
「やはり、見せかけ、こけおどしだ!!」
何も分かっていない群衆と案内人。
一方で、イゴール達機士は騒ぐことなく戦いの行方を見守っていた。
「ギア本体の動きを完璧に捉え、弾道を先読みをしてやがる……」
「だが、皇女殿下の集中力よ。攻撃と回避の両立に魔力を使い続ける、何たる精神力……」
圧倒的魔力運用力と、超近接戦の高等テクニック。
二機の戦闘は両雄のスタイルのぶつかり合いと化した。
だが、単調な繰り返しではない。
「スリーロック機のキレが増していってやがる」
「機体感覚を掴んだか」
「でも、皇女殿下もそれに対応しておられる」
弾倉を使い、機体が軽くなっている。加えて、姫もマーヴェリックの動きに慣れ始めている。
繰り返し、反復し、修正していく。
姫がずっとやってきたことだ。
「皇女殿下、あのフェイントに釣られねぇだと……」
「今攻撃できたでしょ? なんで攻め切らないんだ?」
「ふむ、罠だな。殿下も誘っておられる」
二機の動きは互いのために段々と無駄が省かれ、最小限に留まり、ついに膠着した。
「と、止まった……機体不良ですか?」
「いや、ミッション操作の音で、牽制し合って止まりおった……」
「これで実戦経験がないだと? なんて高度な戦いしやがる……」
おもむろに、スリーロック機が両腕を上げ、ハッチを開いて降参の意を示した。
誰もが疑問に思ったその理由を彼は端的に説明した。
「決闘ではないので、このへんで」
姫もハッチを開いた。
「さすがね。機体スペックはこちらが圧倒的優位だったのだけれど」
「いやいや……それだけの機体をこれだけ派手に動かしてまだ余力がある殿下こそ、いやー御強い~!」
「あなたの行為は、今後の働きで恩赦が受けられるよう取り計らうわ、スリーロック二等機士。それまで機体は預ける」
「……はは~御恩には働きで報いますよ、殿下」
試合が全て終わった。
一人戦い抜いた姫を、誰が笑うものか。
「軍本部は、私たちに何も期待していない」
彼女はそう言い放った。場は静まり返った。
「我々は精鋭ではない。それは敵も同じだ。ならなぜ帝国軍に勝てた? それは準備し、計画を立て、それらを遂行したからに他ならない。お前たちならどうする? 天候が味方し、勢いづき、さらなる戦力を手に入れたら? 南下はしないと本気で思うか? 私は思わない」
その言葉の裏付けをたった今見た。
この試合が実戦を想定した選別であると、さすがの無頼漢共にも伝わった。
「世間でどう言われようとも、有事の際我々がこのガイナ帝国の代表となる。我々こそがガイナ帝国であり、お前たち一人一人がガイナ帝国となる……必要なのは身分や家柄ではない。帝国軍人として当たり前に持っている矜持と覚悟だ。そして、ここで逃げずに集まった者たちには、それがあると信じている」
彼女の言葉が兵たちの何かを呼び起こした。
「それから、私のことは姫と呼びなさい」
誰かが帝国国歌を口ずさみ、それに呼応し大合唱が起きた。
姫の行為の意味を察し、彼女を称えるために。
ただ、あの案内人は戸惑い、通信装置を握ってどこかに行ってしまった。
「『スカーフェイス』」
「分かってるよ。認識番号を見てグウェンに連絡する」
これで、連絡先との通信を傍受できそうだ。
演説も終わり、裏へ引き揚げてきた姫を迎える。
「姫……!!」
涼しい顔をしていた姫の顔が一気に青ざめる。
姫がもたれかかるのを受け止めた。
心臓の鼓動が聞こえるようだ。
「――っ、ゼェはぁ゛はぁ゛っ……」
疲れないわけがない。
とっくに限界を超えていた。
それを皆が察していた。だからだろう。
大合唱はしばらく止まなかった。
「お疲れさまでした。立派でしたよ、姫」
この後雪が降り、戦いが始まった。
烏合の衆は束ねられ、この灰色の要塞に栄光の光がもたらされた。
その最大の要因を問われたら、皆おそらくこう答えるだろう。
最初に姫がみせた、矜持と覚悟である、と。