98.アンタッチャブル
ヴェルフルト要塞。
殺伐として不正と喧騒が尽きない無法者の巣窟。
到着早々、貨物車が強奪されかけた。
「彼、すごいわね」
『スカーフェイス』が列車の外にいる略奪犯を蹴散らしていく。
おれとマリアさんは車窓から恐る恐るその様子を眺めていた。
「マリアさん、口調に気をつけてください。今あなたは執事のクロードなんですから」
「私に口の利き方を正せだなんて出世したものですね、ネフィーお嬢様?」
「ぼくの荷物も持ってくださいね。演技ですからね」
「後でスカーレットに言うわよ」
「荷物は自分で持ちます」
人が豪快に飛んでいくショーが見納めになってようやく、要塞の憲兵が駆け付けた。
「なんだ貴様、怪しいやつめ!! 仮面を取れ!!」
「いや、犯人はあっちで」
「ふざけてるのか! その仮面を取れ!」
「ああ、はい……」
まずい。
呪いの仮面モード発動だ。
「あれ、外れない!? どうして、今朝は大丈夫だったのに……!」
「抵抗する気だな!? えぇい、逮捕する!!」
「いや、違うんですって!」
なぜか『スカーフェイス』が捕まり連行されてしまった。
「おやおやー?」
チンピラたちも連行はされたが、拘束は受けていない。
「かわいそうなマクベス。助けてあげましょう」
「そうですね。いろいろきな臭いし」
司令官室を訪ねると、そこにはやる気のなさそうな男がいた。
「ようこそレディ。と言いたいところですがさっそく問題を起こしてくれましたな」
「はぁ、どうもすいません」
クロードさんがへこへこするおれの頭を捕まえた。
「こちらのセリフ、でございます。管理不行き届きに官憲の早合点で、時間を取られました。辺境伯には無能で僻地に飛ばされる者と、有能で要所を任される者と二通りいます。あなたはどちら、でございましょうか?」
言い過ぎ言い過ぎ。
「さすが南部は執事まで尊大ですな。こちらは手順に従ったまで。お連れの方は素性を隠しており、加重暴行だ。おまけに、そちらは貨物の検分を拒否された。ここにはここのルールがあるのです。従ってもらわねば」
「帝国法に基づけば、我々被害者に荷を明かす義務はないはず、でございます。それに相手は武装し十人以上、こちらは素手で応戦。加重暴行とは言いません。自衛でございます」
「なら訴えたらよろしい。中央まで戻って役人を連れてくることですな。まぁ、私なら一言で釈放もさせられますが、憲兵の口止めその他諸々で、相応の費用が掛かりますがね。さもなくば、荷を解き、後ろめたいことがないと証明なさったらどうです?」
これはつまり、金を要求されているわけですね。
さもなくば、情報を売れってか。
クロードさんがため息をついた。
「荷を解き、中を検めたら、後悔なさいますよ?」
「私を脅しても無駄ですよ。さぁ、どうするね?」
おれたちはまず、手荷物から見せることにした。
◇
衛兵隊の詰め所に『スカーフェイス』を迎えに行った。
「ありがとう二人共。早かったね。どうやったの?」
「クロードさんが辺境伯脅した」
「ああ」
どっかの大店の店主が別件で捕まった時、この要塞の贈収賄を記録した裏帳簿を情報部に提出して減刑されたそうな。
辺境伯への賄賂の記録を見せたら、大人しくなり、即釈放となった。
「まだ大事にする気は無かったのだけれど」
クロードさんは姫にこの情報をあげて、この要塞の実権を掌握する手助けにと考えていたのだ。
妹に用意した手土産を失い、プンプンである。
「まぁ、収穫もあったし、結果オーライということで」
「収穫とは何のことですか、ネフィー・リドリム嬢?」
ついでに辺境伯の傍にいた軍人に案内を頼んだ。
収穫とは君だよ。
フェルナンドの間者、ウィヴィラとの内通者だからね。
辺境伯の傍に、要塞内の機密をウィヴィラへ流す人間がいることは元々想定していた。
情報部の名を口にしたとき自分が内通者だと顔に書いてあったし、状態検知で【政治工作タイプ】と判明したので間違いない。
問題は、こいつが直接フェルナンドと繋がっているのか、ただの末端なのか、あと、他にもいるのかだ。
「収穫というのはですね、治安の悪さを着いて早々知れてかえって良かったって意味です」
「まぁ、はい。いろいろあったので」
「ここが不正の温床だからウィヴィラに軍事物資が流れた。そうしやすい構造にしていた……のでございましょう?」
クロードさんの問いを案内人は肯定した。
「まぁ、はい」
「物資を横流しする軍、不正な課税で儲ける役人、密輸で儲ける商人、彼らの犯罪を見逃す代わりに賄賂で儲けていた辺境伯……けれど、国境線が封鎖されれば儲けは無い。辺境伯は資金源を失い、各勢力が雇っていた無頼漢共は野放しに。そんなところ、でございましょう?」
「『スカーフェイス』、分かった?」
「辺境伯は金欠で、おれたちが久々の金蔓になるはずだったと」
「あの、その『スカーフェイス』って何ですか?」
案内人、気になるのは上司の悪口よりそっちなのね。
「この非常時に金儲けって図太い神経だよね」
「まぁ、はい。誰もここが戦場になるだなんて考えもしてない。軍もそうだ。総司令に皇族、しかもあの『悪逆皇女』が来るそうではありませんか。のんきなものですよ、ハハ」
まるで、これから起きる戦いを予期しているかのように得意げだった。
こいつは末端だな。捕まえても益はなさそうだ。
腰に信号通信機をぶら下げている。
信号通信でやり取りしているならグウェンの信号解読で通信も傍受できる。
こいつを使えば、仲間の編成と敵の侵攻のタイミングが掴めるかも。
あとは、ここに敵を迎え撃つ戦力が残っているのかどうかだ。
おれたちは要塞北側の防御壁に着いた。
思っていた通り、ギアはお粗末なものばかり。
だが、ドックに輝きを放つ機体が一機だけあった。
「おほー! 純正パーツで組んだ『グロウ』だ!! うひょー寒冷地用の白迷彩だーかっこいい!!!うーん、この塗装は、おお、見たこと無い高分子ポリマーの組み合わせだ。お高そう……論文とも違うし、北限域のオリジナル? この密着性と緻密性、おれにも自作できるかなぁ? ほほう、防錆と断熱効果……凍結対策は凍結防止剤を別で上塗りしてあるのか。手間がかかってるな。この耐熱シートは可動部の保護で……ふんふん、オイルも特別性ですな。貴族の専用機でもないのに、スクラッチなしのピカピカ動作機関。すぅばらしい!!!」
明らかに不正にパーツを横流ししている。
密造ギアだわ。
「俺様の機体に、触るな!!」
ギアとお話してたら、大男に怒鳴られた。
大男……大……でかぁ!
2.2メートルはあるぞ。
「まずい、イゴールだ。リドリ厶家とはいえ、奴に逆らおうだなんて!」
え、まだ逆らってないのに。
この案内人、ボケてるのか。わざとか?
■状態検知
・機乗力【近距離:6/10 遠距離:2/5】
・魔力量【B】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体強化スキル】
・覚 醒【5/10】
掃き溜めにいるにしては、有能だ。
ここの元締めってわけだ。
「その体格では、内部フレームに違和感があるのでは? 特に機体廻しを続けた後半に」
「……あぁ?……だったらなんだ?」
「直しましょうか?」
肉体を酷使してパンプアップすると、感応板との接続が微妙にズレる。特に筋肉量が多い人は多少の違和感があるもんだが、この人は特にそうだろう。
「私は、兵器顧問として中央の要請で派遣されてきました、ネフィー・リドリムという者です」
「南部人に北部仕様の機体が扱えんのか?」
「マニュアルは読み込んできたので、把握していますよ。嫌なら無理強いはしませんが」
焦らすなよ。早く中も見せろ。
「いいだろう。お手並み拝見だ」
イゴールは不敵に笑い、おれを試した。
「終わりました」
「あ?」
10分ほどで終わった。
自動フィッティング機能と内部フレームを調整しただけだ。
余った時間でたんまり中を見させてもらった。
要領は把握した。
メイン動力のみの行軍でもサブ動力炉を低回転させて動かし温める補助装置があるのと、冷却装置の循環ホースが二股になっていて、温熱が全身を巡るようになっている。凍結対策だ。
「適当こきやがって、これで変わって無かったら……」
イゴールは機体を動かし、負荷をかける。
しばらく動かして、感触に納得した様子だ。
「いい仕事しやがるじゃねぇか、南部人」
「どうも」
こいつからパーツを分けてもらえたら、そこそこ戦力を上げられるだろう。
「これに免じて、てめぇらは半殺しで勘弁してやる」
「え?」
「だから言ったんだ! あいつはまともじゃないんだって!! 付き合ってられるか!!」
案内人が一人逃げて行った。
「てめぇ、他の機体も整備する気だろう? 調整は俺様の機体だけでいいんだよ!」
そんな理不尽な。
襲い掛かるイゴール機。
さすがに、重力魔法では防げない。
『スカーフェイス』がおれとクロードさんを抱えて走る。
「逃がすか!!」
『ジャンプ機構』で一気に迫る『グロウ』。
「ヘイヘイヘ-イ!!」
と、そこに、別のギアが介入し、イゴール機をけん制した。
「誰だ、てめぇ!!」
「おれは、この世の美女、全ての味方さ!!!」
「邪魔するな!!」
イゴール機のタックルをスルリと避ける旧型の錆びた『オーム』。
魔力モーターによる『スムースモーション』での回避行動だ。
「おら、こっちだ、こっちだ」
すれ違いざまに、イゴール機の装甲をバシバシ叩き挑発する。
まるで闘牛と闘牛士だ。
「こ、この俺様が、『オーム』ごときにやられるかよぉぉ!! おらぁぁぁ!!」
典型的なストレート型の突進。
それを、『オーム』は静止状態から急加速で側面へ回避した。
「上手っ!『ソリッドステップ』!」
「すごい、相手の攻撃線の常に外にいるよ」
「――っ!! ぐぅぉ!?」
パパンッと連打。
イゴール機のがら空き側面へ左右のパンチ。
「軽そうに見えて、効いてる?」
「角度だ。急所を的確に捉えてる。すごい当て勘だ」
鈍重な機体で、あの的確な攻撃。芸術的な機体制御。
どっかで見た気が。
「ちょろちょろしやがって、このネズミ野郎!!」
『ジャンプ機構』からのアッパー性の打撃が『オーム』のフロントハッチを装甲板ごと吹っ飛ばした。
「当たった!?」
「いや、掠めただけだ。見切ってる」
「ほぉぉ……あれ?」
むきだしになった機士の姿を見て、答え合わせができた。
■状態検知
・機乗力【近距離:14/35 遠距離:18/35】
・魔力量【A】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体強化】【感覚強化】【分析】
・覚 醒【12/20】
なんかすごいやつだと思ったら、マーヴェリック少尉だった。
「喰らえ、『スーパー・マーヴェリックタイム』だ!!」
ブースト加速からのフェイント。
イゴール機を誘い込み、カウンターで脇腹に肘。
後退した機体を追走。
ストレートパンチ。
とどめに飛び膝。
イゴール機はひっくり返り、地面に激突した。
「ぐぉぉお!! クソが!! まだだ!!」
「いやタフだねー、おたく。だが残念。動力接続部をつぶしておいた。もうその機体は動かねぇよ」
「ぐっ、何もんだ……てめぇみてぇな機士知らねぇぞ」
「おれはマー……あいや、スリーロック二等機士だ。最近配属された。よろしく~!!」
売れないロック歌手みたいな長髪を短髪にして、口髭も剃って、ゴーグルで顔を隠してる。
いや、そもそも隊服や階級章も違う。
この人、機士正のはずなのに、二等機士に成りすましてる?
「あれ? 君ぃぃ……」
バレたか……とさすがに緊張が走った。
「かわいいねぇ! どこのご令嬢? リドリム? え、あの暗殺一家の……おおっと」
前にがっつり会ってるのにこちらには気付いていない。
ならいいか。
「マーヴェリック少尉ですよね?」
「……誰、それ?」
「さっき、『スーパー・マーヴェリックタイム』って言ってましたよ。 事情があるなら話してほしいんですけど」
「いやぁ、派遣される予定だったスリーロック君とたまたま酒場で会ってさ~「行きたくない」って言うから入れ替わってね~……あ、くそうっ、美女の頼みは断れん!!」
変装して部隊に紛れ込んでいた。
撤退したギルバート軍を離れ、軍規に反して単独行動。他人に成りすまし身分詐称。 間違いなく軍法会議ものだ。
「頼む、報告は待って欲しい! おれは皇子殿の仇を討たなきゃなんねぇのよ!!」
「ギルバートはまだ死んでねぇよ」
「ま、そうだけど」
原作で帝国側の主人公と言われる彼は単独だと行動の予測がつかない。だから最後まで生き残っていたわけで。
こうして突飛な行動をする。
変装して潜り込むとか考えても、普通はやらないだろう。
だが、戦力としては申し分ない。
国防線は守備範囲が広い分戦力が分散される。中隊長を任せられる機士が必要だろう。
「黙っておきます。助けていただいたので」
「恩に着るぜ、マイフェアレディ」
キモ。
話していると、イゴールがもう動いていた。タフだね~。
「スリーロック、てめぇの名前と面は覚えたぜ。この要塞で俺様に逆らったことを――あ? てめぇ、なにしてやがる!?」
「え? 何って……機体のメンテですけど。パーツ交換しますね?」
綺麗に動力系ラインを寸断してくれたおかげで、そこまで派手な損傷はない。
「イ、イカれてんのか!」
「えー、それって自虐ですか?」
「ハハハ、デカ物、お前の負けー残念!」
「調子に乗るなよ!!」
「やめとけって。おれは加減してやったが……ほら、あちらさんが」
『スカーフェイス』の方を見る。
「それはそれ、これはこれだ」
「あ? てめぇ、何見てやがる。ふざけた仮面しやが――」
イゴールが言いかけて、膝を着き、そのまま腹を抱えて悶絶した。
速すぎておれには見えなかったけれど。
「ガァ……っ!? うごぉぉぉ……」
「もし二人に危害を加えたら、次はこれを顔に喰らわせるからね」
コワっ。
「怖ぁ……何この奇抜仮面?」
要塞現着から約一時間後。
この一件で、おれたちはアンタッチャブルと認定されて、とても動きやすくなった。




