96 北部攻略 最初の戦い
ヴェルフルト要塞は、国境を守護するための防衛線の役割を担う重要拠点だ。
険しい岩山と河川の中間に巨大な防御壁が待ち構え、その正面北側には複数の堅牢な監視塔がそびえたつ。
監視塔を突破しても、高低差のある堀に誘い込まれ、左右から十字砲火を浴びる。
たとえ、防御壁までたどり着いても、そこにはギアの部隊が待ち構えている。
鉄壁の要塞だ。
しかし、その要塞を突然の猛吹雪が襲った。
北の兵士たちは恐怖で竦み、逃げ出す者が出た。
当然だ。
雪は降らない。だから敵は南下できない。要塞は安全だ。
それがただの楽観だったと思い知らされた。
さらに主力であるギルバート軍がいない。
貴族たちは何かと言い訳をして戦力を自分の領地から出そうとしない。
要塞には戦況を理解していない司令官と、問題だらけの兵士たち。
対するウィヴィラの襲撃は見事だった。
雪上を滑走し、監視塔をすり抜け、堀や罠を回避し、城壁まで難なくたどり着く。
この要塞はガーゴイルの侵攻を想定して建造されたもので、ギアによる襲撃は想定されていなかったのである。
彼らの狙いは防御壁で護られた補給基地。
内通者からの情報をもとに防御が手薄な補給用搬入口へ、雪に乗じて壁の東西から迂回して一気に襲い掛かろうとした。
その作戦を打ち崩したのがスカーレット姫だ。
「なぜおれたちの襲撃が分かった!?」と、彼らは驚いたに違いない。
敵機の部隊は防御壁の左右でそれぞれ待ち構えていた3機×3隊のギア中隊に鉢合わせした。
そして、防御壁正面、そこにはスカーレット本隊。
《引き付け! 撃て!!》
21機7隊を指揮するスカーレットの号令ごとに、敵機は撃破されていく。
「どうしてこちらの位置がわかるんだ!?」と、不思議でならなかっただろう。
ホワイトアウト、視界ゼロ、強風で狙いもままならない中で、敵機を撃破するその戦略は実にシンプルだ。
敵機のグロウは正確に強襲を仕掛けてくる。それは視覚装置にガーゴイルの器官機をそのまま使っているからだ。彼らにはこちらの位置がはっきり見えている。
要塞に来て、スカーレットは雪山での経験があるものを選び出した。兵士のみならず補給基地で働く民間人も含めてである。
経験則またはスキルにより、ゼロ視界の中でも視認が可能な狩人、山賊、情報将校、メイド、医者、金細工師らに『眼』の役割を与え、音声で敵の位置を伝えさせた。これならば視界が遮られクレードルを介した連携が出来なくてもある程度敵を認識できる。
《おい姫様よ!! 狙い撃ちされてっぞ!!》
《怖気づくな! オームの追加装甲は抜かれない!》
とはいえ、正確に目視するわけではない。おおよその位置、距離しか現場の機士にはわからない。
機動力を失ったギアを取り囲むようにして敵機が銃撃してくる。それを装甲で耐える。さびついていたオームから剥ぎ取ったものだが、機動力を重視した敵機の兵装では簡単には撃ち抜けない。テリトリーに入ったところを一斉に散弾砲で撃ち、機動力を奪う。
《この程度、臆するでないわ、小童共が》
《年寄りがでしゃばんなや!》
《だ、大丈夫さ、エリートのボクがやられるはずないんだ》
《怖いなら私の影に入りなさい! 守ってあげるわよ》
《エリートのボクが守られるなどありえない!》
《あ、コラ、姫様の前は俺様だ!》
《どけ小童共が!譲れ!》
短い練兵でスカーレットが選択したのは高度な連携ではなく、簡略化した役割分担と勇気が求められる戦法だった。そして姫は、焚き付けるのが上手かった。
《敵が後退》
《退いたのか?》
敵も馬鹿ではない。
すぐさまその最大のアドバンテージを活用する。
雪、寒さを味方につける。
すなわち耐久戦だ。
《本番はここからよ》
滑走する敵機は移動にほとんど魔力を使わない。それに寒さに慣れている。
対する寄せ集めの機士たちは北限域での戦闘経験がなく、寒さと視界が奪われた精神的なプレッシャーにより体力が奪われていく。
恐怖心を煽られ、隊形が乱れた。
すると敵の一斉攻撃が開始された。
《中央、左からまっすぐ来てる》
《中央、右から2機》
《中央、正面突破で来ます》
音声により敵位置の情報が交錯し、混乱が起きた。
《作戦通りね。焼き払うわよ!!》
付け焼き刃の策が攻略されることは織り込み済み。
スカーレットが放った煌めく赤い炎。
放射状に放たれた炎は敵機に大きなダメージを与えるものではなかった。目的は足場。雪を融解させ機動力を奪い取った。
《左翼、挟撃だ》
《右翼も来てる!》
正面での失敗を受けて、標的が両翼に集中した。
その時、スカーレットの魔力はダイダロス基幹を介し直接各中隊の隊長機に注がれた。
『アリアドネ』に搭載される『ダイレクト信号通信』だ。
莫大な魔力、その魔法の信号が各中隊長機へと送信された。
《今よ!! 焼き払え!》
各中隊長機から放たれた『烈火』が敵機の足元の雪を一気に融解させた。
閃光と共に突如足場を失ったギアは、ぬかるむ足場で釘付けとなる。
本来火魔法が使えない中隊長たちが、スカーレットのマニュアル操作による高度な二点間誘導法を再現。
『アリアドネ』に搭載されるもう一つの新技術『フラッシュミラーリングアシスト(FMA)』により、二点間誘導法のマニュアル操作を仲間の機体に搭載した使い捨ての記録晶石に一時保存し、記録補助による自動化を可能にした。
要するに超絶技巧の即席コピーだ。
《油断するな! 敵機のスペックはグロウ以上と思え! 連携して討て!!》
機動性の優位を失った敵機とのブーストクロスコンバットにおいて、スカーレットの指示は的確だった。
敵は魔力を消耗するがこちらはダイダロス基幹で無尽蔵。耐久戦の意趣返し。
その目的は一機も倒されることなく、敵を全滅させること。
圧倒的勝利により、今後の反乱の勢いを削ぐ。失われた兵士たちの士気を取り戻す。
機が熟したところで、一気に勝負をつける。
《突撃!》
その合図でブースト状態のギアが敵機に真っ直ぐ突っ込んだ。なす術なく打ち取られていく敵グロウ。
そんな中、リミッターを外したグロウが一機『ジャンプ機構』で包囲を飛び越え、スカーレット機へ。
《姫様! 上ですぞ!》
敵グロウの特殊対装甲剣が『アリアドネ』を貫いた。
《隊長機、討ち取ったわよ!》
敵グロウ隊長機が地面に落下。切ったのは雪の中の残像であり、剣より先に『アリアドネ』の特殊対装甲ストリングスが中空の敵機の両脚を刈り取っていた。その後ファイアースラスターで回避。
《何たる早業。感服致しましたぞ》
《さすがだぜ……》
《や、やった! 敵の抵抗が弱まりましたよ、皆さん!》
敵の戦意が完全に消失した瞬間だった。
この最初の戦いで、スカーレットの部隊は戦果を挙げた。
文句のつけようがない、完璧な勝利。
敵の第一陣を殲滅。
11機のギアを撃破。
3機を拘束、13名を捕虜とした。
名実ともに、スカーレットが機士として認められ皆の呼び方も変わった。
おれはその瞬間に立ち会うことができた。
「スカーレット姫殿下!! 我らが将!!」
「姫機士様!! 我らが将!!
「烈火の機士!! 我らが将!!」
まるで物語の一幕を見ている気分だった。
『悪逆皇女』と呼ばれていた彼女が……
いや、彼女の戦いは始まったばかり。
「今日は勝った! 敵はまだ第一陣を投入したに過ぎない! 雪も止んでいない! 備えよ!! そして次も勝つわよ!!」
姫の言葉に兵士たちが呼応した。
その雄叫びに要塞が揺れた。
◇
帰還した機士たちがおれに手を振る。
さて、おれも仕事だ。
姫と眼が合った。
「あなたも来なさい、ネフィー」
「はい~、姫様かっこよかったです~!! 惚れちゃいます~!」
姫に肩を寄せるがとがめる者はいない。
「ムカつくわね」
「え~ひどい、イケてませんか? 温かいでしょう?」
フワフワのコートを見せびらかす。
「かわいいわよ。だからムカつくのよ」
姫の傍にいても誰もおれの正体に気づかない。
「ネフィー・リドリム、やめなさい、人前で。姫様もです」
「そうだよ、ネフィー様」
リザさんと謎の仮面の男『スカーフェイス』がおれたちを引き離そうとする。
「えー、寒いから」
「そうね、寒いから仕方ないわよね」
「皇族が人前で戯れないで下さい」
「うわ、すごい力でくっついてる。離れない。どうなってるの!?」
おれはネフィー・リドリム。
南部系ガイナ人の24歳。
フラーヴァにある兵器製造会社『センチュリオン』の技術者であり、天才技術者ガウスの弟子でもある。
兵器顧問として招集された、アズラマスダ家に連なる暗殺一家リドリム家の生き残り。
スカーレット姫とはこの要塞で初めて出会ったが、意気投合し今じゃ大の仲良し。
そしてグリム・フィリオンと同等の整備力と評され、『青い瞳のネフィー』、『リドリ厶の魔女』などと呼ばれている。