本章 95 北部攻略
前話を改稿しております。よろしくお願いします。
「……馬鹿な」
新聞に、グリム君の死亡記事が載っていた。
「グリム君は殺すなとあれほど……」
いや、記事には爆発直後の建物の写真も載っている。
「爆発を上空に逃がしたのか」
解体できない爆弾を用意した。万が一ギアで防がれても殺せる威力だったはず。
どうやったかは分からないがグリム君は爆発を躱して潜伏したか。
死んだふりをして、ウェールランドでギアの開発を秘密裏に進める気か。
「いいのかな。そんなところに閉じこもっている間に、世界が変わってしまうよ」
◇
帝都の軍本部、その大会議室に北部の貴族、軍と行政各部署の責任者、識者たちが集結した。
その場にはスカーレットも皇族として出席した。
顔を見ればわかる。
彼女の表情からはグリム君の死への悲壮感は全く見られない。
やはり彼は生きている。
果たして隠れたままでいられるかな。
スカーレットがピンチでも……
「おれに、機体を用意せよ!! あの卑怯者どもを皆殺しにしてやるぅ!!」
「ギルバート殿下、落ち着いて下さい!!」
対策会議ははじめから混乱した。
流血しながら叫ぶのは、我が兄ギルバート。
この男を会議に呼んだのは、ウィヴィラの戦法、戦力を周知させるためだ。
「敵は雪の上を滑走してくる! 平地のギアより機動力があったのだ! おまけに、敵ギアはグロウばかりに見えて中身は別物だ!! ホワイトアウトの中、正確に我が隊を襲った! 何か姑息な策を弄したに違いない!!」
おっと。錯乱している割に、的確な情報だな。
だが頭から血を流している男の言葉は受け入れがたい。
早々に退席させられた。
「えー、ギルバート殿下の報告は参考にするとして、今後は防衛ラインを下げ、緩衝地帯のヴェルフルト要塞を拠点に補給ラインを築きましょう」
作戦は私が当初提案した通り、吹雪が止むまで踏み込まず、戦力を集結させ整える。
「ヴェルフルト要塞での指揮はどなたに?」
皆、臆して前線近くには行きたがらない。
「私が行こう」
真っ先に手を挙げた。
「殿下、それは……」
「殿下には、この統合対策本部の指揮をしていただかなくては」
そう言ってくれてうれしいよ。
ギルバートが退場した今、周辺の各駐屯基地と貴族の私兵、中央の常備軍らをまとめて動かせる者は限られる。
この大敗の直後ともなれば、なおさらだ。
本物の気高さは戦後の平和が駆逐し、今や墓の下にしかない。
誰が指揮するのか、貧乏くじを引きたくない貴族、軍高官が言い争いを始めた。
さぁ、スカーレットよ。
君はなぜこの場にいる?
自分に何かできると考えているのだろう。
己も自己保身と体面のためにその椅子に座っているのか?
仕方ない、この兄が背中を押してあげよう。
「やはり、要塞には私が行こう。この大敗の中最前線に赴く兵士たちを鼓舞し、帰還した兵士たちを称えることは、皇族の務めだ」
「ですが、反帝国主義者たちの捜査もまだ……いや、皇族……居られるではありませんか!!」
そうだよ。やっと気が付いたか。
「スカーレット皇女殿下! 殿下にこそ、この任は相応しい!!」
一同の視線はスカーレットに向かう。
「私が?」
「何を言っている、駄目だ。スカーレットは兵学校を卒業してもいないし、実戦経験も無い」
「ですが、あのウェールランド基地の総意により、機士になられた実力者! ギルバート殿下、ルージュ殿下に次ぐ実力とのうわさもある!」
「おお、最新の専用機はあのグリム・フィリオンの遺作だとか! その威光を見れば、兵士たちの士気も上がりましょう!!」
皆の意見が一致した。
さぁ、スカーレット。自分の口で言うんだ。
「お兄さま、私が参ります」
その一言で、会議の空気が緩む。
「……要塞は北限域より南だ。戦いにはならないだろうが……そうか。ならば正式に、任命しよう」
「ヴェルフルト要塞防衛の任、このスカーレットが拝命しました」
会議終了後、スカーレットの元に駆け寄った。
「お兄さま」
「スカーレット、すまない」
「いえ、皇族として当然の務めです」
スカーレット、成長したな。
大役を押し付けられながら、動揺が無い。
だが、私を前にして緊張はしている。
グリム君から、私を警戒するようにでも聞かされたか。
「この戦い、治めて参ります」
「ああ、天気が荒れなければいいが」
ヴェルフルト要塞近くは吹雪かない。
例年なら。
だが、ウィヴィラが祀る古代のギアの力は、天候さえ操る。
スカーレットは思わぬ吹雪と共に、強襲を受けるだろう。
新型が一機あろうと、実戦経験皆無の彼女にはどうすることもできない。
だからグリム君は何らかのアクションを起こす。
私はそれを待てばいい。
だがもし、スカーレットを見捨てるなら……
それでもかまわない。
きっとその方が、私をより理解できるようになるだろうから。
◇
役立たず、新人、引退間近の年寄りなど、有象無象の機士で編成された急ごしらえの部隊を率い、要塞入りしたスカーレットたちを程無くして悪夢が襲った。
視界を覆う大雪。
それに合わせ、突撃を行うウィヴィラの部隊。氷雪仕様にカスタムし、ガーゴイルの器官機をそのまま内蔵した『サイコ・グロウ』での強襲。
彼らは帝国軍の戦力や配置を把握している。
環境、戦略、兵器、士気、それらのすべてで今の彼らは帝国軍を上回る。
再びの悪夢に怯える敗残兵と、戦いにはならないと油断していた補給部隊、自己保身に走る逃亡兵たち。
勝負が決する前に、一気に前線は崩壊するだろう。
さて、スカーレットは何日持つかな。
グリム君はどう動くのだろう?
楽しみだな。
「殿下、音声のみですが状況が入ってきました!」
「前線はどうなっている?」
「お喜びください! 要塞は死守されております!!! 敵の襲撃は続いていますが、こちらの損害は軽微!!」
「……うん?」
耳を疑った。
吹雪でダイダロス基幹を用いたサポートは遅延が生じ使い物にならない。
視界不良でそもそも戦闘どころではない。
機士もリザ・ハーネット以外は役立たずばかりのはず。
そもそもあそこには軍をまとめ上げる将がいない。
万が一のときのため、要塞の動きをウィヴィラ側に伝える間者を潜り込ませている。
どうやって勝っている?
「指揮はハーネット卿が?」
「何をおっしゃいますか! 殿下が任命されたスカーレット皇女殿下でございます!!」
「何かの間違いということは……」
「殿下が軍をまとめ上げ、先陣をきり、獅子奮迅の働きで敵を撃破しておられるとのことです!!」
「そうか……」
「どうやら敵の内通者がいたようで、その者たちも捕らえたと報告が」
グリム君は来ない……そうだ。彼は生粋の技術者だ。
すでに、スカーレットを救い終えている?
設計を見たが、スカーレットの新型は重量過多で、明らかに耐久力重視。その上スカーレットには不向きな遠隔兵装ばかり。スピードを失った彼女に何ができる?
グリム君は彼女に何をしたんだ?
「ハハハ」
私は笑いが込み上げて止まらなくなった。
「素晴らしい」
やはり、グリム君は強くまっすぐで美しい存在だ。
だが完璧じゃない。
救った命の数、勝利を積み上げていけばいくほど、それが崩れ去ったときの衝撃が、君を束縛する多くのくだらない歪みに気付かせるだろう。
きっと君はより完璧に近づける。
私と同じ目線で世界を見る者になれる。
私が救い、支え、変える。
だから今は許そう。
ウィヴィラの独立は叶った。
この熱は全土に広がる。
戦いは始まったばかりだ。