93.5 ルージュV 其の二
広大な荒れ地に、高い岩山が囲う。
ガーゴイル討伐のため先行していた討伐部隊と合流する。
数体という話だったが、倒しても倒してもガーゴイルが沸いてくる。
私の剣は鈍った。
戦場に身を置いても集中できない。機体に振り回され、剣が乱れたからだ。
私は身に起きたことに動揺した。
原因はあの村長だ。
あの老人が私から強さを奪った。いったいどうやって?
《殿下の機体が不調だ!! お守りしろ!!》
《御下がりください!!》
村長はなぜ私にあのような事を言ったのか。
一歩間違えれば、村ごと焼き払われていただろう。
ギルバートならそうした。そして、それを責める者はいない。
村長は私を見て、そうはしないと見透かした。
あの恨みに満ちた眼で。
村長以外、私に敵意を持つ者はいなかった。
彼は己と父祖の恨みを、子孫らに伝えずガイナ人の中で生きられるようにした。
それが、あの老人の明確な意思だ。
お前は何をするのか、という問い。
恨みつらみを言ったのがあの無垢な子供たちであったなら、グリムであったなら……私はどうした?
皇族である業をこれほど強く実感したことがあっただろうか?
これも変化に対する抵抗か。
私は自分を疑ったことが無かった。
他者より優れ、強く、先へいっていた。
その自信が揺らいでいる。
私は何のために戦う?
生き延びた先で、何を成すべきなのだ?
《『紐付き』がでたぞ!!》
迷う私の前に、それは現れた。
獲物を探し、戦いを求め、ただ享楽に興じている。
悠然と佇み、ギアを突き刺す。
写し鏡のように感じた。
「臆するな!!」
《殿下!?》
私は自分に言い聞かせた。
自然と出た刺突。『紐付き』は尾で打ち払った。
「相殺され―――!? ぐぅ!!」
この期に及んで技に依存し、攻撃を正面から受けてしまった。
《殿下!! お無事ですか! 殿下!!》
「はぁ……はぁ……」
重装甲が無ければやられていた。
『紐付き』を相手にしたのは初めてではない。だが、感触がまるで違う。
尾が装甲をかすめ、弾け飛ぶ。
防御力が高かろうと、鈍重なカスタムを施した『クラスター』では的だ。
恐怖が駆け巡った。
この先の敗北、死、さらにはその先にある未来を想像した。
この部隊の壊滅、ウェールランドの被害、帝国の政治バランス、フェルナンドの造る世界―――そこにあの村の子どもたちの、あの無垢な笑顔はあるのか?
いや、全て消え去る。あの村長の強さも、グリムの生き様も無駄になる。
なぜグリムは私を助けるために人生を賭けた?
それはその先にこそ、より良い世界があると信じているからだ。
私にはその信じたことを実現させ、国を、人を導く義務がある。
恐怖で止まることなど許されない。
何を迷う? 変化がなんだ。
私は『串刺し皇女』のルージュ。
帝国最強の機士だ。
私は一段先に上がる。
より高みへと進化する。
その答えは常に私の中にある。
『ルージュ姫、剣の奥義とは何かわかるかな?』
ウィリアム・ヘル。
我が剣の師との日々が脳裏に浮かぶ。
『突きであろう?』
『突きはね、難しい。確かにその分攻撃力がある。でもね、こうしたらどーお?』
剣を掴まれた。
『刺突を極めるなら、刺突以外を極めなければならないんだよ、お分かり?』
『分からん!!』
今なら分かる気がする。
「私が引き付ける。全員で狙え! 私ごとで構わん!!」
《で、殿下!!》
『紐付き』の尾を打ち払うことに注力する。
私にヘイトを集める。
この機体と剣の重量なら、当たり負けはしない。
基本の正眼の構え。
振り下ろし。
剣術における基礎の基礎。
この方が敵を押し留める力が出る。
この重みを剣に乗せる。
造作もない。
全て打ち落としてくれる!!
最小限の動きで尾を打ち払う。
「今だ! 一斉にやれ!!」
背後に部隊が揃った。同時にこちらの狙いに気付いた『紐付き』。
「ちぃ!!」
私の引き付けが甘かった。
こいつは、超絶技巧を用いた渾身の一撃を繰り返さなければ倒れない。
攻撃に割って入る。受ける。
《殿下!!》
《我々のために、そんな!!》
「決まるまで何度でもだ!」
打ち払う。衝撃でめまいがしてきた。
《殿下!? 自分がやります!!》
フリードマンが敵の正面に回る。
三式グロウから放たれた薙ぎ払いは空を切った。
勢いそのまま『スピン』し手元でハルバートを短く持ち、ごく近距離の打ち払いがクリーンヒットした。
『アクセルターン』時の回転に加え、空振りからのもう一回転。
私は目で追った。
その攻撃で、顎を跳ね上げられのけ反る『紐付き』を。
フリードマンの攻撃の神髄を見て、目に焼き付けた。
そして掴んだ。
高い精度の基礎。
それを如何につなげるか。
それが奥義。
私に必要なのは、単発の技や術法ではない。
技のつなぎ方の発想。
その果てに、グリムの求める剣がある。
◇
帰還の際、同じ村に立ち寄った。
ボロボロの私を見て子供らは無垢に寄り沿ってきた。
村長は相変わらず険のある眼で私を見ていた。
「貴様らの王の治世では与れなかった平穏と繁栄を、その子らの子々孫々に至るまで守ると約束してやる」
「……口約束に何の意味がある。自分も守れない者に他人が守れるのか?」
「貴様に言ったのではない。今のは貴様の兄、父、亡き輩共の霊魂に誓ったのだ」
村長は眉を顰め、言葉を紡ぐように口を開いた。
「……わしの家族は何と言っていた?」
「知らん。だから一方的に告げた」
「……わしもガイナ人をたくさん殺した。わしは彼らの怨念を受け入れている。帝国の皇女よ。彼らに約束できるのか? その業を女の身で背負えるのか?」
「祖霊と我が名に誓う。私は皇帝となる。私を信じる者たちに報い、信じたことを実現させる。だから、安心して眠るがいい」
村長は「勝手にやれ」とでもいうように、自宅に引っ込んだ。
「そして眠るように逝け」
「殿下、村長を勝手に殺さないでください。あと、キサラは置いて行ってください」
「ちっ、バレたか」
基地に戻った私は敗北を重ねた。
フリードマン相手に空を飛ぶ感覚を味わう。
これだけ皇族を吹き飛ばした男もいまい。
医務室で目を覚ます。
「グリムを呼べ」
私の不敗神話が崩れ、もめたようだ。
殺気立つ親衛隊とメイドたち。
グリムが責められ、マリアがフォローしたのだろう。
「フリードマンの三式グロウを直してやれ」
「増幅基幹は消耗品ではないんですが。経費はウェールランド基地持ちですし」
「それぐらい出してやる」
「『クラスター』はどうしますか? ハンデはそのままで?」
「当たり前だ」
三式相手にハンデもなにもない。
「フリードマン、加減するな!!」
《はっ!!》
粉砕機の暴風の中、その連撃を全て受けきる。
特殊対装甲加工された刃同士が激突する。
一撃目を防いだ。
スピードがないから、派手な動きはしない。
基礎の型を淡々とつなげる。
逆回転の追撃を躱す。
追い打ちを受け流す。
『スピン』して増した攻撃を受け止める。
パワーがないから機体と剣の重さを加重移動で威力を上げる。
集中し、相手の動きを見極める。
フリードマンのハルバート捌き、その16パターン。
その全てを受けきる。
攻撃には当て感のようなものがある。最大威力を発揮する角度とタイミングだ。グリムはこれをクリティカルと言っていた。
そのタイミングを外して、技の完成の前に受ける。
優位な体勢で受けるだけで、相手の体勢を崩せる。
17撃目。
単純な剣の振り下ろし。
攻撃の完成が早い私の方が主導権を握った。
大胆な攻撃に打って出た三式グロウに対し、『スピン』で躱す。
巨大な刃が頭上を通過する。
ついに我が剣が横っ腹をとらえた。
三式グロウは宙に浮き、地面に激突した。
《殿下、降参します》
「フリードマン、大儀であったな。もういいぞ」
《そんなー殿下。用済みみたいに》
「冗談だ。感謝している」
マリアとの仲は認めないがな。
「おお、さすが殿下! まぁ、大佐の技ぐらいちょっと見たら対応できますよねー」
「ひでぇな!! まぁ、そうだろうけどな」
まったく、盲目的な信頼ほど恐ろしいものはない。
「無論だ。私は完璧で最強だからな」
私はこれからも自らを研ぎ、鍛え続ける。
グリムの信じるルージュであり続けるために。
「……」
「何ですか、殿下?」
「グリム、お前は廃屋暮らしだったらしいな」
「はい。『朽ちた』という形容がつきますが。急になんですか?」
「すまなかったな」
グリムは戸惑った様子で目を見開き、狼狽えた。
「えぇ~! 殿下!! 何ですか!? ぼくに何をしたんです!?」
「フフ、なんだろうな?」