93.5 ルージュV 其の一
ウェールランド基地に着いて夜会が終わり、『アリアドネ』の製造に取り掛かったグリム。
その合間に、私は私で調整を始めていた。
『クラスター』にオームの重装甲とグロウのパワーフレームとスプリントチャージャーを追加した不格好なカスタム機を寄越して、グリムが言った。
「殿下になら、これぐらい使いこなせますよね?」
「当然だ。私を誰だと思っている?」
今や奴は帝国随一の技師であることは明白。その奴の期待に応えるのは楽ではない。
『調整機』とは本来、扱いやすく仕上げるものだ。
それをグリムは『サイクロプス』より重く仕上げた。特別パワーがあるわけではない。むしろ、スピード型のミッションの方がよく動く。
機体は重く、動作機関は速さ重視。アンバランスだ。
こんなものを扱える機士がどれだけいる?
「あなたが文句を言わず、頑張るなんて珍しい」
「フフ……確かに」
マリアに言われた皮肉に笑うしかない。
私は子供の頃から天才だった。
剣でも勉学でもダンスでも誰にも負けなかった。大人相手でも私は秀でていた。
全くつまらない人生だ。何をしてもすぐできてしまう。同年代と競い合うという経験が無かった。
だが、唯一ギアだけは違った。13歳、身体がそれなりに大きくなってから初めてギアを纏った。ギアの前に私はその他大勢と同列と化した。
そして、一から積み上げ、帝国最強とまで詠われるに至った。
「今がとても楽しい。おかしいですか?」
「死が迫っているのよ?」
この訓練は私が生き残るために必要な過程に過ぎない。
一度通った道だ。楽ではないが、期待に満ちていた。
「私は死から遠かった。今、死が近づいてきたことで私の生は充実している」
「あなたは変わらないわね」
「そう?」
やるべきことはやっている。そこに迷いはない。
課題は明白だ。
『アルビオン』の剣、私が敗れた要因。
それは、私が女であるという一点に尽きる。
私は天才だから、自分にあった剣技をすでに持っている。
帝国式刺突剣だ。
あらゆる移動系の超絶技巧からでも、私はあの強力かつ正確無比な突きをギアで放てる。
ゆえに『串刺し皇女』の異名を持つ。
しかし、突き技では敵を一機ずつしか倒せない。
突き技を選択したのは幼少期から習っていた剣の癖だ。
今更ながら、そこにはもはや合理性がないと気付いた。幼少期、体格差のある男に勝つためには正確な刺突が有効だったというだけ。自然とそれに磨きをかけてきた。
だが、ギアには体格も性別も関係ない。
グリムはその課題を明確に指摘した。
『クラスター』は過剰に重量を増大させられていた。
その重さを剣に乗せる、フリードマンの技を獲得させるために。
「皇族を二人も吹き飛ばしてなお飽き足らず、次は私と言うわけか?」
《滅相もございません!!》
「冗談だ。そのつもりで来い!!」
幸い手本がある。
奴のギア廻しは見事なものだ。
『アクセルターン』からのハルバートによる薙ぎ払い。
加速による遠心力と敵へのカウンターで威力を増大させている。通常はあれだけ巨大なハルバートを振るえば、機体が流され、正確さが失われる。そもそも、あれは兵装課の道楽者が遊びで造った欠陥品。実戦で使いこなせると誰が想定してたか。
それはそれとして、技はその一つのみ。ワンパターンだ。
一度手本を見れば、造作なくできる。
《いや、お見事でございます》
「フン、当然だ。私を誰だと思っている?」
ならば新型をすぐにでも慣らしておきたい。
『アリアドネ』完成後スカーレットが基地を去り、次は私の専用機だ。
そう期待していたがグリムは多忙で、まだ完成には遠いという。
「グリム、お前は私の専属技師だということを忘れるなよ」
「あ、はい」
本当にわかっているのか……
今になって少し後悔しているのは、グリムに国家公認技師の資格を取らせたことだ。ギア製造には必須なものだけれど、こうして仕事漬けなのは頂けない。
普通、私の技師にここまで過剰に仕事を頼むことはない。
私に遠慮して、近寄りもしない。
牽制してやらねば、どこかの誰かに取られかねない。
ふと、妹の顔が浮かんだ。
まさか。
私を焦らせるとは罪な男だ。
「殿下、第二段階です」
グリムが新たに剣を造った。
特殊対装甲剣。私が刺突剣に使っていた細身のものより刃幅が広く厚みもある。
幾度も剣を使い潰してきた私には剣の良し悪しは見ればわかる。
それは名剣だった。
だが、私は剣を使い潰すことに全く抵抗がない。
「遠慮なく使わせてもらう」
そう息巻いていたが、これがグリムの出した課題であることにすぐ気が付いた。
一気に機体のキレが失われた。
加重移動が遅くなり、攻撃も鈍い。
「なんだこの剣の重さは……!」
見た目以上の質量。グリムならではの加工法で生み出したものか。
あまりの重さに、振り回すと慣性力で関節が音を上げる。
さらには刺突の速さと正確さも失われる。
そう、兵装課がたわむれに造ったあのハルバートと同じ。
これを扱えるものがどれだけいようか。
グリムよ。私も女だ。そう苛烈に求められては困惑する。
私の専属技師は、これまでのルージュという機士の強みを破壊し、否定することに躊躇が無かった。
そしてそれが「できて当たり前」と確信しているのだから性質が悪い。
楽しむ余裕は消えていた。
私になれというのか。
フリードマンのように?
奴がなんだ。確かに強いが、ガーゴイル相手に一芸で成り上がった一兵士に過ぎん。
正面から挑まず、策を弄せば簡単に倒せる。
マリアの言う通り、私は変わっていなかった。
変わろうとしていなかった。
己を完璧だと言い聞かせてきた呪いが、私を鈍らせた。
◇
ガーゴイル討伐遠征。
私にとっては娯楽と同じ。狩りに近い。
気分転換で、フリードマンのお手並みも見ておこうと同行することにした。
「一々大佐である貴官が出向くなど、忙しないな」
ウェールランド州の大佐は帝国国内においては良くて少佐相当だ。それでも、佐官であることには変わりない。部隊を指揮し、実行は部下に任せるのが普通だ。
いや、私が言えたことではないな。
「それには理由があるのです」
「ほう?」
「ガーゴイルを討伐する機士こそ、男の中の男! 討伐実績があれば、多少問題があっても出世できます!」
「出世してどうする?」
「立身出世に果てはありません! 美しい貴族令嬢と結婚して帝都で持ち家暮らしがしたいのです!」
「俗物め」
ギアを纏っていないフリードマンは実にありふれた男だ。
一見、兵の風格を漂わせているようで、所々が抜けている。
それが私とマリアの一致する見解だ。度々マリアを誘うあの軽薄で分不相応な態度が、なおのこと癪に障る。
身の程を弁えろと言うのだ。
……いや、知らないのだ。仕方あるまい。
それは理解しているのだが、あの軽々に姉を誘う様子が腹立たしい。少しは察せ。あの顔立ち、佇まいを見れば事情があることくらいわかるだろう。なぜ他の男どもが近寄らんのかわからないのか。
やはり腹立たしい。
フリードマンは村に着くと村人たちと交流した。
現地民には愛されているらしい。
「立身出世か。大嘘つきだな」
何も察することなく、平民だと信じているマリアを誘うのはつまりはそういうことだ。
奴は、ここでこの仕事を続ける。だから、今もこうしている。
口でどう言おうとこれが、奴の行動原理であることは明らかだ。
「不器用な奴だ。ちっ、腹立たしい」
遠巻きに眺めていると、ウェール人の少女が近づいてきた。
「うわーきれー! おひめさまだ!!」
「ん?」
金色の瞳を輝かせながら、私を見上げる。
「うぉー!! キサラちゃん!? やめなさい、めっ! このお方はおっちゃんの100倍エライ人なの!!」
「金髪だ! フリードマンの女か!!」
「うぉおい! 何言ってんの!! コラ、アリム君飴を渡さないの!! お姉さん口説こうとしないの!!」
慌てふためくフリードマン。
「構わんさ。この男に女はいないぞー。この先もずっとな」
「殿下!? 冗談になっておりませんが!?」
少女を抱き上げる。すると子供たちが列をなした。
皆小さいグリムのようで愛らしいな。
村人たちも無警戒で笑っている。
これがこの男の守りたいものか。まぁ、少しは理解できる。
「よっ」
「殿下―っ!! 子供を投げ渡さないで!!」
「喜んでいるではないか。ほら、空を飛びたい者は並べ。ハハハ、童はよく飛ぶな!」
穏やかな空気の中、ただ一人村長だけが私に敵意を向けていた。
大抵は私の眼をまっすぐ見ると、怖気づく。
だから黙ってそうした。
すると村長はまっすぐ私を見返し、口を開いた。
「フリードマンには感謝している。安全に暮らせるのはあの男が命を賭してこの地に蔓延る怪物どもを駆逐してくれたからだ。だが、帝国皇族が我らの王にしたことへの恨みは消えん」
恨みながらも、その相手にすがることで平穏を謳歌している。
弱い者たちだ。真実を知らず、受け入れず、己を被害者と哀れむだけ。
以前の私なら気にも留めなかっただろう。あるいは剣を突き付け、「ならば仕合え」と迫っただろう。それが強者生存を理念とする帝国の法。
だが、そうしなかった。
その金色の眼に臆したわけではあるまい。グリムの同族だからと義理立て、いや、甘くなっていたのだろうか。
「私が皇女であると知ってのことか。いい度胸だ」
「わしの兄も父も、ガイナ人に殺された。皇族とて屈しはしない」
村長はそれだけ言って家に引きこもった。
「殿下、あの老人はもうボケているのでしょう! どうか、相手にしないでください!」
「ボケているのはお前だ」
憎しみに満ちた眼をしていた。だが、私は逗留を許され、歓待を受けた。
子どもたちは相変わらず、無垢なるままに私に近寄ってきた。