92.5 スカーレット VI
「姫様、どうかお考え直し下さい」
親衛隊の軍人は護衛官という役職で、私を危険から守ることが仕事だ。
彼らはどうやら私の挑戦を危険と受け取ったらしい。
「止めないで。私が機士として通用するのか試すのだから」
私が機士として認められるには最低でも5人の機士からの推薦が必要となる。
その推薦者にリザやルージュ姉さまの名は使えない。
それで機士になっても、私に付いてきてくれる部隊はできないだろう。
ウェールランドはいいところだ。
前線でたたき上げの機士が多い。
私は彼らと戦い、認めさせることにした。
5人倒して私は機士になる。
「姫殿下の御相手は名誉なことですが……その……レース、ですか?」
「いいえ、ブーストクロスコンバットで。ダグラス司令の許可はとってあるわ。機体の使用許可も」
「……わかりました、自分でよろしければ」
訓練中に知り得たこの基地の機士たちの序列。
今いるその上位5人に挑戦する。
グリムから言われた【中距離】を意識した。
《ぐっ!! そんな戦い方で……!!》
機体は軍配備の『グロウ』で同条件。
火魔法と両腕兵装の機関砲『カタパルト』による弾幕。相手の動きに対し、私は優位な距離を取り続けた。
そして、摩耗した相手を一気に魔力で押し切る。
「ま、参りました、スカーレット様」
自分の型にはめてしまうと、ここまで優位に戦えるものなのね。
3人目までは順調だった。
私は自分の成長を実感した。
それもここまでだった。
「はぁ、はぁ……手ごわいわね」
4人目のクラウス中尉の『グロウ・ベータ』がどうしても倒せない。
3回やって、3回とも開始5秒で戦闘不能にさせられた。
おかげで、弾倉を3ケースも献上してしまった。
私が彼に勝つ頃には、弾倉の木箱で城が建ちそうね。
「リザ、あれって装甲は『オーム』よね?」
「分厚いオームの装甲が腕部の安定を生み遠距離狙撃に向いているそうですよ。動きの緩急で機敏に見えますが、実際のスピードは姫より遅いです」
「その差を埋めて余りあるほどに、彼の射撃は早くて正確だわ」
私が倒した3人も優秀だった。
クラウス中尉とギアとの親和性はひと際高い。
「反動制御、こっちの『グロウ』は腕の照準が一発ごとにズレた気がするわ」
「それが普通です。ここは帝都より乾燥して風が強い。機体への影響も大きいですから」
「クラウス機にはその影響を感じなかったわ」
「そうですね。動きながらの流し撃ちで的を外さない、全く見事なものです、中尉の腕は」
「グリムの整備力も、でしょう?」
ここに来て、グリムの整備が壁になって現れた。
こちらの『グロウ』は戦いを経る度に、違和感が増していく。
このウェールランドの気候、乾いた風が機体を揺らし、入り込んだ砂が制御を蝕む。
整備班は忙しいから、私とリザでたどたどしく整備を繰り返す。
いえ、仮に機体が万全でも、彼に勝てるビジョンが沸かない。
「姫、相手を選んでは? 戦術が露見すれば、弾幕を張る耐久戦は、遠距離に特化したクラウス中尉には通じません。分が悪い相手はいます。彼の銃の扱いは卓越している」
「ええ、物量で攻めても精密な一発で逆転される。開始と同時に私の距離に持っていくまでに、最低3発は回避しないと」
この力量差を覆すには……
「リザなら勝てる?」
「開始と同時にメイン動力炉のスムースモーションで回避に専念すればあるいは」
スムースモーション……あのしなやかな回避術ね。
ルージュお姉さまのサポート時にやっていた。
メイン動力炉の魔力モーターでの速応性を活かす見極めの妙技。
私にあそこまでの反応速度はない……
「やっぱり無理かしら……」
自分は凡庸な人間だと突き付けられている。
一つ力を得ても、二つ壁が現れる。
「……クラウス中尉は叩き上げの軍人機士です。その戦略は自ずとガーゴイル相手に特化していきます」
「ガーゴイルにはできないけど、私にできることをやれってことね……」
それは思考だ。
相手の戦術を読む力だ。
距離を詰めないと勝てない相手。ただ考えるだけじゃだめだ。
なら、戦術を読んで、考えるより直感で動く。
日を跨ぎ、対戦し、また日を改め、対戦した。
私が戦術を読むより早く、正確にクラウス中尉も私の動きを読んで動く。
スムースモーションをリザから教わり、実践する。
「姫、実際に全ての動きを予知することは不可能です。ならば、相手を動かす、誘導するのです」
「それが難しいんじゃない」
「姫、ダンスはお得意でしょう? ダンスのリードと同じです」
「ああそう。なら、簡単よね……」
10回目の対戦。
障害物の無い、基地内の舗装路。
《右脚! 左肩! 煙幕! 後方射撃でヘッドショット!!! 左ひざ! 跳弾で動力炉!!》
距離を詰めるまでの銃弾5発を全て読んで避けた。
「お見事です。まさか私の狙いを読むとは」
「あなたの狙撃が正確だからよ」
10回に一回の勝利だけれど、クラウス中尉は私を認めてくれた。
得たものが実感できた。
敵の攻撃予測と直感的反応。
スムースモーション、舞うような回避感覚。
ここまで上出来だった。
「クラウス中尉が世話になったみたいですね、スカーレット様」
「ソリア少佐、ノヴァダ卿と引き分けた腕前見せてもらうわ」
全く歯が立たなかった。
◇
ソリア少佐にドレスとアクセサリーを巻き上げられ続けているうちに、グリムに呼ばれた。
整備ドックに入ると紅のギアが私の目の前にあった。
「きゃあああ、ナニコレ!! かわいい!!」
『アリアドネ』と対面して元気が出た。
「かわいいですか。何より」
グリムは眼をパチクリとして、照れている。
設計図案よりずっと私好み。さすがだわ。
「完全に悪役ね」
「このデカ物、動くのか?」
クラウ姉さまもルージュ姉さまもどこが不満なの?
この機体の良さがわからないなんて。
「過保護が過ぎる。機動性を捨てて、防御と遠距離攻撃に兵装を割きすぎだ」
リザは辛辣。
確かに、『アリアドネ』は大きい。『ハイグロウ』型の機体を覆うようにさらなる鎧が機体を覆っている。
「姫、動力炉を信じて魔力を込めて下さい。それでこの巨体は自在に動きます」
「私はあなたを信じてる」
私は早速、『アリアドネ』に乗り込んだ。
フィッティングに違和感はない。
身体を覆う内部フレームは『カスタムグロウ』と同じ感触だ。
違うのは目線の高さ。
みんなが見守るなか、私は魔力を込めた。
まずはメイン動力炉の魔力モーター。
非力な魔力モーターでも十分違和感なく動く。
身体を動かしてみる。肉体の動きに追従する。負荷も大きくない。
可動域も損なわれていない。
「グリム」
《はい、姫何かありました?》
「あなたは約束を守ってくれた……最高の贈り物よ。ありがとう」
《はい》
「グウェン」
《え、私ですか?》
「ええ、それに整備班のみんなも、ありがとう」
バイザーに寝不足顔の笑顔が並んでいるのが見える。
あとは私に、この機体を廻す資格があるのかどうか。
動力炉の摩耗を恐れず、一気に魔力をサブ動力炉へ注ぎ込んだ。
まだ臨界点に達しない。
魔力を注ぎ、さらに回転数を上げられる。
すさまじいパワーの動力炉!
動力シフト。
ブースト加速。
一歩目からダッシュする。
「ぐぅぅう!!」
加速の負荷が全身にかかる。その瞬間、ギアと私が一体になった感覚を得た。
ストライドを大きく走行する。確かな手応え、私のバランス感覚を素早く反映して機体は安定している。
「―――ここからっ……行くわよっ!!」
『ジャンプ機構』発動と同時に、『オーバーコート』背面の『ファイアースラスター』起動。
「ぅうう!!」
機動力を捨てたかどうかは私の腕次第。
この機体は走れる!
機体制御用と説明された『ファイアースラスター』だけど、直感通り、込める魔力量次第で機体を前に押し進められる。
《スカーレット、スピードを落とせ!! その先は壁だぞ!!》
ルージュお姉さまの声が遠くで聞こえた。
なにこれ……自分にできることが直感的にわかる。
機体と自分の境目が消えた感覚。この万能感は……
私は直感的に増幅装置を介して火魔法をギアの片手から放った。
マニュアル版『ファイアースラスター』だ。
同時に、コーナリング体勢を確保。
『ダウンフォースウィング』両展開。
砲撃用『アンカークロウ』で地面を削る。
《無理だ!! よせ!!》
私個人の火魔法は増幅装置を介しても機体を制御するには至らない。
本当にそう?
解決策は常にある。
魔法の威力を上げる方法―――私はそれを『アルビオン』との戦いで見た。
魔法を玉突きさせればいい。簡単よ。
火魔法同士の衝突で威力が増した。
―――っ! 火魔法で腕の制御がブレる!!
すぐに腕部の安定を図らないと……
魔力感応操作―――不十分か!?
指先でミッションをパワー系に変更して、関節を固める。
安定した!!
急制動で横Gが身体を襲う。
「ぐぅぅうううう、曲がれ!!!」
『アリアドネ』は壁に対し平行に曲がった。
歓声が聞こえた。
《姫、やりましたね! 綺麗な『ライトアングルドリフト』でした!!》
「この重武装で『ハイグロウ』並みの加速と機動性能……グリムの方こそやったわね!!」
私の戦い方を、この『アリアドネ』が教えてくれる。
私はこの紅でまだまだ強くなれる。
◇
「スカーレット姫、『クラスター』か新型で相手でもいいですよ~」
「『グロウ』でいいわ」
『アリアドネ』ではなく、私自身の力でリベンジする。
ソリア少佐はマクベスと同じ、超反応と速応性重視のトリックスター。
戦い開始と同時に、距離を詰めるソリア機。反応速では負ける。
《おろ!?》
火魔法のマニュアル版『ファイアースラスター』でバックステップ。
同時に前方への弾幕。
動力炉と急速回避、そして攻撃。
そのどれもが大量に魔力を消費する。
私はこの魔力運用量という強みを活かす。
不安定なバック走で、迫るソリア機に機関砲を放つ。
彼女は私の銃撃を見切って躱しながら、接近する。
撃たされてる。見事なスムースモーション回避。
私にできることは当然彼女もできる。
でも、『ファイアースラスター』で距離は一定だ。
いける。
《う~ん……スカーレット様、降参します~》
「―――は? もう?」
《はい。私の『グロウデルタ』では、そのスピードには追い付けないですし。スカーレット様の弾幕は躱し続けられませんから》
勝てた!
これで5人……私は機士になれる。
それも実力で。
《スカーレット様、部下たちが世話になったようですね!!》
『三式グロウ』が巨大なハルバートを持って待ち構えていた。
「スリーストーンズ基地から戻っていたのね、フリードマン大佐」
《推薦は6人でもいいのでしょう!?》
「ふふ、望むところよ!!」
勝つまで……そう思っていたら、一回目で機体ごと吹き飛ばされた。
気が付くと私は医務室で治療を受けていた。
「かっこつかないわね……」
「そんなことはありませんよ、姫様」
外に出ると軍人たちが隊列を組み待ち構えていた。
フリードマンが書状を手渡してきた。
その推薦状にはウェールランド基地の軍人機士たち全員の名があった。