91.真実と距離
前話「90.覚悟の装い」の後半を1000文字ほど加筆修正しました。
人のいない広い貴賓室で、小さく丸テーブルを囲んだ。
三姉妹の沈黙の中、おれはそれぞれの顔を読んだ。
だから結論をおれから伝えた。
「フェルナンド皇子を、あなたの兄を、殺します」
「グリム、貴様言い方と言うものが!」
「ルージュお姉さま、大丈夫です」
そうだ。言い方なんてない。
彼女は優しい嘘に甘んじることなく、厳しい真実を受け入れられる人だ。
「グリム、それはあなた自身のためではないのでしょう?」
「はい。ルージュ殿下をお救いするため、ひいては帝国を、世界を救うためです」
姫はさらに詳しい話を求めた。自分が知るべきことを。
おれとマリアさんとルージュ殿下はそれぞれ、言葉を尽くした。
これまでのこと。これからのこと。
皇帝の計画。
フェルナンドの計画。
おれたちの計画。
「グリム」
彼女は席を立ち、おれに近寄った。
疑問は尽きないだろう。
何せ、死んだはずの姉が生きていて、父親が息子を殺そうとしていて、姉二人もそれを望んでいる。
その計画におれが関わっていた。
おれはフェルナンドが帝国を崩壊させると予言しているに過ぎない。
感情的になるのも分かる。
「はい、なんでしょう?」
「ここまで、大変だった、なんてものじゃなかったわよね」
「え?」
彼女は手を握り膝を着いて、おれを見上げた。
「そうなのね……ウェール人として兵学校に入学して、わき目も降らずに努力して……試験にあそこまで執着してお姉さまの専属技師になった。あなたはずっと戦っていたのね」
いつだって彼女はおれの予想外だ。
おれが彼女の心に寄り沿うとき、彼女もまたおれの心に触れていた。
「おれが、戦えるのは信じる仲間がいるから。これからも戦える。姫、あなたが信じてくれたおかげで」
みんなはおれがスカーレットを変えたという。
おれの方こそだ。
「なら、指示をして。私は何をすればいい?」
「では、お願いをします。まずは―――」
おれはアニメ、ゲームからフェルナンドの戦略を全て知っている。それをマリアさんに話した。
そこから逆算する、フェルナンドの初手。
マリアさんもうなずく。
おれのダイダロス基幹の弱点、信号中継局の脆弱性を突いて来る。その対策を探るため。
なら、誰かを、助けなければならない大切な人間を前線に送り込む。
奴なら、妹を危険に晒してでも、おれの反応を見る。
「―――北部で、初陣を飾ってください。そして華々しく勝ってください」
様子見をするフェルナンドの出鼻を挫く。
◇
騒動の後、彼女はご機嫌斜めだ。
「そんな、信じられない。私にまで隠すなんて……ひどい、人でなし!!」
「ごめん、ごめん」
「謝罪が適当過ぎる!! もっとちゃんと謝って下さいよ~。謝罪の品を下さいよ~」
「めんどくさいなぁ。気付かない方が馬鹿なんですよ」
「もぅ、どこで教育を間違ったんでしょうか? ねぇ、姫様?」
グウェンがスカーレット姫に同意を求める。
「いえ、被害者同士みたいに言ってるけど、計画黙っていたのはあなたも同じよね?」
「……えへ」
姫に計画を話した。
その最中、空気読めないグウェンが「え~姫様知らなかったんですかぁ」となぞのマウントを取った。
だが、マリアさんの正体が元宰相のクラウディア第一皇女であると分かると態度が一変。
『あわわ、グリム君なんで黙ってたんですか!? あわわ、殿下、不敬罪はご勘弁を~!』
『グウェン、あなた私も第三皇女だってことはわかってるわよね?』
相当トラウマだったのか、いやマリアさんに何をしでかしてたのか知りたくもないが、夜が明けてもこの始末だ。
「ねぇ、スカーレット少し離れてくれるかしら。仕事ができないわ」
「ごめんなさい、お姉様。無理です。今回復しているので」
姫は姫で反動なのか衝動なのか、姉にべったりだ。
みんなその様子を不思議そうに見ている。いくらクラウディアの顔が世間一般に知られていなくても、その関係性を疑うものが出かねない。
「姫、調整を」
「そうね、グリム」
ピタリと肩を付けて並んで歩く。ややおれより背の高い彼女と並ぶために、猫背を伸ばす。
道を間違えた。
「そんなに一緒にいたかった?」ととぼけてはにかむ。無意識に姫に誘導された。
リラックスしすぎではないかと心配するが杞憂だったようだ。
ギアを前にすると、姫の顔が見違えるように軍人めいて驚いた。
◇
「はぁ、はぁ、さすが新世代機の感触は違うわね」
配備された『クラスター』での調整に入った。
まだまだ製造数は少ないが、実績のある基地に実験的に配備されている。
ウェールランドにも数台納入されている。
姫用に新型を想定したチューンを施し、馴らしている。それに一心不乱だ。
「ちょっと、調整甘くない? 『クラスター』の真骨頂はカスタムのしやすさでしょう?」
「『クラスター』は新型への繋ぎなので。ピーキーに調整してます」
「そう。あと何あの装備は?」
長距離狙撃砲『S23バリスタ』。
キャノン砲『アストラルP5』。
ガトリング砲『ファランクス』。
機関砲『327カタパルト』。
全部試すためだ。
「私の遠距離機乗力分かってるわよね」
■状態検知
・機乗力【近距離:6/13 遠距離:4/11】
・魔力量【S】
・才 覚【機士タイプ、統率タイプ】
・能 力【―】
・覚 醒【5/10】
「分かってます。でも、たぶん姫は【中距離】特化なんだと思うんですよ」
「ん?……何それ?」
そう。機士の機乗力には【中距離】が無い。これはおれの分析が特別ではなく、他の分析者でも同じだ。人物能力を専門とする『能力分析』のスキル持ちでも変わらない。
おそらく【中距離】を感覚的に定義するのが難しいからだ。
そして、おれの場合も原作にないから本能的に測れていない。
「機乗力が全てではないことは姫が先のルージュ殿下との対戦で証明した通り」
「あれはお姉様がギアではなかったからよ」
「でも思い出して下さい。姫が『クーガー・カレロ』を寄せ付けず、完封した戦術を」
「うん。私の火魔法、全然当たらなかったわよね」
それは、狙いすました単発の魔法を放っていたから。
「一発当たらなければ10発撃てばいいのでは?」
「はぁ? そんな物量任せな方法いいわけないでしょう?」
「どうして?」
「当たらなかったら意味ないんだから」
「でも、鞭は当たりましたよね」
一撃の正確性と威力を併せ持った攻撃手段を彼女はすでに持っている。
「あれがまさに中距離の武器。近距離機乗力が高くても、遠距離機乗力が高くてもできない」
点の攻撃があるなら、あとは面。
彼女の莫大な魔力を用いた範囲攻撃は強力な武器になる。
両輪兼ね備えれば、攻撃とフォロー。討伐と足止め。突破と後退。それらを臨機応変に選択できる。
「これらの遠距離武装の使い方次第では、姫にピッタリがあると思うんです」
「……了解。使い方次第ね」
姫は意識を変えた。
個人訓練に親衛隊を巻き込み、隊列を組んだ。
その動きは理想に近づいた。
『ファランクス』二門の斉射に火魔法の範囲攻撃は精鋭の軍人たちを寄せ付けない。
距離の意識、射撃の意識の変化がピーキーな整備をした『クラスター』を使いこなした。
レースで培った機体制御とバランス感覚。
持前の莫大な魔力による高機動と攻撃持続時間。
それらは、他の機士を活かす応用力へとつながっていく。
「想像以上だ」
姫の動きを見て、製造に移っていく。
おれが姫に贈る天衣無縫のワンオフ機。
新型『アリアドネ』。
前半を1000文字ほど加筆修正しました。