89.5 ジェラルドリー
「いかがでしたか、陛下」
「余に賭けで勝つ者は珍しいぞ、テスタロッサよ」
「……恐れ入ります」
緩衝地帯に設営された古い観測所。
とある没落貴族が所有していたものの、いくつか軍閥の手を経た結果、現在では書類上あいまいで誰のものでもない施設。
そこにこの白い機体を収容した。
現代では再現できない古代のギア。
皇宮の地下。先祖崇拝の神殿に納められていたガイナの神だ。
その特殊装甲で覆われた肩に陥没が見られる。
「まさか、このギアに一矢報いる兵がいるとは」
赤い訓練用塗料がまるで血を流しているようだ。
「ひょひょ、これは危なかったですな、ジェラルド様。実弾ならこの装甲も貫通しておりましたぞ」
我が専属技師ガウスは、歓喜している様子だ。
『天才と変人は紙一重』だったか。
「ムキになるからです。たかが視覚装置をつぶされた程度だというのに」
『帝国の盾』、皇室特務ヴィルヘルム・ハーネット。
同じ師に武を学んだ兄弟弟子であるがゆえに遠慮がない。
「お年をお考え下さいませ。我らは全盛期を過ぎております」
「言うな、ヴィルヘルム。課題が明確になったではないか。クレードルシステムは視覚装置に頼り過ぎる」
「ジェラルドリー様も単機でよくやったじゃなーい?」
『帝国の矛』、皇室特務ウィリアム・ヘル。我らが剣の師。
「まぁ弱点をグリムちゃんが知っているのは当然よ。だって、クレードル造ったのも彼だものねー」
「師匠のサポートを失った途端、加減をお忘れになっていたようですが。魔法に頼るなど予定外のことまで……」
「いくら余とて、あれを一人で制御するは容易くない」
「ひょひょ、相手が相手でしたからな」
ルージュ、強くなった。得手不得手は変わらないが。
マクベス、さすがは戦闘民族スタキアの牙だ。
スカーレット。
まさか、あの子に一撃をもらうとは。
魔力が多いという印象しかなかったが。
「ぼくら、年寄りばっかでよくやったじゃなーい? あ、テスタロッサちゃんは別よ?」
余の快復は極秘。ゆえに、余の存在を知る者は限られる。
「ひょひょ、あれでまだ新型を造る前と言うのだから驚きですな」
「計画は見直すべきかと。グリムたちと合流し、確実を期するべきにございます」
「このまま堂々とグリムちゃんにとって代わるのは、帝国の理に反するよね。敗けたんだしね」
この太古のギアを起こし、ルージュたちに完勝するはずが。
やはり、彼はこの時代ですでにこのギアを知っていたか。
だがまぁ、半ばこうなるとは思っていた。
余もまた彼をよく知っている。
もうずっと知り合いのような気でいる。
◇
余のスキル『予知夢』は果てしない未来を体感させる。だが、夢の中での時は一瞬。
幼き頃より、それはただの呪いでしかなかった。
無数にある未来。
垣間見る悲劇の数々。
そのほとんどで帝国は滅んでいた。
だが時折長い夢を見ることがあった。
おそらく、余自身が未来で体験する場合のみ情報量が多いのだろう。
無数にある未来のいつ、誰との関わりかもわからずそれを追体験してきた。
その中で、異質な存在がいた。
ウェール人だ。
彼と共にいる未来は、唯一事情が違って見えた。
余は50年間夢の中で、彼の正体を探した。
夢の中では文字が読めない。会話の中で、彼の名を知る機会をひたすら待った。
余は彼を『ネフィリム』と呼んでいた。
情報部を動かして調べさせた。
しかし、ネフィリムと言う名の男はどこにもいなかった。
それは古代の伝承に出てくる闇の巨人の名。
彼は本当の名を使っていなかった。
ついにその名を知ったのはつい5年ほど前。
夢の中で孤独な彼の名を、誰かが口にした。
グリム・フィリオン。
すぐにクラウディアに指示した。
彼はすぐに見つかった。
その直後から『予知夢』で体感する未来が集約された。やはり、彼の存在が未来を決定づけていたのだ。
そして同時に、余は知ることとなった。
彼のこの先の運命を。
グリム・フィリオンは世界を救う。
その過程で何かを失う。
信頼する仲間。
愛する者。
家族。
友。
彼はどの未来でも孤独だった。己の名を捨てるほどに自己嫌悪していた。
彼は言った。
『100人を救うために、一人を犠牲にした。それを繰り返した』
帝国は、世界は、何度彼に救われただろうか。
その彼を救えないというのか。
ならこの『予知夢』の意味は何だ?
余は気が付いた。
これは未来の余から己への啓示。
彼を救えと。
◇
「計画に変更はない。フェルナンドは余が討つ」
フェルナンドがやったことを見た。悲劇に悲劇を上塗りする未来だ。
フェルナンドとグリム、両者が共存する未来はない。
皆にはフェルナンドを討つと言った。
余はスキルに呪われた愚王のまま皇太子ギルバートに襲撃を受ける。
重要なのは余の命ではない。巻き添えを食らう者の命だ。
その者の死が、彼を孤独に至らしめる最初の一人となってしまう。
なれば、余は自分自身で決着をつける。
ギルバートを捕らえ、フェルナンドの罪を暴き、裁く。
皇帝として親として、己が罪、己が業と向き合わねばならない。
無論、無駄死にする気はない。
この『アルビオン』という手段があれば、フェルナンドの『原始』にも対抗できよう。
さすれば、無用な犠牲も出さず済む。悲劇を防げる。
彼は救世主。ガーゴイルから人類を救える。
革命は余が阻止する。
たとえ刺し違えようとも。
それが余の本当の計画だ。
「皆さん、通信です。グリム君からなのでお静かに願います」
自然体を装った変わり身の直後、分かりやすく狼狽えるテスタロッサ。
「待って、その襲撃はフェルナンドではない!」
隠し通せてはいないだろう。
彼はそういう男だ。
「テスタロッサ。代われ」
「しかし……はい」
現代で話すのは初めてだ。
誰かと話すとき、緊張することなどあっただろうか。
「『アルビオン』から『ネフィリム』へ」
彼ならばこれで伝わったはず。
「土産と余興はお気に召したかな?」
《格別でした。ただ、仕込みが過ぎますね。裏切者は余計でした》
「見損なわないでやってくれ。彼女は貴方の勝利を信じていたよ」
《そうですか》
彼と取り決めをした。
この後に起こる北部戦に余は関知せず。
代わりに、続くギルバートの相手は余が受け持つ。
それまで、互いに他言しないこと。
《……では『アルビオン』さん。お手並み拝見》
最後に何を言えばいい。
50年、夢で話していた救世の恩人に。
感謝か?
娘たちを頼む?
「貴方は一人ではない。この先もずっと。その名に誇りを。グリム・フィリオン」
そこに、余が居らずとも友よ、貴方はもう孤独ではないだろう。