89.お出迎え
約3か月ぶりにウェールランドに戻ってきた。
「グリムくーん」
オイル塗れの作業着で駆け寄ってきたグウェンを重力で止めた。
「お、おおおお帰りなさい……元気そうで何よりぃぃ」
「うん」
作業員たちは列車の荒れ模様に騒然となった。
正体不明のギアに襲われたのは内密でガーゴイルとの戦闘ということになっている。
今だ。
おれは素早く、音も無く、熟練の暗殺者の如くその場を離れた。
マリアさんの元にいくためだ。
今は皇族二人が来て基地内は浮足立っている。おれが個人で行動することに疑問を持つ者はいないだろう。
技研支部、その整備ドックには思った通り誰もいない。『ロケットマン』の残骸運搬で出払っているはず。
「どこ行くのよ」
「ひぇっ」
振り返ると、スカーレット姫がいた。
「い、いつから?」
「ずっと。誰かに会うの?」
「いやぁ」
何か疑われている?
いや、きっと純粋な好奇心でついて来てしまったのだろう。
彼女がこちらに来てしまったので、お付きの方々もぞろぞろみんなこっちに来てしまった。
それにグウェンやドークスたちまで。
「もぅ、グリム君ったら。そんなにギアを組み立てたいんですか?」
「逸る気持ちもわかるが、少しは休めよ。これから忙しくなるぞ。『ダイダロス基幹』の量産体制に入るからな」
ちょうどいい機会だ。
この場には、グウェン、マクベス―――計画を知る者たちと、ドークスたち信頼している技術者、機士しかいない。
お役人がいない今のうちだ。
「えぇ、発表します。ギアを造ります。最新機『クラスター』、『サイクロプス』ら第五世代よりさらに上のギアです」
第六世代でもない。
いわば異世代機。
この時代にまだ存在しないはずの機体を生み出す。
「それでよ、どんな機体だ?」
どんな、か。
「一撃で、ガーゴイル数体をまとめて屠れる攻撃力……」
「なに?」
「0-100の急加速を可能とするアジリティ。どんな攻撃も阻む鉄壁の防御性能。それから、飛びます」
なるべくわかりやすく話したつもりだが、レスポンスがあるまでちょっと待った。
「飛ぶって空をか? あれが空を飛ぶなんて……」
「闇属性『重力』系統魔法の記録補助装置『ネフィリム基幹』を新造しました。搭載機は、空間を支配する。できます」
『ネフィリム基幹』の実証実験はつい先日成功した。
『重力加速』の三点間誘導法が通常兵装のS12バリスタと訓練弾に、『原始系』を退ける威力をもたらした。
『ネフィリム基幹』には10年間おれが実験を繰り返して得た、闇魔法のコントロール全てを凝縮してある。
問題は機体強度。
それは『硬化』の大晶石による従機士との連携でカバーする。
後は、それを扱う機士の練度。
「専用機に関しては極秘です。ここだけの話に」
「そりゃそうだ。そんなもんが、第五世代機を普及させようって今、生まれるとなれば、とんでもない騒ぎになる……」
それもあるが、本当はこの機体スペックを独占するためだ。
フェルナンドが『原始』を使ったとしても、ルージュの生存率を100%にする。
彼女の『武』による実績と、カリスマ的魅力、不敗神話が帝国の結束には必須だ。
彼女さえ倒されなければ帝国は崩れない。
皇帝にお役御免にされたとしても、この信条は揺るがない。
はっきり言って、必要ないと言われてもおれは造る。
「ちっ、フリードマン大佐は居らぬのか」
「申し訳ございません、殿下。大佐はウェールランド北部基地への増援に向かっております」
不満そうにルージュもこちらにやってきた。
「皆、休め。今宵は宴だ。そうだなダグラス司令?」
「はっ、ルージュ殿下、スカーレット殿下御両名の御来訪をお祝いさせていただきます」
「スカーレット、来なさい。ドレスの着方はまだわかるでしょう?」
「ムッ。お姉さまよりは社交的ですよ、私は」
ルージュ殿下がこちらに目配せする。
なるほど。
その準備の間にマリアさんに会って来いと言うことだな。
「おいグリム君、どこ行くんだ?」
マクベス君に止められた。
「ちょっと出かけてくる」
「でしたら私もお供します」
レイナさんはおれがマリアさんに会いに行くと察したのだろう。帰って来てからずっと探しているからな。
「いえ、情報部の人間と秘密の会合をするので」
「そ、そうですか」
レイナさんやマクベス君たちもマリアさんの正体は知らない。
クーガーカレロを運転して、司令官宅へと直行した。
マリアさんならメアリー先生のところにいるはず。
「あら、グリム君。お帰りなさい」
「メアリー先生。ただいま戻りました」
「ちょうど彼女も来たところですのよ。ねぇ?」
招き入れられた部屋の卓に、マリアさんが座っていた。クラウス君も一緒だ。彼の運転で急遽逃げて来たのだろう。
「クラウス中尉、先日のご助力に感謝します」
「他人行儀だね」
『アルビオン』について疑問は尽きないだろう。質問されれば答えがある。しかし、クラウス君は何も質問して来なかった。助かる。
今は、彼女の疑問に答えるときだ。
差しさわりの無い道中の土産話に花を咲かせ、茶を啜り、しばらくしてメアリー先生とクラウス君が退席した。
「グリム、今回の件だけど」
無論、皇帝の襲来。『アルビオン』の存在のことだろう。
「はい」
「狙いはあなたの設計図だと思うわ」
「そうですかね」
あらゆる可能性について話したが、確証は得られなかった。
皇帝の真意など分かるはずもない。
「とにかく、最悪のケースを想定して慎重に動くべきね。下手をすればこちらが賊軍として処分されることもあり得るわ」
「はい、わかりました」
おれは通信装置で知り合いに連絡を入れた。
「もしもし」
《やぁ、グリム君。もう着いた?》
通話の相手にマリアさんが唖然とする。
「テスタロッサさん、大変なことが起きましたよ」
《どうした? 軍からは何も発表されていないけれど》
「実は、襲撃を受けました。フェルナンドは通信を傍受しています」
《え? それは……確かなの?》
「はい。そこで、信号増幅装置のリミッターを遠隔で解除して全ての通信装置を破壊します」
《……は? ちょ、ちょっと待って!》
彼女からかなりの動揺が伝わってくる。たまに彼女を動揺させる遊びをしていたからこれが嘘じゃないのは分かる。
ちなみに、遠隔破壊などできない。
「この通信を最後にすぐにでも実行しなければなりませんので。では」
《待って!! それはフェルナンドじゃない!》
ほほう。マリアさんじゃないからと油断したな。
皇帝の真意はわからない。
なら分かる奴に聞けばいい。