88.9 スカーレット V
機体を回収し、ウェールランド基地へと急ぐ車両の中。
私は苦境に立たされていた。
「結果!? 結果と言ったか、リザ!!!」
「そうです。殿下はマクベスと『連携』できていませんでした!!」
灼熱のギアの中、熱傷と裂傷を負ったルージュお姉様とリザがケンカを始めた。
ルージュお姉様の一言「左も使えよ」が原因だ。
その言葉の真意はともかく、その後はこの顛末。
『止める気はあるんですが、空気を読んでぼくは退散します』
『今言うのは間が悪いんですよ、グリムさん』
『じゃあ、レイナさんのベストタイミングまで待ちます?』
『いえ、整備室にグリムさんの好きなお仕事がありますので行きましょう。私は軽食を用意しますので』
早々にグリムとレイナは回収した機体のある整備室へ向かった。なぜ私に声を掛けない? 私も連れて行きなさいよ。
そうして、取り残され、今に至る。
「そういうお前こそ、あの亜流剣術の型のぎこちなさと言ったら!! 何が合理の剣だ」
「ルージュが『回避に専念』と言ったのもう忘れた? 暑さで頭がやられた? 水でもかけてあげようか?」
お姉さまの茹で上がった赤い肌に冷水を浴びせるリザ。
呼び方がルージュになっている。二人って子供の頃はこういう感じだったのよね。
「やめ、止めろ!! 立場を弁えろ、貴様!!」
「あなたこそ、少しは成長したらどうなの!?」
お姉さまが立ち上がる。リザも近づく。一歩で激突の距離。
誰か、誰か止めなさいよ。
いや私か。
「一歩間違えば、マクベスは死んでいた!!」
切実なリザの叫びに、車両から言葉が消えた。
そのマクベスは言葉も無く、壁を背にうずくまっている。メイドが治療にあたっている。幸い、軽い打撲程度で済んだ。普通なら全身打撲で意識がないだろうけど。身体どうなってるのよ。
「フン。馬鹿の一つ覚えで打撃に固執するからだ」
「そういうルージュこそ、馬鹿の一つ覚えで子供の頃から突き技ばかり!!」
「馬鹿だと?」
「失礼、言い間違えました……単純」
お姉様が剣に手を掛けた。
「剣を取れ、非正統派亜流剣士」
「進化した合理の剣ですよ。古流剣士」
これ、私が止めるの?
勇気を出して、私。
私も剣に手を掛ける。
絶対止められないけど、間に入るぐらいなら……
お姉さまとリザの動きが止まっていた。
いつの間にか、マクベスが間に入って二人の剣の柄頭を押さえていた。
「やめて下さい、二人共。敗因はおれが『役割』を果たせなかった。それだけです」
今だ!
「二人共、やめて! お姉さま、お体に響きます! リザも公務中よ、今は!」
思いとどまった二人が離れる。
よかった。
「マクベス、ありがとう。でもあなたも身体を休めなさい」
「はい……」
あれだけの強敵を撃退できたのに、ここで大けがでもされたらたまらないわ。
「確かに勝算があったのに、仕留められなかったのは残念だけれど……反省は落ち着いてからの方が」
一同に見つめられる。
私、何か的外れなこと言ったかしら?
「勝算か。スカーレット、お前はどう見た?」
お姉さまが席にもたれかかる。ここぞとばかりにメイドたちが熱傷のケアに当たる。
やっと終わったと思ったのに。
メイドの「すいません」の視線。
わかってる。会話を長引かせるわ。
リザは『連携』、ルージュお姉さまは『技』、マクベスは『役割』と言う。
私は……
「全体の、『テンポ』に付いて行けませんでした」
加速する戦闘。
セオリーに無い戦い方。
作戦や戦術を駆使するというガイドラインが無い不安。
まるで、不協和音の鳴り響く中自分の演奏をしろと言われているような、おぼつかなさだった。
「それは敵機の速さゆえ。いや、確かに敵の間で戦い過ぎたか。こちらは複数人。タイミングを合わせるべきだったな」
「そ、そうですよね、やっぱり!?」
けど、そんな中一人だけ合っていた人がいる。
クラウス中尉だ。
最後の一発。
グリムの指示は私にはグリム語に聞こえた。
クラウスは即理解して、あの一撃のために四回引き金を引いた。グリムの闇魔法を二回放ち、訓練用模擬弾、最後にまたグリムの闇魔法。それをダダダダと一息にやってのけた。高度過ぎて何をしたのか、何が起きたのかもわからず、発射後バレルから反動が右半身に伝わり、機体の姿勢維持だけで駆動系が破損していた。
圧倒的に実力が違うのに、彼とは調和が取れていた。
たぶん、彼が私に合わせていたから。
もっと言えば、やるべきことを事前にグリムを通じて聞いていたから?
「……クラウス中尉とは『連携』できていたと思います」
「……奴の狙撃は見事だったからな。できていたというより、あちらが一方的にタイミングを……そうか」
お姉様が結論にたどり着いた。
「はい、『技術』も申し分なく、『役割』もこなしていました」
目指すべき隊としての動き。
それはつき詰めれば、カルカドの三英雄にたどり着くのでは?
直接見たことは無いけど、教本に載っていた。
彼らから万能の兵器ギアは、明確に『役割』を分担した。機士はそれに応じた高度な『技術』を要求される。それが『連携』の効果を飛躍的に高める。
新型機『クラスター』も、この思想を反映して特化型改造ができる拡張性が採用されている。
「カルカドの三英雄……隊としての総合力。加算ではなく乗算される力。それが、グリムの望んだ形なのではないでしょうか」
たぶん、あの三人なら、ソリア少佐が翻弄し、クラウス中尉が補佐し、フリードマン大佐が一撃を叩き込む。
クラウス中尉は言うまでも無く、マクベスとルージュお姉様にもこの形を取れたと思う。
シンプルだけど、それが一番強い形。
「―――おれに必要なのはソリアさんのような」
「私は突き技を超える、一撃か……まぁ、完璧な私ならできるが」
「もう一人、遠隔支援に長けた者がいれば安定します」
「それはクレードルシステムで確立しているわ。だからグリムは……」
私も座る。軍議みたいになってきた。
複数の人間が一つの戦略に基づき動く。
即席の私たちにはそれが無かった。
特に、卓越した二人の天才は、それぞれが陽動を担い、アタッカーと防御を個別に行っていた。
今まではそれができていたし通用していた。
あの車輪付きガーゴイルもそれで倒せていた。
けれど、普通ならタスクを減らし、一つに集中する。
そのための、ダイダロス基幹とサポートシステム。
私たちはグリムのもたらした技術を、上手く使いこなしているつもりで、最大効率で運用してはいなかったことになる。
「……スカーレットの言う通りだ。グリムの技術力は敗けていなかった。一重に、我々の未熟ゆえ」
お姉さまは笑った。
「この私に、攻撃以外は求めない。それが『ハイ・グロウ』の答えか……生意気な」
「おれは、敵を翻弄するヒットアンドアウェイを求められていたのか。だから、あの武装と機動性……」
マクベスは沈む。気にすること無い。
私も気が付かなかった。
なぜマクベス機に通常兵装が無いのか。追加兵装が中距離打撃兵器なのか。
「グリムが言わないのが原因よね。機体を引き渡す際、一言あればよいのに」
「それは違います、姫。己で気が付かなければ、それは身にならない。そういう邪魔をしない。だからグリムは一流の技術者なのです」
「そうね。その通りだわ」
「我が剣を『ハイ・グロウ』に合わせて進化させることまでは思い至らなかった。我が剣に先がある。それがあるという前提か……私以上に私を信じているな、あいつは」
「そうか……殿下がいるから、おれがアタッカーである必要は必ずしもない。くそ、何で気が付かなかったんだ!」
「いや、お前は動き自体はしっかりしていた。結局今の私に決定力が欠けていた。今回はあれでよかったように思う。すまんな、マクベス」
「殿下……いえ、そんな……」
なんとか、話はまとまった。
「ところで、殿下。先ほどの『左も使え』とは?」
「……フム。スカーレット、どう思う?」
また、私? なんでですか、お姉様。
いや、言いにくいことを私にってことよね、これ。
「右への『クイックターン』から右の『ムーブフィスト』は、同格の機体スペックなら決まったと思うのよ?」
「はい……あっ」
「マクベスのワンツーで決めるリズムはいいのだけど、あそこは1、2、3と手堅く、左『クイックターン』から左ジャブ、トドメに『ムーブフィスト』の方が勝算あったんじゃないかしら」
「え?」
驚くマクベス。リザも?
「え? 間違ってた? 変かしら?」
私そんなに的はずれなこと言ったかしら。
「いや、合っている。スカーレット……お前はお前で、少し反省しろ」
「え、何がでしょうか?」
「作戦があるなら、声を出せ。指示しろ」
「……私が、でございますか?」
「そうだ。お前が、だ」
そうお姉さまが言うと、皆が頷いていた。