88.魔の弾丸
着弾した赤い塗料が視覚装置を覆う。
直後、マクベス機『カスタムグロウ特式』の蹴り、ルージュ機『ハイグロウ』の剣がクリーンヒットし、『アルビオン』が後退した。
「やはり」
どうやったか知らないが、ダイダロス基幹を応用した装置で、あの機体は動いている。
その証拠に、視覚装置の動きが過敏だった。従機士の眼の数だけ、挙動に特徴が現れる。
だから、これで詰みだ。
従機士の補助なくば、あれだけの機体の制御、生半可にはできまい。
これはギアに乗った者にしか分からないと思うが、高速で動くギアの視界はとても狭い。そして怖い。
ギアに乗ったことのある者にしか分からない、まぁ、経験から導き出した唯一の弱点と言えるでしょう。
《今の狙撃、誰だ?》
ルージュから感嘆が漏れる。
「ぼくです」
おれは『カスタムグロウ』の中から応答した。
運命が再びおれをギアに乗せたのだ。
《グリム、お前が……?》
「はい」
《よし、よくや―――》
《いえ、たぶん、ウェールランド基地のクラウス中尉ですよ。グリム君は中にいるだけかと》
いいじゃない!
ギア動かしているのおれだし!
浸らせてくれたっていいじゃない!
《グリム君、動きますよ》
「えぇ?」
機体が動く。
列車から移動しようとする。
「うわわっ!! 何で!! やめて! サブ動力炉廻さないで!! いやだ、怖い、速い、ごめん無理!!」
《狙撃ポイントには居座らない。早く》
ふと、機体外からハッチが開かれた。
「何してんのよ、お前は」
「姫……」
「どきなさい、それは私の機体よ」
「あ、はい」
おれはクラウスの情報を伝える。
遠距離機乗力と狙撃の経験から、彼に従うことになる。
「わかったわ。早く戻りなさい」
「姫、お気をつけて」
「ええ」
「無理をなさらず」
「お前もね」
「……」
「……」
《緊張感っ!!》
信号増幅装置の通信で、リザさんが咆える。
《敵機健在!! 油断するな!!》
「あ、はい」
『アルビオン』は何事も無かったかのように立っている。
おれはサポート指令室のバイザーで動きを確認する。再びクレードルに着いた。
『アルビオン』の剣がそれまでの流麗な剣から、苛烈なものに変わっていた。
「えっ?」
受けた『ハイ・グロウ』が機体ごと振り回されている。
《ぐっ、コイツ、急に……リザ、受け流しは無理だ!! 回避に専念!!》
「はっ!」
ルージュ殿下が後退した。
間合いの外にいたマクベス機が吹っ飛ぶ。
《ぐっ、攻撃が見えない!!》
『大気』属性の空気圧噴出。ギアは空気抵抗の影響を大きく受ける。
攻撃に容赦がなくなった。
今度は上から下へ、圧が機体を押しつぶす。
《ちょっとグリム、状況が悪化してない!?》
「……虎の尾を踏んだか」
割って入ろうとするルージュ機を意に介さず、空気圧で吹き飛ばし、真っ直ぐ倒れたマクベス機へ。立ち上がる前に剣撃が襲う。
怒濤の攻めに対し、マクベスは『ムーブフィスト』で受けることしかできない。
マクベスはボロボロの右腕部を盾に、剣の猛攻を耐える。
「マクベス君!!」
《ここだ!!》
マクベス機、右へ『クイックターン』で躱した。
『アルビオン』が空振りで体勢を崩す。その一瞬の隙に、間合いの内側へと入った。
『ムーブフィスト』、近距離でのスラスター機構を応用した打撃。
逆転の一撃が決まった……!
その確信は裏切られた。
『ムーブフィスト』は空を切り、『アルビオン』の回転肘打ちがマクベス機にクリーンヒットした。
カウンターだ。
視覚装置の保護シールドが砕け、内部の光学レンズが飛び出した。
続けざまに回転蹴りが胴体部へまともに入った。
バイザーに映る映像がめちゃくちゃに回転し、途切れた。
《ぐっ……!》
攻撃の手を緩めない『アルビオン』。
想定していなかった。
このままではマクベスが戦闘不能にされる。
だめだ。おれの従機士としての操舵では助けられない。
かといって重力魔法を使っても、発動のタメの間に『アルビオン』は移動してしまう。
「ど、どうすれば……姫、クラウス君、援護を! 狙撃を!」
《カスタムグロウが近すぎる! 盾にしてるんだ……移動します、姫殿下!》
ルージュ機が背後から強襲。
《私に背を向けたな!!!》
しかし、スピードは大気の壁で殺された。
不意打ちには至らず。
ほぼ正面衝突。
《なめるな!!!》
剣と剣が交錯する。
剣と剣が火花を散らす。
激しい金属音が平野にこだまする。
《ハァァッ!!!》
ルージュ機の特殊対装甲剣が『アルビオン』の持つ、剣を両断した。
「い、いよっしゃー!!」
機体性能ではまだ敵わないが、武器の質では勝った。
怒濤の攻めに転じるルージュ機。
武器を失い『アルビオン』が後退。『カスタムグロウ特式』が脚を絡めた。
《ハァ、ハァ……育ちが悪いもので》
ギアで寝技か。有効だ。
倒れない『アルビオン』。でも足止めはできた。
『ハイ・グロウ』が決死の突き技。『ハイ・グロウ』はすでに限界だ。
動力炉が焼き付いている。
駆動系も連戦で疲労している。
まさに、死力を尽くした突撃だった。
『アルビオン』は地面を転がったが、すぐに立った。
また、大気の壁で衝撃を殺された。
ダメージはない。
しかし、機体が離れた。
《今だ!》
《今よ!》
スカーレット姫とクラウスが再び狙撃する。
《外した!?》
《いや、弾道が歪んだ!?》
弾丸は大きく不自然に逸れた。
「ただの訓練用の弾丸では、あの大気の壁は貫けないか……」
皇帝はまだやる気か?
これ以上、何が見たい?
《どうするんだ? 実弾に切り替えても……この装備では》
《―――私が接近して援護する……二機を撤退させるわ》
「……」
『ハイ・グロウ』はオーバーヒート。
《ここまでして、傷もつかんとは……化物め》
『カスタムグロウ特式』が膝を着いた。
打たれ過ぎだ。
《はぁ……はぁ……はぁ……すまない、グリム君。敗けた》
ギアで守られているとはいえ衝撃は全て殺せない。
「……おれの友達を、殴り過ぎだ」
おれはクレードルを介し、魔力を込めた。
大気を貫く音。
そして、金属の悲鳴が平野に響いた。
『アルビオン』の巨体が後方へ大きく吹き飛び、赤い染料が霧となって飛散した。
そのまま機体は後方に倒れた。
空に残響が轟いている。
《今のはグリム君、君だろ?》
《こちらにもいたな、化物が》
《今の弾丸の威力……やはり、君はまともじゃないですね、グリム君》
《ハァ、ハァ……なんてもの撃たせるのよ……まったく》
倒すには到底至らない。当たったのは肩か。
機体に致命的なダメージは与えられなかったようだ。
しかし、衝撃は全て吸収できまい。
『アルビオン』は距離を取りつつ、スカーレット機を見ている。
目視ではこのバレルが裂けたS12バリスタと、損傷した駆動系は見えていまい。
全魔力を消費し、おれに次弾はない。
『アルビオン』はバックステップで距離を取ると大気を操り、風を呼んだ。
列車が激しく揺れるほどの強風。
上空の大気を吹き降ろすマイクロバーストだろう。
その強風と共に『アルビオン』は姿を消した。