87.原始系『アルビオン』
『ロケットマン』の討伐をした両機の元へ。
「いやぁ、いいもの見れたなぁ」
まじまじと破損したギアを見上げる。
禿げた塗装。
へこんだ装甲。
露出したフレーム。
特に派手な接近戦を繰り広げた『カスタムグロウ特式』はいい塩梅に仕上がっている。
「そそるぅ!」
いや、いかんいかん。見入ってしまっていたら日が暮れてしまう。
今は非常時だ。
「おーい、マクベス君、戻ろう」
ノヴァダ卿たちをレスキューだ。『クーガーカレロ』が役に立ちそうだし。
ギアを回収して、修理しよう。へへ。
「空気が、おかしい。何か……」
マクベス君が機体から顔を覗かせ、キョロキョロと不安そうに辺りを探る。
「えー? 澄んだ空気だけど」
「同感だ……妙だぞこれは。そのデカ物はどこから来た?」
ルージュ殿下が核心を突いた。
そうだ。
そうだった。
『ロケットマン』に必要な車両とダイダロス基幹。それらがあるとすれば、マグヌスの不良品しかない。
では、あの巨体、ここまでの領地をすり抜けてくるにはマグヌスの研究所から可能か。軍閥同士のテリトリーや領地の狭間、共有地エリアを通り抜ければ、できなくはない。
だが、それを意図してできる頭脳はガーゴイルにはない。
偶然ではない。
ならそれをやった人間がいる。
「おびき寄せて来た……どうやって? ギアで? 誰が?」
皇帝だ。
つまり、『ロケットマン』を誘導したギアで、皇帝はまだ近くにいる……?
「そこか!!!」
マクベスはその気配を本能的に感じ取ったか。
ムーブフィストでの強襲。
右腕部が射出され、加速する。
その右腕部を弾き飛ばし、平野の連なりの影に伏せていた機体が姿を見せた。
「す、素晴らしい……」
思わず声が漏れた。
歴戦の傷跡を残すギアをあざ笑うかのように、一切傷の無い純白の芸術品があった。
スラリとしたシルエットは完成された無駄の無さゆえ。動力炉を持たず、生物的な生々しい動きをする現代では再現不可能な超技術。
『原始系』シリーズの一機。
純白の巨神。
大気の『アルビオン』
■状態検知
・適合率 99%
・出 力 S+【1200/5000馬力】
・速 度 S+【時速0-150km】
・耐 久 S 【4500/4500HP】
・感 応 Ex 【0.8秒】
・稼 働 E 【58分】
「まさか、これを動かしてくるとは」
《グリム君!? 見てないで列車に逃げろ!》
原始のギアは北限域での活動が確認された一機という先入観があった。距離から考えて、これはフェルナンドの用意した機体とは別の二機目だろう。
そもそも原始のギアには弱点がある。
莫大な魔力消費量。
適合する人間が極端に少ない設計。
稼働時間が極端に短く本来は3分のみ。
だから、持久戦に持ち込めれば倒せたはずだ。
だが、ここに現れている時点でその弱点は解消されている。
『ロケットマン』をおびき寄せてきたということは連続稼働は58分以上。それが機士のスキルなのか、機体スペックなのかは不明。
いや、これはたぶん、技術力だ。
「そっか、おれはもう要らないってことか」
全て合点がいった。
『アルビオン』を見つけて呼び起こし、稼働させる技術力。
それを運用する資格。
纏うことを許された選ばれし者。
これは皇帝だ。
《離れろ、グリム君!!》
マクベス君が即座に反応する。
距離を詰める。
オーソドックスな構えから後ろ脚を揃えるバーストステップ。三歩分の距離を二歩へ。一歩踏み込めば、サイドキックが当たる。
一撃目を躱された。半身になるだけで。
二撃目。まるでジャブのような蹴り。
掌で捌かれる。
崩された体勢から、不意のムーブフィスト。
直撃した。
《っ……なんて反応だ!》
いや、正面から至近距離で片手のみで受け止められた。
マクベスの攻撃でわずかに後退させただけ。
スピードもパワーも桁違い。
やはり機体スペックが違い過ぎる。
おれが生み出した技術の結晶が、まるで効いていない。
《マクベスっ!!》
ルージュが斬りかかる。
帝国の正統剣術を反映した流麗な三連撃。
それを、『アルビオン』は同じく剣で受けた。
機士としての腕も並じゃない。
それも、ルージュ殿下の剣への反応の速さ。
ガーゴイルの弱点を正確に突くほどの洗練された攻撃を完璧に受けきる。これは機体スペックとは関係ない機士本人の先読み。
当然か、娘の剣だ。
機士とギア。
一機が戦況を覆し得る。
この『アルビオン』を相手にすれば、全滅は必至。
何せこいつはまだ機体特性を使っていない。
『原始』系ギアは系統魔法特化型。『アルビオン』は『大気』を操る。
《私にこの手を使わせるとはな!!》
『アルビオン』が大きく退いた。
『ハイ・グロウ』が蒸気を纏う。
蒼い装甲が変色するほどの高熱。
「熱魔法で無理やり動力炉の馬力を引き出し、リザさんの水魔法で気化冷却し吸気効率を上げたのか……」
同期二人、機士と従機士の超絶化学反応。
おれの知らない技術だ……
「そうか。さっきのニトロに追いついたのはそれか……」
交錯する剣。
はじけ飛ぶ両機体。
速さとパワーで互角に持ち込んでいる。
ただ、これは機体への負荷が高過ぎる。各関節のアクチュエータが軋むのが分かる。
機士本人への負担も計り知れない。
二機の剣戟の嵐。
その暴風の中へ、マクベスの『カスタムグロウ特式』が入る。
間合いの内側へと、細かいステップを刻む。
『ブーストクロスコンバット』だ。
『アルビオン』の態勢が直立から腰を落とした臨戦態勢に変わる。
挟み撃ちへの対応。
打撃系は受け流し、剣は躱す。
マクベスとルージュそれぞれの距離を潰し、常に優位な間合いをキープしている。
まるで、準備運動でもしているかのような余裕だ。
ひたすらに実戦と訓練を積んだ、厚みのある戦い方を前に、二人の攻撃は届かない。そればかりか、徐々に対応が早くなっていっている。
マクベス機の攻撃の間に一撃が入る。
《うっ……!》
ルージュ機との剣が交錯し、鍔迫り合いに。
《私に剣で……この剣は……まさか!?》
読みと技術の勝負で敗れたのはルージュ機だった。
古いセオリーをアップデートしていくかのようだ。
「そうか……」
おれは馬鹿じゃない。
この戦いを見せる意味ぐらい察する能はある。
これは引導ってわけだ。
皇帝自ら、畏れ多いことだ。
技術者の役目は造るまで。
ここに、圧倒的ギアがすでにあるのならば、おれはもう、お役御免というわけだ。
「……ってことは、もう自由にしちゃっていいってことだよね!」
おれは駆けだして列車内に戻った。
「こちら、グリムです」
別に皇帝に盾突く気はない。
ないけど、後々のため、忠言的な実験はいいよね。ここでのことは全部実証実験だから。
技術者としてこの弱点に対応できるのか、試してみてもいいよね。
気になってたんだよね。
この列車に残っているダイダロス基幹搭載機体は姫の『カスタムグロウ』のみ。
遠隔武装は標準のライフル。
連絡をマリアさんに入れて、作戦の段取りをしながら作業し準備を終えた。
列車の荷台からせり出した砲門。
独特の射撃体勢を取るのはもちろん、ウェールランド基地ナンバーワン狙撃手のクラウス君。
彼の射撃のメンテはずっとやっていた。だから彼のクセに合わせたこのS12バリスタの感触は普段と同じ。
問題はクレードルからの操作は実際のギア廻しと操作系統が異なる点。遠隔バイザーからの操作ではわずかにラグが生じる。それらを加味してアジャストできるかどうかだ。
「クラウス君、悪いね」
《いいですよ。仕事ですからね》
いや、君が今から狙い撃つ相手は……
いやいや、実際のところ、誰か知らないしねぇ?
「ではいったれ!」
《ラジャ》
弾丸は射出された。
それは二機の隙間を縫うように『アルビオン』の死角から頭部にヒットした。
視覚装置に訓練用塗料が赤く爆ぜた。