86.ロケットマン
列車は進む。
ウェールランドへ向けて滞りなく。
皆が寝静まった頃、ようやくマリアさんへ連絡を入れた。
いろいろと話を聞いて、いろいろと作業をしていたら朝になっていた。
それで、自分の席でうたた寝してたら頬に衝撃を感じた。
目の前にきれいな肌をした紅い眼の女性の不機嫌そうな顔があった。
姫にブッ叩かれたようだ。
「起きろ!」
「姫、寝てるときは駄目ですって。緊急事態以外は」
胸倉をつかみ揺さぶる姫に、おれは冷静に眼鏡をクイッと上げて答えた。いや、メガネはしてなかった。
「だから緊急事態よ!」
グイっと、顔を窓に向けられた。
列車と並走しているガーゴイルがいる。
「もっと早く起こしてください!」
「起こしたわよ! いくら声かけても『お母さん、あと5分』とか言って寝てるからでしょう!!」
デカいガーゴイルは列車目当てで並走し、その後ろを二機が追走している。
「どういう状況?」
おれは傍にいたレイナさんに問う。
「それが……」
白昼堂々、ウェールランド領内に突如現れたガーゴイルは、広大な平野で接敵前から目視で捕らえられていた。そこで、ルージュ傘下の親衛隊が出動した。
ところが、あっという間に、ノヴァダ機以下3機が大破させられ、列車を猛追してきた。
それからルージュ殿下の『ハイグロウ』とマクベス君の『カスタムグロウ特式』が出て、今なお大苦戦らしい。
「『ロケットマン』か」
いわゆる、ネームドのガーゴイルの一種。
『紐付き』とはまた別種の脅威を持つ変異体で、吸収した機械の性格で群発的に生まれるものだ。
『ロケットマン』は車両とダイダロス基幹を吸収した変異体の総称。
原作では3期に出てくる。
ボディに搭載した車輪と、6本の手足で激走し、ダイダロス基幹によって大気を漂う魔力を吸収して魔力切れを起こさず爆発的推進を継続する。
全長10メートルの超大物だ。
レイナさんから通信装置を受け取り、チャンネルを走行している二機のギアに合わせた。
「もしもしグリムです。今起きました。ああ、側面狙って下さい。正面に出たら轢かれますよ」
《やっておるわ!》
《わかってるよ!》
「絶好の機会です。連携の練習しといてください」
《ハァ……ハァ……ハァ!?》
《はっ……はっ……うぅん……》
運がいい。
『ロケットマン』なんて、遭遇確率は相当低い。
しかも、現代、帝国領内にいて、ルージュ殿下とマクベス君が揃っているこの列車を……
あれ? これ、偶然か?
これって、例の件か?
皇帝は……さすがにあれには乗って無いはず。
ふぅん。
まぁいいか。
実戦を見る。生のデータほど役に立つ情報はない。
「グリム、驚かないの? あのガーゴイルについて何か知ってるの?」
スカーレット姫が問う。無論、この状況におれが加担していることを心配しての言葉ではない。
この時代の人間からすれば、初遭遇の新種だ。
未知の脅威と言うわけだ。
「答えを……知ってしまったら、もったいない。そうは思いま―――」
「いいから、言え」
その場にいた全員が頷く。
みんな、すごい焦ってる。
あ、確かにあれが列車に追いついたら全員命はないか。
「あ、はい。ご覧の通り、あれの攻略方法はシンプルです」
「馬鹿で悪かったわね」
「足取りゲームなんですって。それ以外ないでしょ? あんな高速の質量体止めるなんて。列車を止めるならどうするのかと同じです」
姫は不満気だ。
自分で考えるのも大事なんだけどな。
あ、それどころじゃない?
「機体バランス、推進時のブレの補正はあの脚が担ってます。だから加速した瞬間、超絶技巧で躱して、脚を刈り取って下さい」
《簡単に言ってくれる!》
《でも、やるしかない!》
『ロケットマン』をよく見る。
■状態検知
・脅威度 A+
・出 力 A 【2600/3000馬力】
・速 度 S+【時速0-180km】
・耐 久 C 【1850/2000HP】
・感 応 C 【0.25秒】
・稼 働 Ex 【∞分】
『状態検知』で見ると一件絶望的な強さだが、突き崩せる部分はある。
稼働時間が無限ではあっても、チャージの時間が必要だ。
そして、加速後は弱点をさらけ出す。熱放出の問題からも、連続で最大加速を繰り出すことはできない。
感応が遅いから当たり判定も甘く、切り返しと方向転換がねらい目。
ギア対ギアもそうだが、スペック的に勝るガーゴイルとの戦いは一瞬に掛かっている。
その一瞬の動きが勝っていればいい。
要はタイミングと技術次第。
「クレードルに着くわよ」
「はい。タイミングに気をつけて、頑張って姫様、ファイト! オー!」
「あんたも来るのよ」
「えぇ……」
スカーレット姫がマクベスのクレードルに着いた。
ルージュ殿下の方はリザさんだ。
おれも一応クレードルに着いた。
おれの闇属性の魔力がクレードルを経て両機へと反映される。
「……そうだ、こっちも試すか」
おれはしめしめと、備え付けていた『硬化』の記録晶石を起動する。
ルージュ殿下が『ロケットマン』の急加速のタイミングで『加重』を掛け、減速させた。
間違いなくおれより上手い。
そのタイミングをマクベス君が逃さない。
魔力供給とサポートを得てマクベス機がニトロ加速で追い抜き、一気に前に躍り出た。
「姫、『硬化』は右腕へ」
「分かってるわよ!」
おれの『加重』をマクベスが使う。
『ニトロ』加速×『ムーブフィスト』×『硬化』×『加重』。
マクベスは超絶技巧、『クイックターン』を用いた。
高度なシフトウェイト技術によりサイドへ逃れ、激突を回避。
最小限の動作でのショートフックのカウンター。
『ムーブフィスト』のスラスター加速を解放し威力を増大させた。
ヒットの瞬間にガーゴイルの装甲に負けないよう、『加重』と『硬化』をハンドマニュピレーターの先に集中させた。
巨体を支える『ロケットマン』の脚を一本、粉砕した。
直後、『ロケットマン』は両前足を失い、地面をこするようにバウンドしながら急減速。
「やったわね」
「はい」
マクベス君の動きに完璧に合わせて見せた。
姫は何気にマクベス君との付き合いが長いから……
いや、それだけではない。
『ムーブフィスト』を接近戦で使うのは初見のはずだ。
彼女はタイミングを合わせるのが上手い。
おれたちがマクベスの多元重奏技巧に歓喜している間に、反対側でルージュ殿下とリザさんのコンビも一本脚を切り落としていた。
ニトロ加速に追いついたのか? どうやって? くそう、見てなかった!
脚を止めれば『ロケットマン』はただのデカイ的だ。
次々とダメージを与える二機。
途中、『ロケットマン』も抵抗し、尾を振り回し、周囲に液体をばらまいた。金属を吸収するための溶解液だ。
だが、二機に油断は無い。
「すごいな、緩急だけで」
「グリムさん、これは」
「メイン動力炉の素早い反応と、サブ動力炉による瞬発力。その緩急で攻撃を完全に避けてます」
ヒラリヒラリと躱す二機。
これまでの二機に無い動きだ。
これはリザさんの戦闘スタイルだな。彼女はしなやかで流麗な操作をする。
ルージュ機の動きに、マクベス機も反応した。
マクベスはもとより、姫もその動きに合わせていることが驚きだ。
彼女はリザさんの操作を見て学んでいる。現在進行形で。
動きが伝播した。
攻撃のための最短最小限の動き。
さらにスピード重視のギアシフトから、攻撃のタイミングでパワー重視へギアチェンジする。
その精度とタイミングで敵を削り続ける。
リザさん流の動きはハイスピードの展開よりも、ギア同士の連携をより効果的にする。
片方が引き付け、片方が攻撃。それがまた引きつけになる。
ドローイング&アタックの連続連携。
二機の止めどない挟撃を前に『ロケットマン』は脚部、内装フレームと削られていき、最後には記録装置を含む核部を貫かれ沈黙した。
レイナさんも大興奮。
「やった!!」
メイドさんたちが釣られて涙声で歓声を上げる。
「い、生きてる……!」
「助かったのね!」
「ルージュ殿下がいらっしゃるのだから当然よ!」
ギアと機士。
機士と従機士。
従機士と従機士。
そしてギアとギア。
文句無しの連携だった。
「……次は一機でも倒せそうですね」
「……」
「……」
「……」
《……》
《……》
そこには、緊張から解放された人たちの喜びに水を差した人間を責める意味での沈黙があった。
15秒ぐらい。
「あれ、どうしたのかな、みんな?」
「グリムさん。空気、読みましょう?」
「ん? なにが?」
おれがそれに気が付くわけがなかった。
レイナさんに口で説明してもらうまでは。