85.5 マリア II
私はグリムの計画を聞いた。
あるいは未来。
冬、フェルナンドが動き出す。
極寒の地、北限域でギアの活動量が減る時を狙うという。
そこから北の地は分離独立を果たし、属州の独立運動、革命の火が伝播していく。
その混乱の中、皇帝は暗殺される。
皇太子ギルバートの手によって。
そのギルバートはルージュが討ち、実質帝国はルージュが支配する。
混迷を極める中、ルージュは反乱勢力を武力で打ち破り、フェルナンドの計画を大きく狂わせた。
その力を恐れたフェルナンドはルージュを中心にまとまる七大家の要人を人質とし、交渉の場へと引きずり出す。
そこで包囲の上、帝国の実権を握っていたルージュを討つ。
私はグリムを信じた。
彼は技術でその差を覆そうとしている。
グリムは天才的発想で、固定観念を覆すような画期的な発明を繰り返し、ギアの可能性を大きく広げた。
信号増幅装置で無線通信を確立。
ダイダロス基幹により、魔力量制限の解放。
クレードルでのサポートシステム、従機士の誕生。
グリムは生粋の技術者だ。
ある種、フェルナンドと真っ向から戦って勝てるのはグリムだけかもしれない。
しかし、物事はそう上手く運ばない。
グリムは帝国の未来を背負って戦っているが、帝国にとってグリムは一技術者に過ぎない。
たとえ、グリムのもたらす情報が正しくとも、技術が圧倒的であろうとも、誰が救国の英雄となるかは別の話だ。
凍てつく冬の風はすでに北部を白く染めている。
◇
グリムがウェールランドを発って、私が情報部として行ったこと。
それは情報網の確立。
すなわち、秘匿通信の解読。
通信装置には固有のチャンネルがある。
チャンネルに応じて信号は暗号化されている。その暗号化された信号は互いの認証番号を入れなければ送受信されない。
暗号化を解くには、通信ごとに認証番号6桁+6桁を探るか、チャンネルごとの暗号化法則を見つけ出す必要がある。
認証番号を都度探るのは骨だ。
そこで、グウェン、グリムと肩を並べる天才にその糸口が無いか問うた。
「できますよ」
信号増幅装置を作ったのは彼女で、いくつかある暗号化法則のほとんどが彼女の生み出した数式を基にしている。
「できました」
彼女はあっという間に暗号解読装置をつくってしまった。
まるで、それが必要であることをあらかじめ見越していたかのような手際だった。
試しに私はいくつか、知っているチャンネルに合わせて秘匿通信を傍受した。
《物資の横流しを取り締まったが、肝心の物資の行き先が不明だ》
《先の一件で押収した物が極秘捜査の物証になる可能性がある》
《軍警に嗅ぎつけられたかもしれん。商品は例の倉庫に移動しておけ》
《ガサ入れは中止だ。横流し品は屋敷には無い》
軍、軍警察、貴族、情報部。
信号増幅装置による無線通信は帝国中に広がっていた。
研究開発、資金集め、権力闘争、ギアでの作戦行動。
その利用シーンは様々。
私はその情報を利用して情報局の中でのし上がり、新たなチャンネルを知り、情報網を広げていった。
情報収集の手段として、ウェールランド州内の市民グループにこの通信手段を根付かせ、監視体制を敷いた。
《決行は三日後、一斉に火を放つぞ》
彼らは強力な通信手段を得たつもりで、その行動が全て筒抜けであることに気付いていなかった。
おかげで治安維持に貢献できた。
資金集めにも一役買った。
ギアの製造には莫大な資本が必要となる。
《近々、例の商会組合が規制を緩和するとの情報です》
《資金をお預け頂ければ、我々で独占的買い占めが可能となり……》
《期待値を高め、市場の飢餓感を煽れば投資額の3倍の収益が―――》
情報部にある派閥、その派閥の資金源となる裏稼業、談合、闇市場にひっそりと介入することで、少額の利益を積み重ねた。
皇女時代の忠臣たちの名義で商会を建て、資産を蓄えた。
《殿下、収益が作成予算の2000%となりました。支援財団を組織し、寄付の名目でそちらに送金します》
アイゼン侯の助力も絶大だ。
《北部方面軍のチューザー卿やクリーダ卿の家族がグリムの醜聞を広めて回っております。対処は粛々と進めております》
社交の場で得られる生の情報は通信に乗らない場合もある。そう言った通信外の情報を侯が補完した。
そうして、情報網と経済力を武器に勢力圏を北部属州へと伸ばした。
グリム計画での分離独立を果たす属州はゼブルドだったが、ヨークランド……ウィヴィラと言う可能性もある。
各地へ情報部員を派遣した。
しかし、やはりと言うべきか、フェルナンドはこの通信装置で核心的なことを発言しない。
一切その行動は不明だった。
そんな情報収集の過程で、不穏な動きをキャッチした。
宰相ヘラー伯爵直轄の『クーガー計画』に携わった技術者たちを、ある人物が集めた。
彼女からすれば当然のことだったのだろう。
グリムの技術を間近で見た者たちを野放しにしたくなかった。不自然ではない。
問題は、それを私に報告せず行っていたことだ。
私が皇女であることを知っている彼女が、裏切るはずがない。
その先入観に付け込まれた。
彼女は私やグリムとの通信に使う端末とは別に、私たちにも秘密にしたチャンネルで密かに動いていた。
それで、確信した。
『グリム計画』とは別の計画を進めているのだと。
端末を変えれば、認証番号から探られることも無いと油断していたのだろう。
《恐れながら、動くのは早計では?》
《……試してみたいのだ》
グリムの知る未来を聞いて、対策としてルージュに設置させた監視装置が、その会話をキャッチした。
それで、彼女が話している内容が判明した。
《それは、グリムを、でございますか?》
《いや……例のギアだ》
場所は皇宮。
《では、従機士の操舵を》
《それは皇室特務にやらせよ。ウィリアムとヴィルヘルムを呼べ》
そこは皇帝の居室。
《では……》
《せっかく快方した身体だ。余が機乗する》
テスタロッサは、我が父、ガイナ皇帝と話していた。
《グリムは皇室専用車で、ウェールランドへ帰還しますが》
《ならば、手土産を持って、礼に参ろう》
私はグリムに連絡を取った。
「グリム。やはり、そうなったわよ」
《……そうですか》
私が救われたのなら、スキルコンボの回復効果は皇帝にも有用である。テスタロッサはすぐに行動したのだろう。
そして、体力を回復したことで、再び未来を見通す。
自分が息子に暗殺される未来を。
それを阻止するために動く。
「皇帝が動くわ。あなたを試す気よ」
《マリアさんはいいんですか。ぼくにそんなこと教えても》
テスタロッサはどちらでも良いのだろう。
第一に考えているのは帝国の未来。
それを護るのがグリムでも皇帝でもいい。だから、両方に情報を流す。
私はグリムを信じる。
やはり、フェルナンドに対抗できるのは彼の技術なのだと。
「いいのよ。そういうことだから」
《そういうことですか》
いや、もしかすると皇帝も私と同じなのかもしれない。
快復して以降も隠れて動いている。
それは、推し量るためだ。グリム自身を。
《ところで、マリアさん》
「なに?」
《列車にスカーレット姫が乗ってまして》
「……は?」
《そういうことなんで! すいませんが隠れててください! じゃ、そういうことなので》
私はグリムを信じている……だが―――
「―――どういうことよ?」
フェルナンドの動向は不明。
皇帝が動く。
スカーレットが来る。
グリムはそれを「そういうこと」で済ませた。
私はあわてて隠れる準備を始めた。