85.塔の上のプロポーズ
喫茶店で長居したあとおれたち一行は帝都の中でも一番高い展望塔に登った。ベタな観光地ながら誰も来たことがなかった。
帝都中を一望できる。
どうやら皇宮はいつも通り営業中で、兵学校も普通に運営されている。
「グリム、君には言っておこう」
「リザさん。なんですか、改まって」
塔に登ってはしゃぐ姫とマクベスを横目に、リザさんが打ち明け話をした。
「私は君の気持ちがわかる」
「ほう……?」
「姫様はますます綺麗になられて、女性として魅力を増しておられる」
「はい。それを自覚されておられるのがかわいらしいです」
「そうだろう。自分が美しくなっていることを自覚され、自信を持たれている。ややあざとくもある身振り手振りで、君の視線を集めようとするところなど、幼気で健気で実に好ましいことだろう」
Wデートを仕組んだのはリザさんと姫。
これはおれの背中を押しているのだろうか。
身分差を乗り越えろというメッセージか。
胸倉をつかまれた。
「姫を、失望させるなよ」
違った。
「えっと……?」
「なぜか、君の近くには女の気配が多い。それも全員年上だ。姫は同い年の自分では分が悪いのではないかと、危惧しておられる。容姿が大人びて得意気なのは、その影響だ」
それは嫉妬と対抗心というやつではなかろうか。
「しかし、不可抗力で。仕事してたら大抵周囲は年上ですし、人口の割合から考えたら一定数の女性が周囲にいるのは当然の事では」
それにたぶん、その内の一人にあなたもいるのでは。
「いい加減心を決めろ。はっきりしないままだから姫の気苦労が絶えんのだ」
「振られたらどうするんですか」
「そんなまともなことをいまさら言うな。振られるならさっさと玉砕してくれ。いっそ振られろ」
「ひどい」
「いずれと思っているようなら、まず言葉にして伝えたらどうだ。玉砕が嫌なら、創意工夫をしてみることだ。エンジニアだろう?」
「エンジニア関係ないですよ」
でも、そうか。言葉か。
「そうですね。検討してみます」
もしも叶うなら。
おれの知るシナリオを変えられたら。
世界を救えたら。その時は……
そのとき、おれは自分の想いを言葉にできるだろうか。
責任を取れないなら言うべきじゃないこともある。でも、言葉にしないと伴わない責任もある。
「姫」
「なによ。リザを盗ったら私とマクベスを敵に回すわよ」
「ぼくに猶予を下さい」
「……なんのよ。グリム語無しで言ってみなさい」
「身分不相応なこの想いが、心を震わすこの感情が永遠だと証明してみせます。ぼくは世界を救って、あなたの隣に行きます。なので、待っていてください」
「え?……え?」
告白してみた。
塔の上は風が吹いている。
聞こえなかったのだろうか。
おれは重力シールドで塔を囲み、風を避けた。
「えっと、ぼくは姫のことが好きなんですけど、今の身分や地位では不釣り合いなので、釣り合うまでちょっと待っていて欲しいんですケド……!!」
「聞こえてたわよ!大声で言うな!」
「えぇ……」
スカーレット姫の紅い瞳が揺れて、透き通るような白い頬が紅潮していく。
「勝手すぎるわよ。そんなの、約束できるわけないでしょ。私の一存で決められることではないのよ」
それはそうだ。
「では一方的に誓います。ぼくは一年であなたの隣に行きます。誰もがそれを認めるぐらいの功績を持って」
一年で、全ての決着を着ける。
これは、その決意表明でもある。
「グリム。私の気持ちは言わなくてもわかるわよね」
「言葉にして聞きたいです」
「調子に乗るな」
姫はそういいつつ、おれの腕に身を寄せた。
「私の世界、私の人生、私という人間をここまで変えた。その責任が取りたいと言うなら取らせてあげてもいいわ」
不服か、という顔でおれを見つめる姫。
おれは機士では無いが、何もかも伝わった。
多分、彼女にも。
「その言葉だけで十分です」
しばらくして、振り返るとリザさんがびっくりしていた。
「いや、リザさんが言うから」
「検討してみろと言ったんだ!」
「検討して言いました」
「忠告後10秒でプロポーズすると思わないだろう」
おれは頭を抱えるリザさんに感謝した。
何かを成し遂げなければ、この気持ちを伝える意味などないと思っていた。
けれど、言葉にすることで、心に描いていた漠然としていたものが確かなものとなった。
自分の望む未来だ。
◇
「ウェールランド行っていいかしら?」
「え?」
姫の唐突な質問におれは困惑した。
結局のらりくらり、姫はフィッティングデータを寄こさないまま、おれはウェールランドへ帰還する日となってしまった。
「なんでまた急に?」
「それは……次にお前が帝都に戻るのはまた先でしょう? それにほら、調整を向こうでやる方が効率いいじゃない」
「なるほど、このための布石でしたか」
普通ならかわいらしい計画とうれしいだけなのだろう。
しかし、ハイどうぞとは言えない。
なぜならば、あちらにはマリアさんがいる。
彼女が死んだ皇女クラウディアであることを知っている人間は極わずかだ。
当然、妹である姫はそのことを知らないし、おれの一存で伝えるのはだめだ。
「なに? ダメなの?」
「ちょっと確認しますね」
「誰に? なにを?」
マリアさんに決まっている。
「あ、もしもしお世話になっております、グリムですが」
《何かあった? 早く戻ってきて。やることが山積みよ》
「あの、スカーレット姫がそちらに伺いたいと仰っていらっしゃいまして」
《……グリム。冗談を言ってないで早く戻って来なさい》
切られた。
「女?」
「ひっ!」
「なんて?」
「その……ルージュ殿下に聞けと言われた感じだったかも」
「あ、そう」
我ながら冴えてる時間稼ぎだ。
殿下なら上手くやりすごしてくれるだろう。
しかし、皇室ラウンジを出た姫はすぐに荷物をまとめて、ウェールランドへと出発する皇室専用列車に乗った。
「えぇ?」
荷物にはおれも含まれている。
「あの、姫、確認は……?」
「お姉様に許可を頂くことではないわ。まぁ、列車内で一言断っておくけれど」
「あぁ、わぁ」
そうだ。
おれはしくじったようだ。
列車の歓談室で酒を飲んでいたルージュ。
「お姉様、ご一緒させていただきます」
ルージュはおれたちを見てこう思ったに違いない。
『マリアに怒られるのはグリム一人で十分だ』と。
「グリム、お前は私の専属だ。私の隣に座れ」
違った。
「スカーレットと仲良くするのは構わんが、私の専属であることを忘れるなよ。スカーレットの専用機は、私のおまけだろう? 私の要望をとくと聞かせてやろう」
ただギアが欲しいだけか?
見ると、彼女のオレンジがかった狼の瞳は、ムスッと対面に座った妹へと向いている。
なんだこの姉。妹で遊ぶなって。
「なんだ、グリム。この私の隣に座る栄誉を与えてやっているのだ。もっと喜べ」
「あ、はい」
まぁ、うれしく無くはない。
妹の百面相を楽しむ小道具でなければ。
「いや、あの真面目な話、マリアさんどうしますか?」
「知らん。隠れていてもらえば良いだろう。それか……まぁ、なるようになるだろう」
先に断っておこう。通信装置を取り出すとルージュに取り上げられた。
「そんなことは後にしろ。ほら、今一番面白いところだ」
「わ、返してくださいよ」
「ほらほら」
「怒られるのぼくなんですよ」
気が付くと、スカーレット姫の顔がムスッを通り越してビキィとしている。目を細め、こちらを見つめている。
「随分仲がよろしいようで」
悩みの種が増えた。