84.彼女の不意打ち
北部で起きた事件はタイムリーに新聞に載ることは無い。
だが、原作シナリオと違う点を探るため情報の鮮度は重要だ。
おなじみの喫茶店で、向かいに座る白いワンピースの美女が、おれの頬をつつく。
「うり、うり~」
「やめて。お紅茶がこぼれますから~」
その銀縁のメガネの奥で、細めた眼は笑っているように見える。瞳は雄弁だ。彼女は笑ってはいない。
「君は人使いが荒いね~。うり」
「頼りになるのはテスタロッサさんだけですからね」
「そういうセリフは感情を込めて言いたまえ」
彼女を通じて、情報を伝え聞く。
どうやら、かなり本格的に動き出したようだ。
「彼を向かわせたけど、『死にかけた』と怒らせてしまってね。現地の部員の色仕掛けじゃそろそろ言うこと聞かないかもよ」
「え? あの彼が?」
死にかけたとは意外だ。
「そう、未確認機、敵の新型と戦闘になり部隊は壊滅だったそうだ。これは、相当マズいだろう。『クラスター』が修理中で旧型の『グロウ』で戦った点を差し引いても、彼が一方的にやられるほどのギアだ」
原作での三強はマクベス、ルージュ、マーヴェリックの三人だ。
マーヴェリックはギルバート傘下の北部軍方面軍所属。
しかし軍人であることに変わりはない。
おれたちはそこを突いた。
この時期、フェルナンドは北部のどこかで反乱軍との接触を繰り返すため、軍での不在が多くなる。
チャンスを活かした。
フェルナンドには飼い犬に手を噛まれてもらおうという作戦だ。
ただの威力偵察だが、フェルナンドの動きを浮き彫りにし、事によってはマーヴェリックをフェルナンドから引き離すこともできると踏んでいた。
「マーヴェリック少尉を倒せる機士、またはギア、いや両方か。なるほど」
「君はまったく警戒してないな」
「それはそれで、役に立つ情報です」
機士はともかく、ギアはわかる。
登場する全てのギアを知っているからね。
「もう、『原始』のギアを動かしたか」
「なんだい、それ?」
都市伝説的なおとぎ話。
ギアは天才ガウスが開発したが、実は大本になったギアは遥か数世紀前から世界各地に存在し、選ばれし者のみは纏うことができたという。
ただし、都市伝説でもおとぎ話でもない。
公式設定だ。
フェルナンドがそれらを見つけ運用し始めるのはシーズン2だ。今じゃなかった。
「ま、大丈夫です」
「そう? 強敵っぽいけれど」
「スペックは現行ギアの二倍から三倍はあるでしょう」
「なにも大丈夫ではないじゃないか。量産されたら」
「それはありえません」
確かに、脅威だ。
ガーゴイルの最終形態と戦えるよう設計された古代のギアだからな。
しかし、古代のギアは弱点がある。
稼働時間と、機士への負担。
複製はできず、存在するのは5機のみ。
そこから導き出される攻略法も知っている。
まぁそんなもの無くてもおれの『グラヴィウス』系ギアの方が強いけれど。
「君は頼もしいね。惚れてしまいそうだよ」
「ぼくはずっと前から好きでしたよ」
「あぁそう? うれしい、じゃあ、私のこともらってくれる?」
「マーヴェリック少尉のご機嫌取ってきてくれます? あなたは美人だからきっとあなたの言うことなら聞いてくれますよ」
「ひどい。でも好きだからいいなりになっちゃおうかな」
テスタロッサが席を立つ。
彼女が恭しく礼をする。
おれの背後に誰か立っていた。
「ひょっとしてぼくの後ろに姫います?」
「はは、よくわかるね」
香りでわかる。
振り返ると、淀んだ雰囲気で姫がおれを見下ろしていた。
「ひょえ! 聞いてました!?」
「随分とー仲がよろしいことでー」
「あ、あわ、あれ、あれはただの軽口ですから」
テスタロッサが不敵に笑う。
気付いていて会話を引き延ばしたのか。
なんて奴だ。外道、死すべし。
「殿下、グリムとは仕事上の関係でございますのでお気になさらぬよう」
テスタロッサ、大人なフォロー。いい人。
「仕事、ねぇ……ねぇ、私のフィッティング、明日ね」
「あ、はい。わかりました」
明後日にはルージュ殿下がウェールランドに戻る。
おれも同行しなくてはならない。
報告や引き継ぎをまとめる合間に姫のフィッティングデータや設計の見直し案のすり合わせをすることにした。
「じゃあ、駅前広場で待ち合わせね」
「はぁ……」
兵学校でいいじゃないか、とも思ったが機密もあるからと気を遣ってくれたのだろう。
◇
翌日。
待ち合わせ場所に着くと、馬車ではなく徒歩で姫が現れた。
デート服だ。
「グリム、少し背が伸びたかしら?」
「え? まぁ、少しだけ」
「私も伸びたのよ」
「そのようで」
身体的変化は特に重要な情報だ。
「そ、それにプロテクトスーツも最近きついし」
「なるほど……姫も成長期ですし。恥ずかしいことじゃないですよ」
「太ったわけじゃないわよ」
「え、ああ……」
紅い瞳の下へ下へと視線が泳ぐ。一瞬ね。
「どこ見てるのよ……」
「不可抗力では!?」
非難する割にどこか、得意気な姫だった。
「ところで姫、フィッティングの資料は……」
「あ、ああ……それなら持ってくるの忘れたわ!」
そんな堂々と。
「なら、皇宮へ戻って」
「ダメよ。皇宮は今……全面改装中よ」
「へぇ」
皇宮にもあるのか。臨時休業。
「なら兵学校に行って、データ取りますか」
「ダメよ。兵学校は今……派閥抗争中よ」
「へぇ」
姫不在じゃ成立しなくない? 学食派閥対お弁当派閥とかか?
だべっていると視線を感じた。
駅前で美女といると値踏みされているようで不快である。
今日のおれは官服ではなく私服。ほぼ作業着である。馬車とか室内で打ち合わせだと思って油断していた。
これではただのウェール人だ。この戦闘力では姫の隣にいるのは困難。
去ろう。
「グ、グリム君……」
「え?」
ガタイのいい兄ちゃんがパーソナルスペースに入って来たので重力魔法で止めたのだが、マクベス君だった。
隣にはリザさん。
スカートだ。
「見るな」
「不可抗力では」
「どこがだ?」
おれはカメラを構えていた。
不可抗力だ。
どこか作為的な偶然で、おれたち4人はあてどなく歩き始めた。
「驚いたよ。なんだかスカーレット殿下の印象がその、かわいいというか」
そこか。
なぜこの4人で街中を歩いているのか。
マクベス君がおれと前を歩く二人へ交互に視線を移す。
「仕組んでないよ。ぼくは」
「おれだって……そうじゃなくてさ」
なんだ。
おれの彼女はどうだと言いたいのか?
「リザさんも、そのかわいいというかなんというか、女性だね」
「……グリム君が誤解なく殿下と話せるのは、殿下のおかげだということを自覚した方がいいよ」
「う、うん……ごめん」
「いや、言いたいことはわかる。リザは日に日に美人になっていくんだ。不思議だよね」
「そういうこと、本人に言ってる?」
「うん。毎日」
「うーわ」
「なんだい、そのリアクション」
リザさんは推しの一人だから、こうしてプライベートな部分を見るのは気が引ける。
神秘的でミステリアスであって欲しい。
垣間見るのがいいのであって、全部は知りたくないのだ。
「君はいつかファンに刺されるかもな」
「物騒な忠告だね」
それに、二人の乗り越えているハードルはおれにとって無関係ではないから、直視していると焦る。
ハーネット家の令嬢で騎士爵の爵位持ちで、専用ギアを持つ有力な機士。おまけに皇族親衛隊で美人だ。
マクベス君は、辛くはないのだろうか。
「あの……ぼくらどこに向かってるんですかね」
おれの疑問がそんなに奇妙な質問だっただろうか。三人は視線を交錯させて会話する。機士たちよ、それではわからんぞ。言葉を使って。
「ああ……とりあえず、どこか座れるところに入るわよ」
普通の喫茶店に入る。
本題に入る前にのべつ幕なし、当たり障りのない日常会話が続いた。
これは、Wデートというやつでは?