83.真価
対戦で苦戦を強いられていたのは意外にもルージュの方だった。
《反応が遅いぞ!!》
「ひぃ~すいません殿下!」
『クーガー・カレラ』はスカーレット姫の『カスタムグロウ』を全く寄せ付けない機動力を見せた。
だが、魔法による空気抵抗操作がサポート役と上手く連動しない。直線軌道コースで伸び悩み、コーナリングで車体が浮いて踏ん張りが利いていない。
「いえ、殿下が速すぎるんですよ。この方はよくやってます」
貴族のボンボンの割に。
「うっ、グリム、お前いいやつだったのか」
いいから。
《私に凡夫と合わせろと? 貴様が合わせろ。今、ここで、私に追いつけ!!》
「は、はい~殿下……! ううぅ」
それは無理だって。
やはり、ダイダロス基幹による超反応連動は従機士側の予測が鍵になる。信号増幅機はどうしてもチューナーを介すため、その分ラグが生まれる。普通だったら気にも留めないほどのラグだが、ルージュ殿下のような常に超速反応で動き続ける人との連携では致命的な遅れにつながりかねない。
合わせるには、互いが信頼し動きを合わせるか、完璧に予測をするしかない。
これがゲーム内で知能が高いキャラがサポート適性値が高かった根拠だろう。
対するスカーレット姫は、従機士と上手く連携できているようだ。
『クーガー・カレラ』からの魔法砲撃を冷静に躱し、無駄な動きをしない。
そして、遠距離攻撃。
彼女自身の火魔法による攻撃が、正確に放たれ『クーガー・カレラ』を追い詰める。
スカーレット姫は機士としては能力に恵まれていなかった。
スキルが無い。
努力して、レースでは位置取りやテクニックで圧倒的でも、戦場では違う。
それがどうだ?
攻撃の一つ一つがガーゴイルなら直撃している。
彼女は良く見えている。
なにか気づきを得て変わったらしい。
しかし、ルージュも黙っていない。
戦闘の中、テクニックは向上していく。
ルージュは距離を一定に保って遠距離攻撃をしていたが、戦術を変えた。
《私のカウントであれを打つぞ》
「は、はい!!」
そのまま『カスタムグロウ』へ突っ込む。
全身に緊張感が走る。手に汗握る、リスキーな走行だ。
迷わずアクセルを踏むルージュの胆力。平坦ではないギア用のレース場に、車体が上下している。それでも魔法砲撃をハンドリングでギリギリ躱す。
極接近した距離、『カスタムグロウ』が動いて捕らえにかかる。
右へと後輪がスリップした瞬間をスカーレットは見逃さなかった。
だが、ルージュは左側へドリフトで足元を旋回し躱した。
車体を自分のものにしている。
《今だ、やれ!!》
射出されたのは弾丸ではなく、敵拘束用の新兵装。
その名も『空力制動傘』。
というか、パラシュートだ。
ギア背後の排気で広がり、前に進もうとすると空気抵抗で動きを鈍らせる。
約2トンの機体に600~700キロの負荷が掛かる。
対ガーゴイル用の足止めアイテムだ。
スカーレットは後方への負荷に耐え、一瞬動きが止まった。
ルージュはそのまま、牽引ワイヤーを射出。脚に絡ませた。
『ニトロ』加速で白煙を上げる『クーガー・カレラ』は『カスタムグロウ』の足元をすくい、テイクダウンに成功した。
《よくやったわ》
「ど、どうも」
《お前ではない。グリムに言ったのだ。これは使えるな》
「実用性の勝利ですね。打ち込む位置も良かったですよ」
「ありがとう、グリム。いいやつ……」
技術班ご希望のギア運搬のための装備とパワーだ。
やはりルージュ殿下の、兵装から使用シーンを描く解像度の高さがすごい。
理想的な支援機ムーブだった。
牽引ワイヤーを切り離し、停止。
魔法砲撃が決まる。『流砂』の魔法砲撃は機体の関節部を汚染し、機体不良を誘発する。
完全に動きを奪った。
しかし、姫は意外とあきらめの悪い人だから、この程度でノックアウトとはいかない。
《とどめを刺すわよ》
「は、はい!!」
その時、スカーレット機の絡まったワイヤーが砲台を直撃した。
《なッ!?》
「なっ!?」
なんと、スカーレット姫は倒れた状態で脚に付いたワイヤーを鞭のように使い、正確に砲台を叩き壊したのだ。
すぐさま機体の排気圧力で一気に流砂を弾き飛ばし、同時にパラシュートがついた装甲をパージ。
立ち上がったスカーレットはそのままジャンプ機構による加速と蹴りのモーションでワイヤーを放ち、加速した『クーガー・カレラ』を襲う。
ルージュ殿下はかろうじて避けた。
「やはり、ダークホースはあなただ」
完全に原作を超えている。
恐怖で人を動かし、従わせ、莫大な魔力による砲撃をメインとしていた彼女が、信頼と連携、努力に裏打ちされたテクニックで、機士としての存在意義を証明してみせた。
《良いタイミングね。『従機士』との連携か》
砲台が無くなっても諦めないルージュ。
残りの『ニトロ』を使い離脱を試みた。
《それに、足癖の悪さはマクベス譲りか―――》
おそらく、『ハイ・グロウ』ならば脚の動きからワイヤーの動きを予測し、対処も可能だっただろう。
だが、『クーガー・カレラ』は車だ。
背後の視認性は低い。
鞭の乱舞が後方車輪を捕らえ、車体が宙に舞った。
勝負は決着した。
ピンチから活路を見出し、繊細なギア廻しと仲間との連携を見せたスカーレットの勝利だ。
◇
「なるほどな。これからの時代、戦術の要は連携か……」
お怒りかと思いきや、ルージュは自分の負けを分析していた。
「この結果、お前は予想できた?」
「いえ。でも、スカーレット姫は意外と面倒見がよく、人の苦労を理解される方なので」
「そんな子じゃなかったけれどね」
彼女はダイダロス基幹と相性がいい。
というより、隊長機に向いている。
「いかがですか、宰相閣下」
「大いに参考となる結果でした」
ヘラーは新主力兵器への道を諦めた。
その代わり、支援機としての実用化に大きな期待を持ったようだ。
「さーて、よくも私を裏切ってくれたわね、グリム」
勝ち誇るスカーレットがやってきた。
「裏切って無いですよ。マクベス君貸してあげたじゃないですか」
『従機士』に関してのノウハウは兵学校にはまだない。そこで、マクベス君に指導をお願いした。
「マクベスは私のチームよ。お前は敵」
「ひどいなぁ」
「そう言うな、スカーレット」
ルージュが仲裁に来てくれた。
「グリムはお前のギアを造るためにヘラーと交渉していたのだ」
「え?」
「殿下、それ言っちゃ……」
「この対戦は全てお前のためを想ってのこと。その実力を周囲に示す機会を与え、ギアを製造する資金と口実をつくるため。お前にダイダロス基幹を用いた戦闘を経験させるため。お前が機士としての道を見出せるように。何て献身なのかしら、嫉妬してしまうわ」
「そうなの? 私のために……」
言葉が無い。
感極まってとかじゃなく、全部ルージュ殿下に言われた。
わざとだろ。ただ、恥ずかしい。
……スカーレット姫も恥ずかし気だ。
「へぇ~、私のためにそこまでね。そう?」
「いや、約束しましたから」
「約束って? これ?」
姫はおれが渡した手紙を持っていた。
ちゃんと……ずっと。
「その割に性格悪いわよ、あの兵器。全部お前でしょ」
「兵器と言えば、あの動き……」
夜会で手紙を渡して以来、まともに会話をしていなかったおれたちは溢れるように言葉を交わした。
気付くと周囲には誰もいなかったが、構わず話し続けた。