81.事情聴取
81、最恐のドライバーを改稿し、『80.5 スカーレット IV』『81.事情聴取』『82.最恐のドライバー』へ内容を加筆修正して投稿しております。
会議の後、おれはスカーレット姫と積もる話でもしようと試みた。
誤解をされてもらっては困る。
おれが彼女にギアを贈るには、大義名分と、資金と、彼女自身の本気を見る必要がある。
「敵と話すことは無いわ! 覚悟してなさい、この裏切り者!」
「ああ、姫……どうしよレイナさん」
「知りません。あれはグリムさんが悪いです」
「そんな……」
困っていたら、怖い人に呼び出された。
「おいでおいで」
白い手が手招きする。
「忙しいので、ぼくはこれで」
「いや、行けないよ」
「あの、グリムさんは忙しいので」
「レイナさん……!」
「君のアドリブにマリアはどう思うだろうね」
マリアという単語にレイナさんのブロックが揺らいだ。
「さぁ、おいで」
テスタロッサに暗い密室に連行されてしまった。
取調室じゃない?
この赤黒い汚れはなんだろう。
「私がせっかく止めたのに、どういうつもり?」
向かいに座った彼女が照明をおれに向けてカチカチする。
「光催眠しようとしてません?」
「いや、ただの嫌がらせ」
おれはスイッチを奪い取った。
「クーガー計画は機密だがフェルナンドには知れている。君の技術が露呈することまで計画しているかもしれんぞ」
「そうですね。でも管理局に黙って技術を隠しても、明るみになるリスクは常にある」
「……まさか、クーガー計画を隠れ蓑にする気?」
「前は管理局にスパイがいて、丸っと奪われかけたので……ちょっと管理局には大人しくしておいて欲しくて」
これで、おれへの監視が多少は減るはず。
「というか、ああいうのを防ぐためにあなたがいるのでは?」
おれは照明をテスタロッサに向けてカチカチした。
「うっ、あれは悪かったわ。マグヌスは警戒してなかったのよ」
スイッチを奪い返された。
「ヘラー伯爵公認の軍事機密か……それでも、確実とは言えないわ。いっそ、私が潜り込まないと」
テスタロッサが不満を露にする。情報部が把握できないところでは嫌なのか。
《グリム、何か一つにしなさい》
部屋の通信機から聞こえてきたのはマリアさんの声だ。
《ここからは『捨て札』をつくって、状況をコントロールにかかるわよ》
「ぼくもそう思ってました」
「情報を献上せよというのですか?」
テスタロッサは完勝を狙っているのか。確かに彼女が戦っているのは情報一つで全てが水泡に帰す世界だ。
しかし、相手はフェルナンド。犠牲なくして完全勝利とはいかない。
《マグヌスがやっていた情報戦は二流。情報封鎖なんて守りに入ったら敗けるわ。あれは独自の情報網を有している。けれど、情報網が広いほどノイズも多い》
「誤情報で釣るのですね。定石ではございますが、釣られるでしょうか?」
「だから、『捨て札』……」
《そう。偽の情報を活かすには、何か一つ本物が流れる方が、敵のコストを削げる》
守りに入る必要はない。
おれはフェルナンドがこれからやるおおよそのプランが分かっている。
原作と違い、テスタロッサとマリアがいる。
あと、グウェンだ。
彼女がこの秘匿通信の暗号化法則を気まぐれかつ思いつきで毎回変えるため、行政府にある信号解読機でも解読不可能な安全な会話が可能だ。
さすがのフェルナンドもグウェンという変数は理解できまい。
「奴が一番求めている情報、それは『ダイダロス基幹』の弱点を補う技術です」
「中継機の脆弱性か……具体的には聞かないけど、対策は万全なのだろうね?」
《確か、『ニトロ』と言ったかしら。あれで、魔力消費を抑えて、機体の運動量を上げられるとか》
なんでまだ報告してないのに知ってるんだ?
あの『聖域』での実験を見ていた誰かが、個人的に報せたのか。誰だろう?
しかし、不完全な情報だ。
彼女にしては珍しく見当違いだ。というより、あの走行実験を見ては誰もが誤解するだろう。
「あれはそもそも戦闘用では……」
いや、そうだった。
おれはいきなり空を飛ばすために使おうと探していたが、元々戦闘のリミッター解放システムとしてゲームに組み込まれた設定だ。
戦闘用と考えるのが順当。
これが空を飛ばすために必須と考えているのはおれだけ。
マリアさんですら、三次元的な戦闘を想定していない。
なら、フェルナンドも。
《戦闘以外にどう使うというの?》
「気になるな。教えて?」
ギアが空を飛ぶことはまだ話していない。
「想像のナナメ上から攻めるために使います。中継機の問題とは全く関係ないですね」
《随分大きな釣り針ね。危うく私まで引っかかるところだったわ》
「「え?」」
引っかかってはいたと思う。
《グリム、それ、レイナに言って売らせなさい》
「はい」
フェルナンドはおそらく、自分の主義に反するクーガー計画が気に入らず、おれを使って潰させるつもりだったのだろう。
だが、それを逆に利用してやる。
ギア製造のための裏金をつくりつつ、情報戦で優位に立つ。『クーガー』計画で『ニトロ』が正式採用されれば、管理局に隠れて密輸せず、機密作戦部経由で堂々と手に入れられるようになる。
そして、スカーレット姫だ。
彼女にギアを贈る。
《グリム、私がフェルナンドならあの子を利用する。ギアを贈ってそれがあの子を守ることになるとは限らないわよ》
「姫はフェルナンドの思い通りになる人じゃないです」
なにせ、彼女の成長はおれですら予測が付かない。
だが、今回の『ダイダロス基幹』を搭載したギアでの対戦で、彼女が適応できるかどうかは見極めるつもりだ。
「まぁ、それも見ればわかります」
《そうね。せいぜい、『クーガー』計画を有意義にするのね。ただの茶番で終わらせては時間が無駄だから》
「はい」
おれはテスタロッサさんから解放され、レイナさんに引き取られて帰った。
「これに懲りたら、もうしないでね」
「はい、真っ当に生きます」
「グリムさん、何したんですか?」
◇
計画はヘラー伯爵が引き継いだ。
その計画実行役をおれが買って出た。
「困りますよ、ヘラー閣下。我々『クーガー』計画に部外者を入れて、もし機密が漏れでもしたら……」
「そうは言いますが、本物の『ダイダロス基幹』を作れるのは彼だけです。それに、ギアとの対戦でギアの専門家がいる方が合理的です」
整備班はマグヌスの元部下。
軍人、貴族、パトロン、技術者、様々……
彼らは名誉挽回のため死に物狂いだ。
ウェール人に媚びる者はいない。
まして、ギアの専門家になど。
歓迎は受けなかった。
「上がどう言おうと、ギアの専門家だろうと、ここでデカい顔はさせねぇ」
「『ダイダロス基幹』なんて要らねぇよ。そもそも、あんなもんに頼るからあんなことに……」
「マグヌスの野郎がおれたちの設計を無視して死人が出てんだ。同じ轍は踏ませねぇぞ」
偽ダイダロス基幹はとっくに取り外されていた。
彼らもあれがガーゴイルを呼び寄せるリスクには気付いていたってわけか。
おそらく、車両整備や設計に携わる人間を片っ端から集めたのだろう。
結構な技術者集団がいた。それも優秀な。
ヘラーが見限らずにいる理由も分かる。
職人の空間に入るには流儀がある。
ヘラヘラとご機嫌伺いの愛想笑いでやり過ごすか。
初手で、全身全霊ぶつかるかだ。
『ダイダロス基幹』を見せた。
「ああ、グリム君って言ったっけ?」
「はい」
「……テスト走行見てけよ」
「あ、はい」