80.5 スカーレット IV
81、最恐のドライバーを改稿し、『80.5 スカーレット IV』『81.事情聴取』『82.最恐のドライバー』へ内容を加筆修正して投稿しております。
私にはやるべきことがある。
クラウディアお姉様亡きあと、皇族として帝国の秩序を守ること。
だけど、私は一介の訓練生に過ぎない。
政治的な会合や、軍の協議に参加しても、自分の役目を果たしている気にはなれなかった。
30年の平和は崩れ、今や属州はどこも不穏な動きを見せている。
対する帝国はどこか皆、「なにも起こらないだろう」という楽観で、動こうとしない。
その矢先、ガーゴイルが帝国内で発見された。
先行していたマグヌス少将率いる新兵器開発特殊作戦軍が討伐に成功したらしいが、村を治める騎士爵と応援に駆け付けた二人の機士が亡くなった。
私はその戦場となった村を訪問した。
ガーゴイルの被害を目の当たりにしたことの無い人間の言葉など、誰にも響かないと思ったから。
考えがあったというより、私は自分にできることを探してただ彷徨っていた。
「ご立派です、殿下」
宰相のヘラーに補償金の申請書を渡しに戻った。
帝国法に基づいた家屋への補償だ。
「何か?」
「慰問のことです」
「被害の実態を見て来ただけですわ」
「はい、帝国法に基づく保証制度の利用を勧め、村人を慰めて回られたとか」
「地元役人が手一杯だから知っていたことを助言しただけです」
「自費で差し入れるのが支援金や衣類や食料ではなく、農耕機械であることには驚きました。非常に合理的かつ生活に寄り沿った慰問でございますね」
行ったらトラクターが全部残骸になっていた。でも補償対象外だった。
グリムに農耕機械は命に直結すると聞いたことがあった。
私は金を払っただけ。
何か成したわけではない。彼ら農民が一から農作物を作って収獲して流通させていることに対して、私は立場を使って金と書類を運んでいる。
本質的に、私はまだ何者でもないのだ。
「もう機士にはなられないのですか?」
「どういう意味かしら?」
「皇族の方々への信頼は、ここの所揺らいでおります。クラウディア殿下が亡くなられ、すぐにギルバート殿下は内政干渉と疑わしき軍事行動に出ております。フェルナンド殿下はご自身の慈善活動で属州民を贔屓になさる。ルージュ殿下は軍において、個で動かれるお方です」
「皇族批判を私にするのは賢明とは言えませんね」
「ですが、事実。皇帝陛下は、寝室から時折言伝するのみ。今やスカーレット殿下の親しみこそ、帝国民の信頼をつなぎとめるために必要不可欠なのです」
ヘラーは私に、機士ではなく民衆のご機嫌取りをしろと勧めた。
「私は皇族としての義務を全うします。どのような形であれ」
「では殿下、皇族のお立場から列席を賜りたき協議がございます」
ギア不要論を唱えるマグヌス少将の軍事会議に乗り込み、私は異を唱え続けた。
村に被害はあったが死者は出なかった。
それはギアがあったからこそだと。
亡くなった機士たちは、命を賭して戦ったのだと。
ギアを用いた秩序の維持こそ、皇族として私がするべきことだ。
◇
久しぶりに会ったグリムに私は苛立っていた。
やたら美人の秘書官連れてるし。
マグヌス少将の不正をあっさり証明してしまったことには感心したけど、その後が問題よ。
彼が『クーガー』計画側に寝返るなんて。
機械だったら何でもいいってこと?
「残念でしたね、姫様」
「リザ、あいつがわからないわ。旅に出て変わってしまったのかしら。待って、本物よね? 誰かと入れ替わってないわよね」
「ですが姫様、いずれにせよ兵学校の実力監査にグリムは参加できなかったのでは?」
「それは……そうね」
「グリムにはグリムの目的があるのでしょう。それより、戦いに備えて準備をしなくては」
私もダイダロス基幹をギアに搭載して戦うのは初めてだわ。
まずは『従機士』を選ばなければ。
「リザ、はだめよね」
「そうですね。兵学校の実力評価に私が出ては……」
「じゃあ、誰を選べばいいのかしら」
悩んでいたところに、現れたのは意外な人物だった。
「ダイダロス基幹とクレードルをお届けに参りました。ついでに、『従機士』の教官を務めます」
「マクベス、あなたグリムのところにいなくていいの!?」
「そのグリム君から言われてきたんです。さすがに試行錯誤や選定に2週間は短いですからね」
そういうところは粋じゃない。
やっぱりグリムね。敵だけど。
「で、誰がいいとか分かるの?」
「とりあえず、条件は二つです。重機などのレバー操作に慣れているもの」
「そうね、どことなく作業車の物理操作系統の流れよね」
「はい。それから座学の成績が優秀なもの」
これって頭脳労働ということ?
マクベスを二度見してしまったわ。
「……リザ、あなたの彼氏、頭良かったかしら?」
「地頭いいです。判断力も高く、冷静で、常に余裕があって」
「あ、もう結構よ。ごめんなさい」
うわ、リザののろ気は何だか聞きたくないわね。
「自分は文字から怪しいんで、これはなんでかわかりません。グリム君曰く、『サポーターが知的キャラは基本』だそうで」
「グリム語ね。肝心なところは大体グリム語よね、あいつ」
探してみると座学が優秀で、重機の扱い経験のある機士課程訓練生が4回生に一人いた。
「こここ、皇女殿下! ももも、申し訳ございません!」
「まだ、何も言ってないわよ」
『ガリベン』として有名な人だった。
実技成績は下の下。
いるのよね、機士になれそうにないから座学でなんとか卒業して、なんとか技術士官になって機士に口出しする人。
というのは偏見だったわ。
「あら、すごいじゃない。すごく動かしやすいわ」
《いえ、そんな! 自分はエッジと放熱と排気の切り替えしか》
「それだけ預けられれば十分よ」
未だに私の目は曇っていた。
「ごめんなさい、侮っていたわ『ガリベン』先輩」
「いいいえ、ぼくなんて先輩じゃないです!!」
「『ガリベン』が残るわよ」
彼はいわゆる、初着装でトラウマを抱き、付いて行けなかった落第生。
それでもバイトで重機を扱い食いつなぎ、ギアについて学び、4年間克服しようと努力していた。
「バイザー越しだから、身体の硬直がないし、普段やっている操作と似ているので。それに殿下の動きはよく課題の参考にしてましたし」
「あらそう」
「はい、殿下は機体バランスを取るのが一際お上手ですので」
彼はノートにびっしり私の行動パターンをメモしていた。
「基本的なコーナーワーク、足さばきに充てている訓練時間が他の訓練生よりも平均4、5倍多く、また魔力量による訓練時間の長さが、その熟達の要因と考えられ―――」
急にまくしたてるような早口。
『ストーカー』先輩?
「えええ? 何ですか、皆さん? えええ? どうして逃げるんですか?」
訓練の相手はマクベスが中心に。
対戦して見るととてつもない。
少し見ない間に格段に強くなり、足癖が悪くなっていた。
「ちょっと、『記録補助』全部切ってるでしょう! それ兵学校じゃ禁止なのよ! 他の子が真似したらどうするのよ!!」
「いやぁ、その方が関節可動域を活かして、自然に動けるんです。やってみて下さい」
「危なくてできないわよ、そんなこと……あなたずっとそんな超絶技巧みたいなことやってたの?」
「ずっとは無理ですよ。オンオフ切り替えてるだけです」
他の訓練生たちが見学と模擬実習でマクベスに見惚れていた。
彼は従機士としても、圧倒的だ。
素で強いリザが、とてつもなく強い。まるでルージュお姉さま並だ。
「こ、これどうやったんだ?」
「いや、こうして、こうだよ。ほら簡単でしょ?」
ただし教えるのに向いていない。
「いや、その……なぁ、ガリベン先輩」
「彼は思考が早いんですよ。機士に合わせるには、戦況把握と予測をして、それに機士がどう対処するか直感的に理解している。動きの模倣がピタリとできる。理屈の上では、彼にできない動きはないということです」
「参考にならないな!」
「はいとても参考になります。このクレードルは手元の操作を直に観察できるところが非常に感謝です。凡人でも、練習すれば、この手さばき、手足の連動はタイミングですから」
「うぅ、近い。すごい見てくる~」
なるほど。グリムの言うタイプ的に、膨大な情報を持つ研究熱心なタイプの方が向いているわけね。
たまたま?
「ねぇ、ガリベン先輩。もしかしてグリムと話したことあるのかしら?」
「グリム・フィリオン君ですね。はい。ぼくがもうやめようかと思っていたら彼がバイトを紹介してくれました。皇女殿下の機体バランスの美しさについて語っていたのも彼です」
あいつの掌の上か。
「ありがとうございます、殿下。ぼくはもう自分は無理だとあきらめかけていました。まさか、こんな道が残されていたなんて」
彼は私に感謝して泣いていたけれど、感謝する相手とはこれから戦うのよね。
時代が変わっているのを感じる。
タスクが減るだけで、その他の操作に集中できる。
魔力の消費も、動きもこれまでより大胆になった。
「機体バランスか……」
私は機体バランス制御の『記録補助』を切ってみた。
「関節可動域が広がる……私のスタンスはもっと広い。ストライドももっと……」
『ずっとは無理ですよ、オンオフ切り替えてるだけです』
「……ずっと、できるじゃない」
何かが変わった気がした。
マクベスがやっている、あのキック。
あれができれば……
『凡人でも、練習すれば、この手さばき、手足の連動はタイミングですから』
私は魔力の続く限りギアを廻し続けた。
理想の皇族に成るために。