80.クーガー計画
帝都の駅に到着して、新聞配りの少年から一部購入した。
『帝国内ガーゴイルの侵入許す』
『ギア3機撃沈』
『新兵器クーガー計画』
『湧き上がるギア不要論』
センセーショナルな話題で持ちきりのようだ。
不意に通信装置が鳴る。
《やぁ、グリム君。新聞はもう見たかな?》
「殿下」
フェルナンドはいつもの調子で、いつもとは違う話をした。
《『クーガー計画』、あれについて事前に君には教えておこうと思ってね》
「この馬鹿な計画、まさか殿下ですか?」
《……見損なわないでくれ。さすがにあり得ないよ》
「し、失礼しました」
クーガー計画。
車を活用した、機士を必要としないガーゴイル対策。
おれの装甲列車計画のパクリだ。
《あれを主導しているマグヌス少将に言わせれば、君の『ダイダロス基幹』は未完成だから、ガイナ人が引き継ぐべきらしい》
「はぁ……」
《そうなれば、ギアは要らないそうだよ》
含み笑いが聞こえる。
「なぜ、教えて下さるんですか?」
《現状の帝国が私にどう見えているのか、わかると思ってね》
帝国30年の平和が如何に『歪み』を生んだか、おれに分からせたいようだ。
「正直、興味はありません」
《ちなみに君を擁護しているのはスカーレットだ》
興味が出てきた。
◇
「聞いているのか!! 貴様!?」
「ええ、はい。未完成、というより欠陥があるとか」
軍の大会議室。
そこに報告に出向いたところ、見事に吊るし上げられている。
事前にテスタロッサに忠告を受け、みんなに止められたがおれは会議に参加した。
ガーゴイルが凶悪化し、その原因がダイダロス基幹だというのだ。
おれはそんなことよりも、会議に列席しているスカーレットに見惚れていた。
少し見ない間に何だか大人びてしまって、まぁ……
「ええい!! 貴様、聞いているのか!!」
「ええ、はい。設計を引き継ぐという話ですね。どうぞ」
軍議はざわついた。
スカーレットが鬼の形相でこちらをにらんでいる。
「待ちなさい! 何簡単に明け渡してるのよ!!」
ああ、この感じ。
帰ってきた感じがする。
「どうせ無駄ですから」
マグヌス少将がおれの胸倉をつかんだ。
「どういう意味だ!?」
「『ダイダロス基幹』にこれ以上発展の余地はありません。すでに完璧ですから」
というより、造れないだろう。
おれがいないと。
「これのどこかだ!! ガーゴイルに取り込まれ、凶悪化を招いたのだぞ! 我々『クーガー』部隊が対処したから良かったものの、死傷者を出した責任を感じんのか!?」
テーブルに置かれた証拠品は規格より大きく、開閉バルブが無く、マウントも無い。
■状態検知
・内蔵受信アンテナ
精度:23%
品質:下(傷:× 表面:△ 感度:△)
材質:鉄:86% アロン鋼:7% 鉛:2% 酸化物4% 不純物:1%
これをおれが造ったって?
本気か……? 見れば一発でわかるんだけど。
材質から違うし。
おれが持ってきた方。
■状態検知
・内蔵受信アンテナ
精度:99%
品質:巧(傷:◎ 表面:◎ 感度:◎◎◎)
材質:アルミ:42% FG鋼:58%
これを言葉で言っても分からないんだよな。
「その取り込まれた『ダイダロス基幹』は偽物です」
認めたくないが、事前にフェルナンドから情報を聞いていて良かった。
おれは磁石を取り出した。
「何だそれは……」
「魔法の石です」
テーブルに置かれた偽物におれは磁石をくっつけた。
くっついた。
続いて、おれは持参したダイダロス基幹に磁石をくっつけた。
落下した。
「ぼくが設計したダイダロス基幹はセットボックスを特殊ポリマーで造ってますので、ガーゴイルは取り込めません」
QED。証明終了。はい、解散。
「いや、たまたま、ガーゴイルの体内でポリマーが剥がれた可能性も……」
おれは模造品に魔力を込めた。
増幅基幹が反応している。
だが、おれの造った方は反応しない。
「ギアへのマウントと、機士の魔力感知が無いとバルブが閉鎖して動かない仕組みになってます。偽物は安全対策を端折ったんですね。いや、随分と独創的な解釈なので、全くの別物かと」
狼狽えるマグヌス少将。
「馬鹿な。その小さい機械にそこまでの機能が……」
「実に合理的な説明でした、グリム支部長」
宰相のヘラーは当初、少将のクーガー計画を支持していたが、風向きが変わったようだ。
「おかしいですね、少将? あなたの報告ではそのダイダロス基幹は設計図に準じて製造されたものだという話でしたが?」
「せ、設計図の記載漏れだ!!」
「おそらく、装甲列車用の実物を見て造った感じですね。大きいし、マウント部分が無い。でもあれは設計図に起こす前の実験段階のものなんですが。あっ、そういえば先日、管理局員に扮した軍の特殊工作員が列車に潜り込んでましたね」
ま、事情は全て知っている。
フェルナンド曰く。
マグヌスはクーガー計画を進める前、実験を何度も失敗している。
そして、その穴埋めのためにおれから情報を盗もうと工作員を潜り込ませた。
奴は最終的におれの裏報告書までも狙ったが、旅のはじめ列車に搭載したダイダロス基幹を見てマグヌスに報告していたようだ。
「ちなみに、これ運用されてるとしたらかなり危険なので差し押さえた方が良いです。信号送受信の暗号化も適切か怪しいので、ガーゴイル呼び寄せちゃいます」
勝手に真似して、失敗していた。
マグヌスは自分の不始末の後始末をしただけ。
得意になって、こんな会議を開いちゃって。
ただのマッチポンプ。
「ただちに『クーガー』を確認なさい。製造の不備で三名の機士が犠牲になったのだとしたら、相応の罰を受けてもらうわよ!」
「こ、これは……嘘だ! 私を陥れる策謀だ!!」
「ぼくは、殿下がおられるのでちょっと寄っただけです。申し上げた通り、『ダイダロス基幹』は完璧なので、これ以上向上の余地がありません。引き継ぐといっても、信号受信アンテナと基幹パーツのいくつかはぼくにしか造れない。だから……あなたを貶める理由がない」
「合理的な説明、ありがとうございます、グリム支部長。連行してください。国内の安全にかかわる重要な聴取です。厳密にお願いしますよ!」
少将は聴取を受けるはめになり、軍警察に連行された。
おれはスカーレットに駆け寄る。
「姫、ただいま帰りました。お土産ありますけど見ます?」
「お前は能天気ね……」
はにかむ彼女の顔を見たら、言葉が出てこない。
緊張してきた。
えぇーと、えぇーっと……
「グリム支部長、話はまだ終わっていません」
ヘラー伯爵が会議を続ける。
「新聞に取り沙汰されたガーゴイルにギアが対抗できなかったのは事実。一方『クーガー』は機士が搭乗せずにそのガーゴイルを討伐している。ギアにこだわる合理的な理由はない」
帝国の人口から考えれば500機のギアは少ない。
だが増産しても機士には限りがある。
「加えて、先日新世代機は旧型に敗れていますよね」
「はぁ……そうなんですね」
「あんたでしょう!! マクベスのカスタムグロウを新型二機に勝たせたのは!!」
「あ、あれか」
ギアだけで判断されても困る。
大事なのはギアと機士の適合率と相乗効果だ。
「それはマクベス君が強いので。ギアだけ比較というのも……」
「機士にしたって同じこと。兵学校から突出した機士も輩出されていない。このままでは私が指摘するまでもなく、機士とギアへの信頼は崩れ去るでしょう」
兵学校出身の機士か。
確かに、現役世代で有名なのはルージュ殿下とリザさん、ギルバート皇子ぐらいか。
他、フリードマンやマーヴェリックなどの軍人機士は基地での現地訓練した叩き上げ。
おれはスンと澄ましながら、不服そうに口を尖らせている姫を見た。
「では、比べてはいかがですか?」
ギアを扱えない貴族たちは多い。
その後ろ盾を得て、矢面に立ったのがマグヌス少将だったというだけだ。
根本的にギアへの信頼を示さないと、多数派によってこの議論は永遠に蒸し返される。
百聞は一見に如かずだ。
「そのクーガーという車と、ギア、対戦して見れば話が早いかと」
「ふむ、確かに合理的ですね」
「なら兵学校代表として私が出ます!」
スカーレットが元気よく手を挙げた。
うん、一切迷いなし。いい。
こんなハツラツとした笑顔、原作で見たこと無い。
「なるほど合理的です。殿下に出ていただけるなら、もめ事も少ない。よろしくお願いします」
「じゃあ、グリム。私の機体は任せたわよ!」
「いえ、ぼくはクーガー側の整備をしますので」
「……あら!? あらあら……そうなの!?」
胸ぐらをつかまれている。
「姫、戻ってます。悪逆な皇女に」
だって、おれが付いちゃったら勝てるに決まってるんだもの。