79.5 カール・ゴルト・シュミット
トライアウトでグリムを見た時、儂が一番に思い浮かべたこと。
それは孫のジョエルのことじゃった。
ジョエルに機会は巡るのだろうか。
グリムのように、誰にも迎合することなく意志を貫き通す力はあるのか。
果たして、この天才がいることがジョエルにどう影響するのか。
グリムが国家公認技師に合格して以来、儂は彼奴に注目し、その手腕には驚心動魄し、語る言葉も無かった。
グリムの軍事工学分野での才覚は整備したギアの戦歴で一目瞭然。
ダイダロス基幹なる先駆的機械はあらゆる魔力的制約から人類を解き放つ。
グリムを評するに、天才という言葉すら物足りなさを感じる。
一見、工学的設計能力と製造組み立て技術の二つの才を持つと思われるが、それだけではない。
グリムは魔法力学にも精通しておる。
分析機能をバイザーに搭載したあの発明こそ、その証である。
あれは個人の分析スキルを疑似記録晶石に落とし込んでおる。常軌を逸した離れ業に他ならない。
現在の魔法力学の常識にはない。
グリムこそ、ジョエルの孤独と迷いに光明をもたらす存在になると直感した。
その短絡的な思考を後悔することとなった。
公国にグリムを招く段になり、儂は恐ろしくなってしまった。
旅を共にするうち、理解を深めたがゆえ。この才能が同年代にいることは脅威であろう。
儂の独断で、グリムを引き合わせることは望ましくなかった。
息子である王太子は大学へ飛び級で進んだジョエルを誇りに思っておる。
そこで満足して居る奴も問題なのじゃが……
現実を突きつけ、ジョエルに挫折を経験させるだけに終わる可能性もあった。
悩む儂に対して、母親のユリアは豪気であった。
「そこで折れるというなら、それまでです」
過保護なのか厳しいのかわからん嫁じゃ。
武人ならそれでも良いが。
ジョエルはそういうタイプでは無かろうに。
迷う儂と何も知らぬ王太子を置き去りにして、ユリアはその「劇薬」を躊躇なくジョエルに使った。
◇
ほどなく、ジョエルはグリムを探し、王宮へ訪れた。
「陛下、ここにグリム・フィリオンが来たと」
「彼奴と話したか」
「ええ……」
「して、己の位置は見定めたか?」
「はい。途方もない現実を突きつけられました」
ジョエル曰く、やはりグリムは魔法力学においても先の先に居るようじゃ。
「正直、恐ろしいです。彼の理論の先には魔法力学の軍事的評価があります。ですが、逃げるという選択肢はありません。魔法は芸術ではない。観賞用の道具でもない」
不思議なもんじゃ。
機械に憑りつかれたあの小僧には、なぜか人を変える力がある。
「そうじゃのう。この世にガーゴイルがいる限り、戦う術が求められる。問題は機士になれない儂らのような王侯貴族が、どう戦うか。『従機士』という選択もあるが」
「ぼくも戦います。ただし、魔法力学の分野で。誰にも気後れしなくても良いぐらいの成果を上げて見せます」
ジョエルの眼は覚悟に満ちておる。
「ところで、グリム氏はここで何を」
「『硬化』の疑似記録大晶石じゃよ」
「え? まさか、あの国宝を渡したのですか!?」
「儂が持っておっても仕方ないからのう」
「しかし、あれは学術的にも価値のある一級品です。複製もできないから国宝なのに。父上に怒られますよ」
「じゃろうな」
後悔はない。
彼奴なら有効利用できると信じておる。
それに、孫が世話になった礼はせんとな。
◇
祭りは例年通り。
終わった後、祝いの席にて大学の者と魔法院の連中が互いの健闘を称え合っておった。
「いかがですか? 昨年より一層芸術性を増しました!」
誇らしく胸を張っておる。
グリムと会い、変わらぬ者もいる。
現実の逃げ場はいずれ無くなるというに。
「今後機士の才覚が無い者も『従機士』の道が開ける」
「はい?」
「つまり、在って無い様な取るに足らん研究のために金を出すくらいなら、従機士を育成するために金を費やすことになるじゃろう」
「そ、そんな……!」
「金が低きに流れる道理は無し。グリムという現実を無視しても、儂もまたお主らの前に現実を突きつける者であるぞ。このカール二世の言葉も無視し、逃げるなら好きにせい」
「へ、陛下とんでもないことでございます! ですが、大学の研究には多大な資金が……」
帝国魔法院の連中は気まずそうに沈黙しておる。
「貴族の逃げ場として利用価値があった不採算部門も今後ことごとく潰れるじゃろう。昨日時代を変え、明日また時代を変える。そんな男が帝国には居るからのう」
「お、お言葉ですが陛下。魔法力学は崇高で、芸術的で有意義な研究ですわ」
「そうじゃのう。であると自覚するなら、この20年は悠長であったな」
塔からその日一番の光が夜を照らした。
この場におらんジョエルか。
たった一度の邂逅で、ここまで変わるとは。
「確かに美しいのう。今まで見た中で一番じゃ」
「そんな……一体だれがどうやって……?」
面目丸つぶれの両校は、それでも塔へ向かう者は居らんかった。
儂はシラケた場を退席し、塔へと赴く。
そこには会話の無かった母と息子が、語らい微笑み合う姿があった。
親子の溝まで埋めてしまうとは。この借りは晶石だけでは足りんな。
親子の邪魔をせぬよう、儂は引き返した。
グリムに借りを返しに向かう。
空を照らす光の影で、一人作業するグリムの元に赴くと、アイゼンとマークスに鉢合わせした。
「これで、このメンツも最後じゃのう」
「それもそうだな」
「何だよご両人。年取って気弱になったんですか?」
「カール王は生い先も短いことだ。悲しくもなる」
「馬鹿言うでないわ! 儂はあと30年は現役じゃわい」
「バケモンじゃねーかよ。逆におれが引退してるぜ」
孫の活躍を見るまでは死ねんよ。
「持つべきものはやはり同志ですね」
儂ら三人は黙々とグリムの作業に参加した。
作業していた儂らは、額に汗した。
作業の難解さからくる疲労ではない。
儂らは気付いた。
グリムめ、儂のくれてやった「硬化」の疑似記録大晶石をギアではなくクレードルに組み込みおった。
これすなわち、ダイダロス基幹を介してこのクレードルと繋がる遍く機械に「硬化」が適用されることを意味する。
それにも驚嘆であるが、真に驚くべきは調整程度でそれができてしまった、クレードルの設計である。
クレードルの設計はトライアウトの時にはすでにできておった。すなわち、グリムは初めから大晶石を設置する設計をしておったということ。
儂が「硬化」の大晶石を授けることにしたのはつい最近のこと。
ならば、本来は一体何の大晶石を組み込む予定じゃったのか。
「どうじゃ?」
「起動してみますね。うーん……ああ、トロいなー」
マクベスのギアに「硬化」は適用され、それでもグリムは満足しておらん。
「起動遅いし、硬化ポイントがあいまいだし、実戦じゃ使えませんね」
大晶石は起動は遅く、発動箇所は曖昧なもの。
そういうものなのじゃが。
「天才魔法研究者が生涯をかけて生み出した国宝ぞ?」
「……生涯?」
グリムにはピンと来ておらんようじゃった。
ジョエルに偉そうなことは言えん。
儂は遅すぎた。もっと前にこれを有効利用させるべきであったのだ。
儂も、この停滞の一因であると、この容赦のない「現実」に突きつけられたようじゃった。
ここで引いては公王の名折れ。
「良かろう、今宵はとことんやってやるわい!!」
「大晶石に手を加えるとは無謀な」
「ああ、ああ! ご老体、ムリなさるなって!」
「ええい、止めるな若造が! これでも儂は魔法大学出とるんじゃ! グリムよ、文句はあるまい!?」
「元からそのつもりでした」
一晩、儂らは古い書物と顔を突き合わせ、宝物を削りに削り、新たなラインを形成し、偉大な先人の成果に手を加えた。
「はい、オッケーでーす」
グリムの言葉に、儂らは事切れた人形のように突っ伏した。
天井を見上げる。この歳で潰れるまで作業することになろうとは。
少年の時代、学友と時間と疲労を忘れ遊んだ、あの懐かしい充足感が蘇った。
「ふっ、儂もまだまだ現役じゃ」
「次に大晶石をいじるときは、私抜きでやってくれ」
「おれは寿命縮んだぜ」
グリムは晶石の加工に慣れていた。
スーパーバイザーの発明から思っておった。
あれは晶石への加工が必要となる。それも、分析スキルという複雑怪奇な、理論体系化されていない魔法を記録させる神業が。
彼奴はまさか、大晶石にも魔法を刻めるのではないか?
そう、例えば、彼奴の魔法。
闇魔法を。
沈黙は三者が同じ思考を辿った証左である。
重力から解放されたギアの動きに想像巡らし、整備室に儂らの漏れた笑いが反響した。