79.二点間誘導法
レビン公国が誇る研究機関、レビン魔法大学。
ここで祭りのメインイベントが行われようとしていた。
大学の塔の上から湖を超えて湖岸の的へと魔法を放つ。魔法装置は砲台として、いくつもの疑似記録晶石と、増幅基幹で生み出される。幾何学的なアーチ状の巨大芸術作品のような物体。
盛り上げるために、帝国きっての魔法力学の名門大学、帝国魔法院が招かれている。
観光で見に来る人がいるほど、その魔法砲撃の応酬は美しい光景だそうだ。
花火大会のようなものだろう。
大きな祭りといえば帝国ではギアのレースがメインイベントだが、こっちにはあまりギアが無いようだ。
おれは約束通り、ユリアさんの息子に会いに来た。
大学内の塔の上では、レビン魔法大学の学生と、帝国魔法院の学生たちが忙しなく準備している。
ユリアさんが来るとレビン魔法大学の学生たちが礼を払う。
彼女は特に息子を紹介することもなかったが、一人そっぽを向いている青年が彼女とよく似ている。
いやでも親子?
姉と弟じゃなく?
ユリアさんが本当に悪魔と契約している可能性が出てきた。
ユリアさんはおれを皆に紹介する。
「グリム・フィリオン氏です。貴重な職務の合間にお時間を頂きました。言葉を交わし、良い刺激を受け研究に役立てて下さい」
「お邪魔します。皆さんの作業を見学させていただくお時間を頂きました。どうぞ気にせず作業を続けて下さい」
反応はまちまち。
レイナさんに見惚れるもの。
おれやマクベス君を奇異の眼でみるもの。
母親の訪問に苛立つ息子。
共通の反応は「グリムって誰だよ?」だ。
駆け寄ってきたのは帝国魔法院の女性教諭。
「あのあの、グリムさんですよね? あなたの論文はすべて読みました。意味不明ですごかったです!」
「はぁ……」
嫌味な女だ。嫌いだね。
「先生、知り合いですか?」
「知らないの? ほら、あのギアに搭載している謎バイザーの! 敵分析表示ができるって主張してる意味不明なウェール人よ」
「うわっ、あの……!?」
「分析スキルを光魔法で再現しているってやつ?」
「あの不可能とんでも理論の」
「ウェール人を偏執的に愛好している貴族がいるって話だろ」
帝国魔法院の学生さんたちがちらちらとユリアさんを見る。
すると息子のジョエル君がついに声を上げた。
「母上、帰って下さい。そんなウェール人を連れて来てなんのつもりですか!」
「そんなとは何ですか、無礼ですよジョエル」
どうやら親子の仲はぎくしゃくしているようだ。
おれは状況を理解した。
彼らの作業の様子、組み上げている魔法装置、そしてこの態度。
試運転の発射も見て、なぜ遠距離魔法の発達がギアに対して遅れているのかわかった。
ユリアさんはおれにこう問いかけているに違いない。
「ここに、未来はあるのか」と。
息子さんのためにかな。
「お邪魔な様ですから、帰りますね」
「グリム支部長、そんな、もうですか?」
帝国魔法院の女教師が勝ち誇る。
「ぜひ、えこひいきされている方のご意見が聞きたかったです! どんなとんでも理論を話すのか興味ありましたのに」
「そうですか、では一言だけ」
魔法力学の基本的な要素は把握されている。
最大射程500メートルは悪くない。
射程と威力をもたらす魔法発射法についての基本的なノウハウもあるようだ。
まぁ、当然だろう。
おれがアニメやゲームで実用化されていた知識の源泉は、その数年前には存在しているはず。
ここにもあった。
だが、威力維持が成されていない。だから単なるアミューズメントと化している。空を飛ぶ魔法は綺麗に輝いているが、ガーゴイルにそんな情緒は響かない。
「皆さんが行っている『二点間誘導法』は超絶技巧での卓越した操作が必要です。発射だけでも遠距離機乗力の高い機士に頼むことをお勧めしますよ」
帝国魔法学院の女教師は不服そうだ。
「あなたの言う『二点間誘導法』とはなんのことですか?」
「魔法の減衰に伴う魔力吸収作用を利用し、魔法発生を二か所で行うことで、推進力と指向性を得る技法のことです」
学生たちがざわつく。
「なんで、あいつが」
「先日共同研究で見つけた新理論のはずだ」
「だれがしゃべったんだよ」
「でも、吸収作用って言ったよな。あれって同一魔法が同期するのか、実証実験は成功してるけど理論はまだ検証中だよな」
「吸収っていうなら、そうか! 単純な魔法発生の理屈も……」
レビン魔法大学と帝国魔法学院の学生たちが議論を始めた。
まぁ、背中は押せただろうか。
その場を失礼した。
◇
疑似記録晶石の製造を見学。
『硬化』の疑似記録大晶石もいただいた。
そのまま祭りを見学する。
塔の先から、火魔法が放たれる。
個人では不可能な出力を、複数人の魔力と増幅基幹で実現する。
湖上を赤く染めながら、湖岸へと着弾していく。
祭りは大いに盛り上がった。
やはり、急場で機士を見繕うわけにはいかなかったか。それか、おれのアドバイスなんて元から聞く気が無かったか。
いずれにせよ、魔法単体での威力はたかが知れている。実用化できるとしたら闇魔法との併用からだ。
余計なことを言ってしまったかな。
おれは列車のクレードルに『硬化』を接続するテスト作業をすることにした。
作業をしているとユリアさんがやってきた。
「魔法力学は素人だなんて、やはり嘘でしたね」
「息子さんのところへ行かなくていいんですか?」
「あまり、干渉すると怒られますのよ」
「難しい年ごろですね」
「それは、あなたも同じです」
過保護な人だ。
心配かけたな。
「すいません、息子さんには余計なことを言ったのかもしれない」
「『二点間誘導法』について、あなたは秘密にしていた。あの場で話したのは、彼らを導くためにでしょう」
「ユリアさんにはお世話になったので」
「彼らはただ道具を作ろうとしている。あなたはそれを扱う人間のことを考えている」
「大げさですよ」
調整している最中、思わぬ来客が訪れた。
ジョエルだ。
「あの、君の言っていた通り、魔法は減衰に伴う魔力を補おうとして進む説が濃厚だ。でも、その理屈なら、二点間である必要はない。射線上に複数の加速ポイントを計算して魔力を配置すれば、威力は2乗、3乗と膨れ上がる……ってことだろう?」
「ぼくなら、思いついたことは試しますね」
ジョエルは母親の方を向いた。
「ユリアさんの遠距離機乗力は【7/10】です。十分遠距離適性があります」
二人は塔へと向かい、その日最大の火力を放った。
祭りは終わったのに、騒がしい。
おれに甘えている暇はない。
ただ、おれにも頼れる仲間はいる。
ぞろぞろと『鉄の友の会』がやってきた。
誰も何も言わず調整作業をみんなで行った。