78.魔法の国へ
軍部に、おれを眼の敵にしている連中がいるようだ。
装甲列車計画は帝国全土を巻き込む一大計画だから、当然お金が掛かる。
その分予算を削られた部門やら、計画中止を余儀なくされた者たちの怒りの矛先はおれへと向かっていた。
そんなこととは知らず。
知ったのは中央管理局のお役人さんが公国の前で降ろされ、軍警察に連行された後のことだった。
「言ってよ」
列車内のラウンジで一同に不満を吐露する。おれ以外は知っていたらしい。
特にマクベス君、君はおれの護衛だろ。
「どうせ君は『任せる、だって技師には何もできないし』って言うだろ。なら知らない方が余計な心配しなくていいじゃないか」
「ふーん」
納得いかない。
おれは裏報告書を書いていた。それが流出したかもしれない。結構な事件だ。
ユリアさんは見てないだろうな。
いやこの人が助けてくれたんだ。お礼を言わないと。
「ユリアさん、ありがとうございました」
頭を下げる。
ユリアさんはにこっと笑って何も言わない。
マーカスやフリードマンもにやにやと気持ち悪い。
「お母さん」と呼べと?
皆で寄ってたかって「恥ずかしがらずに呼べよ」と唆される。いじりがひどい。普通、よその子に「お母さん」と言われたら「私はあなたの母ではありませんわ、失礼ね」とか、なるだろ。なぜユリアさんは受け入れてるんだ。実はひょうきんな人なのかな?
「ユリアさん、ありがとうございました」
「今はそれでもよろしいのよ? 呼びたくなったらお呼びになって?」
あなたの息子はいるだろ。
死んでるの? おれは死んだ息子の代わりなの?
まぁ、この世界、修道女はいないが、庇護欲が強い女性はいるか。マザー・ユリアと呼ぼう。心の中で。
「それはそれとして、グリム支部長に会っていただきたい者がいます」
「はぁ、なんなりと。どなたですか?」
「息子です」
娘に会え、孫娘に会え、という話は何度かあったが、息子は初めてだな。
「構いませんが、ぼくはベビーシッターの経験はないです」
「息子はあなたと同い年です。ある意味子守りを頼むことになるでしょう」
17歳?
ってことは、ユリアさん何歳? 養子という可能性も。やはり、マザー・ユリアなのか。
また、おれだけ知らないの?
いや、カール王以外も仰天している。
「ユリアさん、孤児院でも経営しているんですか?」
「いいえ? 実の息子です」
マザー・ユリアじゃない。
むしろ、魔女だ。美魔女というやつだ。悪魔と契約して二十代の若さを得ている。
えっと、17歳+X(出産時年齢)=Yとして……
「失礼な計算をしないように」
ユリアさんの一言にマークスたちもぎくりと肩を揺らした。
「ごめんなさい。でも、ぼくは同年代とは話が合いませんから、友達にはなれないと思います」
「友人にならなくても構いません。ぜひ、アドバイスを。息子のジョエルは今、魔法力学で行き詰っているようなの」
「アドバイスを……ぼくは魔法力学は素人ですけど」
「母親は大抵、子供の嘘に気付きますのよ」
美魔女に心を読まれ魔法についてアドバイスすることになった。
怖い。
◇
レビン公国というところはとにかく街全体が古めかしい遺跡となっている。近代的な鉄の要素が無い、木と石の文明で止まっている。
国と言っても小さな湖の中にある一つの島にほぼすべての住人が暮らしている。少し大きい村程度しかいない。
間が悪いことに、おれたちが公国に来たタイミングは祭りの日だった。
いや、カール王の帰還に合わせたのだろう。
ここに立ち寄った目的は三つある。
まず、この地で生産される疑似記録晶石製造の視察だ。
ギアには多くの疑似記録晶石が搭載されている。
動力炉の着火に火魔法。吸排気に風魔法。冷却に水魔法。バイザーの表示に光魔法。
基本的に小さな魔法を疑似記録晶石に記録するだけで、機士の魔法属性に関係なく動かすことが可能になっている。
レビン公国は古くから魔法研究で栄えてきた。
現在もこの疑似記録晶石の研究は公国が最先端だ。
二つ目は、その疑似記録大晶石そのものの獲得だ。
『硬化』という土魔法の高度な魔法を記録したものを譲ってもらうことになっている。
ギアに使われる疑似記録晶石の多くがガーゴイルの記録晶石を研究、模倣したものなのに対し、大晶石の記録は魔法研究者が自分の魔法を一から理論体系化の上、加工する。一つの高度な魔法を記録するために一生を費やす場合もある。
『硬化』をクレードルに組み込めば、遠隔でつながるギア全ての機体強度を上げられる、と期待している。
三つめは、ユリアさんの息子に会う。
なんで?
列車はしばらく殺風景な荒野を進むと、美しい湖へとたどり着いた。