77.世界の命運を左右する文章
列車での旅の間、何度もピンチがあった。
列車内の共同生活。
使用人が何人もいる中で、おれの世話を焼いてくれる人がレイナさん以外にもいる。
カール王の護衛隊長ユリアさん。おれやマクベス君の身だしなみや、生活習慣に言及するので、一度「お母さん」と呼び間違えてしまった。
その事件はしばらく尾を引いてからかわれた。「ならおれは親父になってやろうか?」などとマークスに言われた。
退屈な列車内。
機関士さんが各地を巡って知った豊富な怪談話を披露した。
存在しない駅で降りた乗客たちが、戻ってきたとき全員別人になっていた話。
どの都市でも必ずすれ違う女。
男は逃げ続けたが、ついに勇気を出して話しかけた。その恐怖の真相。
何度列車に乗っても、元の町に戻る、出られない町。
乗客たちは町で原因を探ろうとするが、一人ずついなくなっていく。
田舎町で降りる度に機関士が「こんな停車駅あったかな」とか「また、ここに来てしまったか」とか「この町ですよ」と恐怖を引き立てようとする。
おれは平静を装っていたが、もはや機関士が怖い。
二週間前。
駅舎でトイレに行ったら列車に置いて行かれた。
必死に走って追いかけたが、見る見る遠ざかっていく列車。今でも夢に見る。
おれがいないことに気付いてくれたのがマクベス君でもレイナさんでもなく、ユリアさんだったのが悲しい。
彼女がギアで迎えに来たのは5時間後だった。
――そして現在、新たな危機に陥っている。
「マリアさんにお土産を買っていかねば」
先日怒られたので、お土産を買ってご機嫌を取ろうという作戦だ。
マクベス君が心配を口にする。
「ルージュ殿下は?」
マリアさんにだけお土産を用意したら、絶対に彼女のご機嫌を損ねる。
「ギアの設計図を見せれば大丈夫」
本来仕事で旅行じゃない。観光もしてない。
これは誠意の問題だ。
「メアリー先生は?」
「あるよ」
「先生にはあるんだ?」
お土産を先生に用意しないなんて失礼極まりない。
上質な絹織物、革、お酒、花の種と苗を手に入れた。きっと喜んでもらえる。
「貨物室のあれはそういうことか」
「仕入れて売りさばくのかと思ってたぜ。何者だ、メアリーって?」
「あそこからマリアさんの分を出すという発想は無いんですね」
さらに問題は深まる。
ここから帝都まではもう3日の距離。
選択肢は少ない。
これから向かう大きな都市といえば、荒野と湖しかないと噂のレビン公国。
「悪いのう、何もない国で」
「お前、自分で造ればいいんじゃないか? その女官が好きそうなものとか」
知らない。
原作での彼女は物語冒頭で死んでいる。
お金か?
「大佐~」
「女性に贈るといえば、やはり花」
彼女は花が嫌いだ。ダメだ、フリードマンは役に立たない。
レイナさんが何か言いた気にこちらを見ている。
「レイナさんはどう思います?」
「グリムさん、キチンとした仕事。それが最高の土産になります。なので、キチンと報告書を書きましょう?」
「あ、はい」
おれは真っ先に管理局員の部屋を訪ねた。
報告書を見せてもらうためだ。
断られた。
機密だそうで。
同じく情報部員にも聞いてみた。
機密だからだめだそうだ。
おれの行動記録のようなものなのに。
さては悪口とか書いたな。
これから先、レビン公国で一泊。
二日で帝都に戻り、会議に出席して諸々報告。
帝都からウェールランド基地まで三日。
あと一週間しかない。
それでひと月あまりのできごとを報告書にまとめるのか。
白紙の紙の束を前に悶絶していると、レイナさんが別の紙の束を置いた。
これは、ロデリン市からの詳細な報告書!
「レイナさん」
「あなたに事務仕事をさせることも、私の仕事ですから。しかし、私が書いたのはあくまで概要です。不足があれば書き足してくださいね」
レイナさんはマリアさんを顧問官の一人と思っている。
この事務仕事は、支部の予算に直結する。
実際はそれ以上の意味を持つ。
「ありがとうございます、レイナさん」
「いえ。お役に立ちましたら。あなたには御恩がありますので」
この列車の旅の目的には表と裏がある。
表は『ダイダロスシステム』の普及。
中継地点をチェックし、このシステムの稼働範囲を見定めることだ。
裏は新兵器の開発。
新型ギア3機の設計。すでにできている。
支援機一機の設計と製造。これは『聖域』に委託した。
クレードルに疑似記録大晶石を組み込む新システムの設計。
大晶石はこれからカール王にもらいにレビン公国魔法大学へ赴く。
これがあれば、おれの闇魔法を従機士が遠隔でギアに反映できる。
これらの裏報告書を作りマリアさんに見せる必要がある。
秘密裏に事を進めるため、中央技術管理庁に知られず資金調達してもらうためだ。
もう冬。
原作通りならこの冬、フェルナンドが動き出す。
作中では北部属州とウェールランドで解放運動を扇動する。
北部は圧倒的勝利に終わるが、ウェールランドはルージュが居て大敗する。
フェルナンドは帝国内の騒乱を目論み、傀儡であるギルバートに皇帝暗殺を唆す。
これもルージュに阻止されたフェルナンドは、彼女との直接対決を決意し、人質交渉と称して彼女を誘い出す。
奴には常にバックアッププランが存在する。
北部属州解放に失敗すれば、属州に築いた巨大な闇経済の力で経済的に帝国を圧迫するだろう。
皇帝暗殺失敗後は帝国各地で暴動を誘発させた。
ルージュとの対決に際し、奴は七大家の要人を拉致している。
奴が勝利を確信した瞬間に喉元をかき切る。
そのしたたかさが求められる。
表の報告書は実に平凡な記録だ。
これに騙されるわけがない。
今後、探りを入れてくる可能性がある。
だが、時間は稼げる。それでいい。
おれはペンを走らせた。
表の報告書に、それらしい設計図を書き足す。
ルージュ殿下の新機体は、マーヴェリックのあれを参考にでっち上げよう。
おれなら、腕を伸ばしちゃう。
「腕だけか?」
マークスがのぞき見して口を出す。見るなよ坊ちゃん。
「おれは思ったね。マクベスの戦い方を見て、ギアはもっと足技を開拓すべきだと」
「ほう、同意見だ。アンカーボルト以外のまともな兵装が脚にあっても良いだろう」
こっちは仕事しているのに、『鉄の友の会』が談笑し始めた。待ってよ。混ぜてよ。
「そうじゃのう。ありゃ元は『オーム』世代の砲撃時固定機のなごりじゃったな」
「特殊対装甲加工を施すのはどうだ?」
「いや、儂は魔法的な兵装をそろそろ増やすべきだと考えるがのう」
ペンが止まる。
堪える。
遠距離魔法砲撃の話、できますけれども我慢だ。
5歳から実験を重ねてきた、闇魔法。
現代では限界とされる射程、威力の問題解決。
物理攻撃に対する強力な防御。
防御のための重力シールドを展開すれば、武器に?
いや、座標指定が動くと難しい。ならば加重による衝撃力を―――
「手が止まってますよ」
「あ、はい」
我慢だ。
おれは軍事工学の一環で魔法工学も学んだが、魔法力学は素人。口を出すのは不自然だ。
「レビン魔法大学でも古き魔法は停滞しておる。魔法の有効射程は500メートルしかない」
『二点間誘導法』で射程は大幅に伸びる。
「10メートルも離れれば、ガーゴイルの装甲にダメージを与えることもできん」
「ルージュ殿下ぐらいか。まともに遠距離魔法を駆使できるのは」
「あれは、機士の能力で兵装は関係ない。疑似記録晶石で魔法を再現すればオリジナルより劣る」
「問題はそれを如何に補うかだな」
そもそもガーゴイルに有効なダメージを与えられない魔法攻撃全般は現代では軽んじられている。
それらが見直されるのは5年先の話。
闇魔法の『二点間誘導法』で重力加速を応用した爆撃が可能になる。
ガーゴイルにも有効な超長距離魔法攻撃はこの闇魔法との掛け合わせで実現する。
「グリムさん?」
「あ、はい」
昼間、でっち上げた報告書に管理局や情報部が食いついた。向こうは見せてくれないくせに。
夜、こっそり整備室で裏の報告書を仕上げることに。
ゲームシステムにあった『ニトロ』の導入。
図らずも手にした『FGタイプ05』鋼材のワイヤー兵器。
マクベス機、ルージュ機、スカーレット機。
闇魔法を活用した新兵装。
そして、フェルナンドの『ダイダロスシステム』潰しの対抗策。
バックアッププランがおれにもある。
おそらく、奴のナナメ上をいく予想外の方法。文字通り、死角をつく策。
作業を終えて部屋に戻る。
しかし、人の気配がない。
「あれ?」
貨物室、整備室、クレードルのある支援車両、だれもいない。
個人部屋にも、寝台車にも、食堂車にもいない。
列車は走行中だ。
「誰もいない」
「私がいるよ」
振り返ると、奴がいた。
「なんでここに? みんなは?」
「いけないな。こんなものを造られたら、計画が狂ってしまうよ」
裏報告書を見られた?
身体が動かない。
「でも、いい設計だ。ありがとう、これで私の勝利は揺るがない」
「ま、まて。待って!!」
目が覚めた。
「―――ム支部長。グリム支部長?」
ユリアさんが呆れた顔で肩をゆする。
整備室で裏報告書を抱いて寝入っていた。
悪い夢を見ていたようだ。
「ご自分の部屋でお眠りなさいな。身体によくありませんよ。立てますか?」
「はい、お母さん」
「フッ、アラアラ……」
あ、また。
くそ、フェルナンドめ。




