新章 76
「花だなんて、 確かにその他大勢とはかけ離れた容姿と自覚してますが、照れますね」
「えっと……」
君のことではない。
ここにいる全員を指して使った比喩なんだが。
信徒たちを見る。
「そういう方だ、ソラリス様は」
見込み違いだったかな。
「殿下、こちらへ」
「殿下は止めて欲しい。一番嫌いな呼び方なんだ」
「ではフェルナンド様。いえ、長いのでフェル様でいかがです?」
それは本人が提案するものだろう。
勝手な省略は失礼で、馴れ馴れしい。
紫色の瞳の奥には爪の先ほどの申し訳なさも無い。
「私のことは ソ ラ リ ス とお呼びください」
「……うん」
自分は略称で呼ばせないのか。
信徒たちの前で立場を誇示したい、と?
信徒を見る。
「だからそういう御方なんです、ソラリス様は」
彼女の年恰好は私と変わらない。
若さに反する高位の祭儀服。彼らの信仰は半ば密教だ。正当な位階ではないのか……
「フェル様、女性は男性の視線に敏感ですので、その……お気を付けくださいね? 確かに私が異性から見て、魅惑的な体躯なのは自覚しておりますが」
自意識過剰だな、この娘。
しかも嫌な指摘だ。
「失礼した。祭儀服を見ていたんだけれど、誤解させたね」
「どうか恥ずかしがらずに。フェル様の年齢を考えれば、自然なことですから」
「いや、あなたの躯体に興味を持ったわけでは……」
「いいのです。これも文化の相違。受け止めましょう。はっ! ですが、我が身は天のものゆえ、そういう受け止め方はできかねますよ!?」
この過剰な反応。
彼女はこの祭儀服に不相応な身分なのでは? そう思いたい。
つい、信徒を見て説明を求める。
「ソラリス様は『三啓』信仰初代宗主様直系の巫女で在らせられます。天の声を聴き、地の恵みをもたらし、陽の眼を持つ三啓の徳を積まれました。ただ、難しいお年頃なので」
「ああ……」
そうか。
嫌いだな、この娘、明確に。
ソラリスは私を寺院のさらに奥へと案内した。
白んだ空と同化した石造りの遺跡が半地下の整備ドックになっている。
中へ降りるとギアが並んでいる。旧型の『グロウ』ばかり10機。
「まーた天のお告げか、ソラリス様?」
「青い目……ちっ、今度はガイナ人か」
「誰なのです、その金髪イケメン?」
作業に従事しているのは機械作業労働者たちか。それに、毛色の違う者たちがいる。
悪態をつきつつも頭を垂れ、礼を払っている。
「ギャング組織をそのまま取り込んだわけか。すごいじゃないか」
私に銃口を向けた男など、いかにも犯罪組織の人間だ。
彼ら反乱組織が犯罪組織とつながりを持つのは珍しくない。だが、ギャングにとって大抵は格下の取引相手。それを併合するとはすばらしい。
「生意気な口を利くと頭が弾けるぜ兄ちゃん?」
「シスコ、誰に口を利いているのか、あなたこそ分かっているの?」
「いえ……すいません」
私はシスコと呼ばれた男の身なりを見る。『三啓』を象った指輪だ。
なるほど、信仰心で従属させたか。
「この方は帝国第二皇子フェルナンド様です」
「慈善家の?」
「偽善者だろ」
「バレたらマズいんじゃ……」
彼ら末端には混乱を招くだけの情報だ。
明かすにしても私にギアを扱わせてからすればいいものを。
「この方は『天告』の主ですよ」
ソラリスの声で空気が変わった。
シスコが再び銃口を向ける。
「そりゃ筋が通らないぜ、ソラリス様。あんたら祭司様たちはともかく、おれたちを帝国側が支援する理由がどこにある?」
「『天告』の主とは何かな?」
シスコはソラリスを一瞥し口を開いた。
「おれたち『シンパティア』へ定期的に送られてくる暗号文の主さ。うちのボスは十年以上前から、その暗号を頼りに組織を大きくしてのし上がった。それであんたら帝国地方政府と渡り合うほどの力を得たのさ」
それを天のお告げと思ったのか。9歳の子どもの悪戯が、異国で崇拝されていたとは。よりにもよって、私を……
「あ? 何が可笑しい? 『天告』の主なら、証拠を見せな」
シスコは引き金に力を入れる。
「フェル様は私たちを試されているのです」
何を言う気だ、この娘。
「難民を誘導して地方政府を圧迫し、中央政府を使い圧力をかけ、不正の温床を作り出してギャングと関係を持たせた。そうでなければ、ギアはここにありません」
先ほど、花に例えた意味が分からなかったのか。
全容を知る者は少ないほどいいのに。
「……そう思う明確な根拠はあるまい?」
「フェル様はずっと誰かを試しています。『シンパティア』への暗号しかり、我々への過剰な資金援助しかり。それにここに来てギアを見ても、全く驚いておられませんでしたわ。全容に関わっているのは、あなた様しか居られません」
清々しいほどに、全て話してくれたな。
確かに、私は難民を誘導した。
分散管理から集中統制へと体制を変えさせた。地方行政長官には管理できないほどに。
彼ら役人には本国への工業輸出品目にそれぞれノルマがある。基本的に前年比を下回る予算設定はあり得ない。彼ら地方役人は好きで属州勤務になった者などおらず、製造ノルマを達成できなければ永遠に本国に呼び戻してもらえない。危機感を刺激するには効果的だ。
結果、安い労働力を非合法に獲得するか、人員規模拡大のために資金調達に走る。
交渉相手は地元の犯罪組織だ。
彼らに軍の純正品でも流せば、まとまった金がすぐに手に入る。タイミングよく取引を持ち掛けられれば、断る者はいないだろう。そも、そのような倫理観に縛られた人間は国外に飛ばされない。特に短絡的な人間を推薦したとしても、妥当な人事と誰も異議を唱えない。
始めは酒や短銃程度だった取引は、中央の監査官に黙認されていくうち調子づき、機関砲やギアのパーツへとすり替わっていく。
完璧な統治は不完全性を容認して初めて実現する。
現実的な判断は結果を前に不正を黙認させる。
難民は仕事を得られるし、ギャングは武器を手に入れられ、地方行政は資金が潤い、ノルマを達成するなり中央の役人を買収することが可能になる。
誰も不満に思わない。
流れたギアのパーツは裏市場を経て、反乱勢力へと行き着く。
反乱勢力に、それらを購入する資金源があればの話だが……奇特な支援者がいれば問題ない。
「なぜそんな回りくどい真似をする?」
「フェル様は武力と大義、両方を備えた組織を待っていたのでは? ですから、ここに来てシスコたちを見て喜んだ。違いますか?」
どうやら、視線に敏感なのは女性だからではないようだ。
よく見ている。
私でもわかる。
これを聞いて、気分がいい人間はいないだろう。
人は救いを求めるが、なぜかその方法論には感情的になる。
「つまり、おれたちはコイツの掌の上で踊らされてたってだけか? 何のためにだ、あ゛ぁ? 黙ってねぇで答えな!」
ほらね。
皆の視線が集まる。
リスクと結果のバランス……か。
「強い動機は特にない。君たちを選んだわけでも無い。たまたま、私の期待に応えたのが君たちだったというだけだ」
「な、なに言ってやがるコイツ?」
「操ってはない。こうして干渉する気も無かった。ただ、チャンスを巡らせば、この世が少しフェアになる。だから、君たちには武力と情報を、そして、集団としての規模と資金を提供した。それを利用してギアのパーツを手に入れたのは君たちの成果で、自由意思の賜物だ」
「ですが、あなたはここにいます」
「……そうだね。私も自分自身を試しているところでね」
最近気づきを得た。
私も傍観者でいる余裕はない。
このゲームに勝つには、彼らに圧倒的に足りないものがある。
それは、手紙や資金では補えない。
ギアとこの地理を利用して長期戦に持ち込めば、いずれは勝利する可能性もある。いや、あった。
グリム・フィリオンがいなければ。
彼に時間を与えれば与えるだけ、不利になる。
彼らにそれを言っても想像できないだろうが。
「ギルバートの失態で陣形が崩れている。専用機も破損中。それになにより、これから冬だ。やるなら今しかない。このひと月の間に属州を奪還しなければ、チャンスは無い」
シスコが銃を降ろした。
ただ事実を並べただけだが、話を聞く気にはなったらしい。
「それで? あんたが加われば、できるってのか?」
「ああ、勝てるよ」
勝つだけじゃない。グリム君の隠し玉を明かさせる。
「どうするのですか?」
どれだけ策を巡らしても、やはりこれに勝る対策はない。
大義と資金。
兵器と戦術。
あとは技師だ。
「私がギアを整備する」