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74.5 マリア

 


 一般人生活になじむのは気苦労が絶えない。



「まぁ! マリアさん、お料理もお上手ですわね」

「夫人のご指導の賜物でございます」



 病状の診察で、メアリー夫人には世話になっている。その流れで基地内の婦人会が催す軍人をねぎらう食事会の手伝いをすることに。


 宰相の時は目の回る思いだったが、一般人もやることが多い。



「あらあら、マリアさん人気者ね」

「若いからよ」

「よかったじゃない。相手に困らないわ」


 私の給仕当番に限って行列が……



「これ、マリアさんが作ったんですか?」

「美味しいなぁ。マリアさんはいいお嫁さんになりますね」

「マリアさん、結婚してくれぇ!!」

「てめぇ、何抜け駆けしてんだよ!!」

「おい、5秒ルールって決めただろうが!!」

「こいつ、告白しやがったぞ!! ギルティ!!!」

「こっちこいおらぁ!!」



 馴れ馴れしい、馬鹿共だ。

 おかげで夫人たちににらまれる。

 どこも社交の場は同じだな。

 メアリー夫人が頼み込んできた理由が分かった。 


「フフ、すいませんね、うちの馬鹿どもが」

「キャー、フリードマン大佐よ!」

「帝国軍人の誉れ! ウェールランドの守護神様!」

「今日もいい男ね~」



 夫人たちに人気の気取った男が現れた。

 私も悲鳴を上げた方がいいのだろうか。



「いけないな、貴女のような女性が毎日仕事漬けだなんて。少しは気晴らしに出かけてみませんか? 私がエスコートしますよ」



 フリードマン。

 典型的な成り上がり機士。

 市民出身で階級は大佐。今や機士としては機士正。

 この基地不動のエース。


 奥様方の妬みの視線が痛い。


「私などではなく、貴族のご令嬢をお誘いください。何なら、候補をリストにしてお渡し致しますが」


 実際、私ならこの男に爵位と家ぐらい与えてもいい。

 それほどに、この男の働きは大したものだ。

 なにより、この男にはルージュやマクベスには無いものがある。


 それは―――


「ハハハ、おもしろいな。おれは、貴女がいい」

「遊ぶにはちょうどいいと?」

「まさか、おれは本気で―――」

「また、抜け駆けしてるぞ!!」

「大佐を止めろぉ!!」

「殴っても構わん!!」

「やれぇ!!」

「なんだてめぇら!! じゃますんな!!」



 仲間との信頼関係―――と言いたかったが、生身のこの男を見ても評価に困る。

 馬鹿にしか見えない。

 私は機士とは相性が悪い。

 ギアの無い機士はどこか、不完全に見える。

 優秀な機士ほどそうだ。


「はは、おもしれぇ、おれを止められると思うなよぉ!!」

「取り囲め!!」

「縛り上げろ!!」

「くっ、ダメだ!! 早い!!」

「生身で『アクセルターン』だと!!?」

「うぉぉ、マリアさーん!!」


 一体何がしたいのか。

 何がお前にそこまでさせる?

 さすがに怖いぞ。


 包囲を抜け、向かって来たフリードマンの襟首を誰かが掴んだ。


「うおっ?」


 フリードマンはそのまま放り投げられひっくり返った。



「祭りか? 私も混ぜろよ」


 騒々しい場に相応しくない、高貴な存在を前に皆が固まる。

 突如現れた力の権化に、一様にひれ伏した。


「皇女殿下だ!!」

「控えろ、者共!」

()が高いぞ!!」



 一応、膝を着く。ちらりとフリードマンを見る。

 起きて膝を着いている。

 10メートルぐらい飛んだのに鼻血を出してるだけで生きてる。すごいわね。



「遊び相手が欲しいなら私が相手になるわよ、フリードマン?」

「はっ、滅相もございません!!」


 ルージュがフリードマンの首に腕を絡め、万力のように絞める。

 わが妹ながら、なんと理不尽か。

 当然彼は私がルージュの姉だと知るはずもない。

 だから、なぜ今首を絞められているのか、不可解でならないだろう。

 少しばかり、気の毒だ。


「残念だな。私では魅力に欠けるか?」


 フリードマンがはっとした顔をする。

 たぶん、今思いついた理由ではないわよ。

 あなたが投げられたのは。


「いえ、とんでもございません!!! ただ、自分は一介の軍人に過ぎず、殿下とは埋めがたい身分の差というものがですね……」

「何をごちゃごちゃ言っている? ああ、マリア。毎日仕事して、たまの休みぐらい休まなくては駄目よ。さぁ、行きましょう」


 強引に腕を組まれて連れていかれる。

 言っていることはフリードマンと同じだが、誰も止めない。



「全く、姉上は無防備だな。飢えた男たちの前に立つなんて」



 妹は弟への偏愛を無くした反動なのか、私が死にかけたからなのか、最近距離が近く、過保護だ。


「そういう催しでしょう?」

「姉上は自分を客観的に見た方が良いですよ」


 煌めく美貌の主が言うと、嫌味にしか聞こえない。


「分かってるわよ」



 大きなお世話ね。

 己が陰気な行き遅れということぐらいは自覚している。


 ◇



 グリムがカロール地方へ向かう頃、ギルバートが前線を離れたと情報が入った。


「グリム支部長を迎えに行っていただけませんか?」


 ウェールランド軍指令室に赴き、フリードマンへ要請した。

 司令は快諾。

 フリードマン当人もやる気に満ちていた。


「マリアさんのためなら」

「グリム支部長のためです」


 彼とグリムの付き合いは長い。実は最も彼を理解している機士でもある。


 ただ異議を唱える者が一人。

 妹だ。



「なぜ私ではないっ!?」


 当たり前でしょう。

 自分の技師を迎えに、皇女が動くなどあり得ない。



「大佐は軍人ですから」

「私もだが?」

「大佐の強みが今回は役に立つと思うので」

「つまり、マリアさんはおれを選んだ、と……」

「大佐~、調子に乗るなよ? 私が行けないから貴官は代理だ。そうよね、マリア?」

「いいえ、彼が最も適任だからです」


 ムスッとするルージュ。

 彼にはルージュやマクベスには無い強みがある。

 それは天才ではないという一点に集約される。


 だから人を育てられる。

 技を教えられる。

 彼の周りの機士は全員『アクセルターン』が使える。


 理想的な軍人だ。

 個としての強さもさることながら、集団をまとめる力がある。


 単純な武力ではなく、軍という組織内においてその実績、信頼は人を惹き込む。


 彼は正に英雄なのだ。

 中央の行政府と軍にもファンが多い。


「いざという時は中央軍を率いて、行政府の意向を伝える伝達者となって下さい。貴方にはそれだけの影響力があります」

「必ずや貴女の期待に応えて見せましょう!」


 思った通り、カロール軍がグリムのザルタス工業都市到着と時期を同じくして動いた。



 実行役はギルバートだが、計画したのはフェルナンドでしょう。


 家督争いに眼を付ける姑息で陰湿な手口はさすがの抜け目なさだけれど、パルジャーノン家の旧当主陣に何の力も残っていないことは分かっている。

 ラオジールを当主にしたとき、当然謀反は想定済み。


 私なら、旧当主陣の誰かを殺させて、その罪でカロール軍に軍事介入させる。

 関わったグリムは何らかの形で技術を公開する必要に迫られる。


 けれど、フェルナンドは自分が裏で立ち回っているつもりでいる。


 私の存在を知らずに。


 用意した策を駆使し、グリムは上手く立ち回った。

 マクベスは技術を守り切った。

 フリードマンが間に合い、カロール軍を牽制。後は事後処理を間違えなければ問題はない。


 深夜、そこで通信が切れた。


 夜明けまで待ったけれどグリムからもフリードマンからも報告が無かった。



「マリアさん、機嫌悪いですねぇ。グリム君から連絡来ました?」

「まだです。ところでグウェンさん、不用品を片付けられないようですので、業者を呼びましたよ」

「ピギャー!! なんで急に!!」

「実費は給料から天引きしておきますので」

「ひぇー!! キャンセルしてください!! すぐ片付けますぅ!!」


 その後、連絡があったのは丸一日経ってからだった。

 テスタロッサに問い合わせをして全て知った後だ。



《マリアさん、おれです。貴女のフリードマンです》

「ご苦労様です。グリム支部長と代わって下さい」

《おれの勇姿、見て下さいました?》

「はい、かっこよかったですね。グリム支部長をお願いします。そこにいますよね?」



《マリアさん、ご心配をおかけしました》

「……」

《え? 怒ってます? あれ? ひょっとして聞こえてないのかな?》

「聞こえてます」

《ひゃああ、ごめんなさい!!》


 震える声で話すグリム。

 私はしばらく、ただ黙って言い訳を聞いていた。



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― 新着の感想 ―
マリアはずっと病気だったから皇女なのに自分に自信がないんだな。こんなにもモテモテなのに。
グウェンとグリムが同じ反応してるの、めっちゃ面白いです。 天才同士は似通うものなんですね。
マリア無双、いいね。 久々の連日更新ありがとうございます。 主展開後の別視点のながれ好きです。 フリードマン大佐に幸あれ。
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