74.終幕と報告
目が覚めていつもと違うことを思った。
「やべっ、マリアさんに報告してないよっ!!」
起きた時、すでに昼過ぎだった。
城館のふかふかベッドではなく、ギアの整備ドックで目覚めた。
事が収まり、カロール軍は領主ラオジールを支援するために駐屯。各地の防衛、治安維持の打ち合わせが行われることになった。
ただし、それを主導、監督する名目で中央軍が同席。カロール軍司令はとても気まずいことだろう。
『訓練』の体裁を保つ以上必要な措置だ。
旧当主陣営は西部属州にある、パルジャーノン家所有の植民市へと隔離されることに。名目は地方開拓特使。
開拓民として入植した下層民と現地民が争い、安全圏が確立されていない土地。実質流刑だ。
それでも温情ある措置だ。ギルバートを裏切って国内にいる方が危ないのだから。
それを受けて、カロール地方内の各都市を治める寄子の貴族たちとの会談を設けることになった。
今回の件を踏まえて、態度を決めあぐねていた者たちに忠誠を迫る。
特に、裏切り者を出したカプラン家を始めとする各家は、領内の組織改編で処分は免れないだろう、とのことだ。
夜の内にラオジールが方針を定め、猶予も無く行動に移した。
話がまとまったのは夜明け前だ。
おれはそのままギアの修繕費の見積もりをした。金を出すのはパルジャーノン家。
ただし、当然反乱に与した奴らの機体は自費となる。後で修繕費を請求するためだ。
「後れちゃったけど、事の顛末は報告しないと……」
固まった身体をほぐし、マリアさんへ報告しようと腰の通信機を手に取ったとき、おれを探しに来た情報部員が厄介ごとを告げた。
「マクベス三等機士が、中央軍に召集とのことです」
「ああ……え?」
◇
城館の広い居室にいたのは中央軍から派遣された士官。その部下。それにマクベス君とアイゼン侯だった。席に着く。
老齢な女性士官は柔和な顔でズバッと先制パンチしてきた。
「単刀直入に言いますね。マクベス三等機士は中央軍にいただきます」
「彼はルージュ皇女殿下の配下です」
「だから今話しているのよ」
コワっ。
「彼の戦いぶりを見ました。マーヴェリック少尉は『一等機士』扱いですが、実力は『機士正』です。その彼と渡り合った彼が『三等機士』で、地方行政の一技術官の護衛とはいただけませんね」
「そんな」
「そもそも、彼は技術官扱いで階級もない。兵士で無いにも関わず活動実績が護衛はおかしいでしょう。明らかに不正人事ですよ」
マクベス君は兵士ではないから、軍での階級を持たない。ギアに乗せるには文官扱いの技術官がギアを扱える特例を当てはめるしかなかった。
だから三等機士とはテストモニターとしてギアを扱う資格に過ぎない。だからこれより上にはいけない。
もちろん、問題にする人がいなければ問題にならない程度の話だが。
「この件を法務官が黙認している内に、移籍させて軍人として正当な評価を受けさせるべきしょう」
「それは良いのですか?」
「三等機士への命令権は機士統括庁長官であるルージュ殿下にありますが、技術官としての勤務地は中央に決定権があります。つまり、今は私ですね」
ルージュ殿下の持ち物に手を出すことは無いと高をくくっていた。
マクベス君の強さは、容認できないほどと判断されたわけだ。
人事権を行使されては、おれにはどうすることもできない。
彼らとしても、ここまで出張ってきた報酬が要るのだろう。マクベス君はこの地の平定を手伝う駄賃にされかけている。
「グリムよ、何を狼狽えている」
口火を切ったのはアイゼン侯だった。
「アイゼンフロスト閣下。この件に閣下が関わることはいささか領分を超えては居りませんか?」
「貴官としても、殿下と事を構えることは望むまい? 引退しても私は助言をする能ぐらいあると自負してここにいるのだが?」
うわっ、怖っ! 脅してるっ!
でも女性士官が顔をしかめた。効いてる、効いてる!
「失礼しました。では、ご意見を伺いましょう」
アイゼン侯は葉巻の煙を宙に薫らせた。
「中央の縦割りも困ったものだ。この者らが何をしているのか、知らぬわけではあるまい」
「それは、ダイダロス基幹の信号受信範囲を測定することと認識しております。その計画にマクベス三等機士が必ずしも必要とは思えません」
「クレードルの扱いは並の機士にはできん。だが、マクベスは理想的なサポート要員となる。この計画を無視して派兵など、マクマード中将はどう思うだろうな」
ああ、なるほど。
マクベス君をサポート要員として各地のダイダロス基幹導入機体にリンクさせれば、わざわざ派兵するより速いし、そういうテストモデルを作る機会は貴重だ。
計画の邪魔をする形になれば、主導しているマクマード中将はもちろん、計画を承認した宰相や軍総司令との折り合いを悪くするだろう。
無論、そういう方向へ議論を持って行ったらの話だ。
「分かりました。マクベス三等機士の力が発揮されるのでしたら、私共が口を出す理由はありませんね。しかし、不正人事の歪みはどうするおつもりですか?」
「副操舵階級の適用で解消されます」
答えたのは、部屋に入ってきたレイナさんだった。
「クレードルを扱うサポートに既存の機士階級制度は当てはまりません。よって副操舵を担う『従機士』制度がすでに議論されています」
へぇ、そうなんだ。
初めて聞いた。え、知らないのおれだけ? あ、ブラフか。
「退役軍人の再雇用、魔力適性のある文官も候補に挙がっており、技術官扱いのマクベスさんはその運用例となるでしょう」
「なるほど、筋は通っていますね」
大半が高等教育や軍事訓練を受けたが機士になれなかったものたちのセカンドチャンス。
すなわち、貴族だ。
『従機士』として立派な活動実績とそれに見合った階級を得られる。その計画に横やりを入れたらマズいね。
さすがレイナさん、お上手。
「では、彼がサポートでどれほどのことができるのか、確認させていただきますのでそのつもりで」
女性士官は笑っていたが、眼は笑っていなかった。
レイナさんの支援を受けて、一難は去った。
「助かりました。でもレイナさん、いいんですか?」
「家のことはいいんです。叔父は優秀ですから」
「え?」
てっきりレイナさんは、ここに残ると思っていた。
「私はあなたの顧問官ですから」
レイナさんが居てくれるのは心強い。
「あなたが居てくれると心強いです」
「はい」
ホッと一息。
みんなで昼食を食べる。
今回の件はマクベス君がいてこそだ。
その彼は機体を損傷させたことを謝ってきた。
いや、それはむしろおれの責任。
「直しましょう。その分、経費が安く済みます」
整備ドックに戻り機体の整備に取り掛かった。
「ふぅ、やっと中央軍とカロール軍から解放されたぜ。お、修理中ならついでにおれのも頼むぜ、坊主」
後からフリードマンも来て、『三式グロウ』の修理を頼まれた。
いつ壊れたんだ?
「いや、増幅基幹のリミッター外したからな」
「増幅基幹は消耗品じゃないんですが?」
「怒んなよ。できるようにしたのお前だろ」
「あれは生死にかかわる状況で魔力出力を無理やり上げるものです」
リミッター外しは基幹装置の周辺装置にもダメージが及ぶ。
ああ、こりゃ基幹部品全部交換だよ。
「修理費用はいいですけど部品費用はウェールランド基地に請求ですよ」
「なんでだよぉ!!」
こんなものまでパルジャーノン家に請求したら悪いでしょ。
「仕方ねぇか。ところでよ。おれの活躍、マリアさんなんか言ってなかったか?」
マリアさん?
「あっ……うわぁ!!」
「うるさいな、どうしたよ?」
冷や汗が噴き出した。
もう夜じゃん。
「た、大佐、報告してないの?」
「どうやって?」
『三式グロウ』は増幅信号装置まで壊れてる。
うん、無理でした。
「……レ、レイナさんは?」
「通信装置はグリムさんが……」
困った顔で掌を見せるレイナさん。
そうだね。
だっておれの腰に掛かってるし。
他の人……いや、みんなマリアさんをただの顧問官だと思っている。この報告忘れのヤバさを知る者はおれだけ。
「では、大佐。お願いしますー」
「い、いいのか? わかった!!」
通信装置を嬉々として受け取った。
すぐにしょんぼりしたフリードマンがおれに代われと言い、装置を返された。
「……ご心配をおかけしました」
《……》
「怒ってます?」
《……》
あれ、聞こえてないのか?
「あれ、もしかして聞こえないのかな?」
《聞こえてます》
敬語だ。怖いっ!
「ひゃあ、ごめんなさい!! 実はですね、無事万事事なきを―――」
《事の顛末は把握してます。お忙しい支部長からご報告を頂けなかったものですから。情報局に確認を取らせていただきました。それから―――》
丁寧な口調は一般市民で顧問官のマリアのものだが、通信越しでも伝わる圧は皇女のものだった。
おれはその場で正座して終始頭を下げながら謝罪し続けた。