73.水面下の殴り合い
技師として最高の瞬間とはいつか。
設計を構想しているとき?
機体をいじり回しているとき?
機体が完成したとき?
違う。
それよりも極上の悦び。
それは、機士が自分の想定以上に機体性能を引き出してくれたときだ。
列車の隅で紅茶を啜り、マーヴェリック&ギルバート対マクベスの試合を眺めていた。
『カスタムグロウ特式』が流れてこちらに迫った。
おれ以外は退避した。
「グリムさん!」
レイナさんが叫ぶ声ははるか遠く。意識の外。聞いてはいますよ。聞いては……
動くことはできず。意識はギアへ。
おれは見惚れていた。
マクベス君には壁が必要だった。
成長するための壁が。けれど、その壁を用意するのは至難。
そして十分すぎる壁として、マーヴェリック&ギルバートは活躍してくれた。
手始めに、『ヘカトンケイル』を右腕特殊兵装で殴り飛ばした。
その一瞬に、機士同士の高度な駆け引きが繰り広げられた。そんな気配だった。リズムが変わった感じだ。
「入った……!」
分析スキルを用いるまでも無く、マクベス君の動きの変化が分かった。
彼は『シナジーゾーン』に入った。
機士とギアが一体となり、機体限界を超える。性能を引き出す極限の集中状態。
マーヴェリックの『クイックターン』と渡り合い、関節可動域を完全手動で操作。ギアに不可能な体勢をとった。地面ギリギリに伏せた。装甲が削られて無かったためにできた姿勢だ。
そして、敵機を後方数メートル吹っ飛ばす『ホースキック』。
ギア廻しのセオリーに無い、まさしくマクベス君にしかできない動きが完成しつつあった。
『ニトロ』も『ムーブフィスト』も使わず二機に勝った。
『特式』のスペックは最大限発揮された。
おれはつかの間、現実から離れ妄想の世界に浸っていた。
マクベス君に早く専用機を造り使って欲しい。
世界平和という大義とはもはや関係のない、ただのエゴだった。
あの蹴りを何度も脳内で反芻していた。
おれを現実に引き戻したのは聞き慣れたギアの動作音。
「―――フリードマン大佐?」
現れた三式グロウが『ヘカトンケイル』と『カスタムグロウ』を吹き飛ばしていた。
◇
後始末はフリードマン率いる中央軍が引き継いだ。
カロール軍はフリードマンの言うことを素直に聞いた。
中央軍本部の指令だからなのか、『粉砕棒』の通り名がそこそこ有名だからなのかはわからない。
張り切ってカッコよく見えるのはたぶん、この模様をマリアさんも見ているからだろう。
カッコつけてる。
しかし、ギルバート軍は別だ。殺気立っていた。
皇子を吹っ飛ばされて黙っていられないのだろう。
にらみ合いや怒鳴り合いがギルバート軍と中央軍で始まり、すぐ通信が入った。
ギルバート軍が退いた。
「ヘイ、そこの寝間着のウェーリッシュ」
マーヴェリックに話しかけられた。
タバコを咥えて鬱陶しそうな前髪をかき上げる。売れないバンドマンみたいだ。
「お前に御用だとさ」
マーヴェリックは通信機をおれに寄こした。
《やぁ、聞こえるかな? グリム君》
ノイズ混じりでも聞き間違いようがない声だ。
「これはこれは、フェルナンド殿下」
意外なこと、ではない。
ギルバート軍を諫められるのはギルバート以外にこの男しかいない。参謀だからな。
《申し訳ないけれど、ギルバート兄上は少々熱くなりすぎるところがある。でも大丈夫。今後カロール地方に手は出さないよ》
「そうですか。何よりです」
どうせ、ギルバートを唆したのもこいつだ。
ギルバートにこういう意地の悪い策略を思いつく知略はないんだから。
第一、目的としてカロール地方の実権が欲しくてやったとも思えない。
「いい訓練になったので、結果的に良かったです」
《そのようだね。ところで、私が仕上げた『クラスター』はどうかな。君の言う『ロマン』?を真似てみたんだ》
ハンドマニュピレーターを武器にするという発想。
確かにおれの琴線に触れるカッコよさはあった。
フェルナンドはギアで、おれと会話を試みている。
「正直なところ、意外でした。指の一本ずつ特殊加工するのは手間がかかったのでは?」
《実験機、それもエース用の特別製だからこその加工だよ。量産機には採用できないだろうね。維持管理や資金の面でも》
「うーん……ぼくなら、さらに腕を伸ばしますけどね」
《また、君は……》
「マーヴェリック少尉の間合いは本来もっと広いのでは?」
傍にいるマーヴェリックに視線を移す。
彼は首を縦に振る。
「……やっぱ、入れ知恵したの君じゃ~ん。よくわかったな。スキルか?」
「見ればわかりますよ」
最初から知っている。
《確かに少尉の本来の兵装は腕部固定剣だ。しかし、その間合いに合わせて腕を伸ばすなんて、複雑過ぎる。故障が多発して却って危ない》
「そうですね。でもその方がカッコいいです」
「カッコいいって本気なの、コイツ?」
《機士の要望は大事だけど、今のままでも十分実用的だ》
だったら剣で良いって言うんだろ。
だから、おれたちは分かり合えないんだよ。
《君はこの旅で多くを学び成長したようだ。でも、得た技術はキチンと報告してくれなくては困るよ》
「公明正大に機体の運用をこうして明かしました」
《マークス・ハイホルン氏からFG鋼材の供給を。アイゼンフロスト辺境伯から『聖域』の物資提供を。その割に、同行している管理局の者からの報告が少ない気がするんだけどね》
やはりそうか。
フェルナンドはおれが何を隠しているのか、探りを入れるためにこんなことを。
だが、秘密は守られた。
「今回の訓練を成果として公開した結果、中央行政府と軍部でご不満があるというなら、謹んで弁明させていただきます」
《フフ……上手いね。目を逸らした》
「なんのことですか?」
みんな細々とした書類仕事より、現物の方が好きだ。
それに、今回課題を負ったのはこっちじゃなく『クラスター』と『ヘカトンケイル』だろう。
《でも、気をつけた方がいい。君の生み出す機体に興味を持つ人間は増えただろう。君がまだ何か隠していると勘付いた者は、聞き出そうとするはずさ。どんな手を使ってもね……》
「そうですか」
フェルナンドが、全容を知ることは無い。
全てを知るのは、決戦の日。
おれが結末を変えるその時だ。
通信を終えた。
「じゃあ、皇子殿が起きる前に退散する。前もイカれてたが、最近さらに荒れててね」
「そうですか」
「きっと、出来る妹が死んじまって、タガが外れてるんだろう。いずれ落ち着くさ」
それはないな。
すでに、長いこと精神汚染を受けているはずだ。
フェルナンドの命令を聞き入れやすくなるように。
「マーヴェリック少尉」
「あん?」
「一つお願いがあります。貴方の機体を見せて下さい」
「残念、ダメだね。おれは女と上官以外の頼みは聞かないの」
「では、移籍してみては? 東部方面軍とか。美人もいますよ」
「スカウト~? これでも、皇子殿に恩義があるんでね」
「借金なら立て替えますよ?」
「しつこいね。それだけじゃねぇっての」
やっぱダメか。
「……そうでしたね。では、北でのご活躍をお祈りしています」
欲張ってはいけない。
おれがここで対応策を講じても、事態は好転しない。それどころか、奴に知られてしまう。
ガーゴイルの素材を悪用した洗脳術におれが備えていることを。
マーヴェリック少尉と次に会えるかどうかは、神のみぞ知る。
ギルバート軍も撤退した。
全て丸く収まったはいいが、後味は決していいものでは無かった。