表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

102/159

73.水面下の殴り合い

 

 技師として最高の瞬間とはいつか。

 設計を構想しているとき?

 機体をいじり回しているとき?

 機体が完成したとき?


 違う。


 それよりも極上の悦び。

 それは、機士が自分の想定以上に機体性能を引き出してくれたときだ。


 列車の隅で紅茶を啜り、マーヴェリック&ギルバート対マクベスの試合を眺めていた。


『カスタムグロウ特式』が流れてこちらに迫った。

 おれ以外は退避した。



「グリムさん!」



 レイナさんが叫ぶ声ははるか遠く。意識の外。聞いてはいますよ。聞いては……

 動くことはできず。意識はギアへ。

 おれは見惚れていた。



 マクベス君には壁が必要だった。

 成長するための壁が。けれど、その壁を用意するのは至難。


 そして十分すぎる壁として、マーヴェリック&ギルバートは活躍してくれた。

 手始めに、『ヘカトンケイル』を右腕特殊兵装で殴り飛ばした。

 その一瞬に、機士同士の高度な駆け引きが繰り広げられた。そんな気配だった。リズムが変わった感じだ。


「入った……!」



 分析スキルを用いるまでも無く、マクベス君の動きの変化が分かった。



 彼は『シナジーゾーン』に入った。

 機士とギアが一体となり、機体限界を超える。性能を引き出す極限の集中状態。



 マーヴェリックの『クイックターン』と渡り合い、関節可動域を完全手動(マニュアル)で操作。ギアに不可能な体勢をとった。地面ギリギリに伏せた。装甲が削られて無かったためにできた姿勢だ。

 

 そして、敵機を後方数メートル吹っ飛ばす『ホースキック』。


 ギア廻しのセオリーに無い、まさしくマクベス君にしかできない動きが完成しつつあった。



『ニトロ』も『ムーブフィスト』も使わず二機に勝った。

『特式』のスペックは最大限発揮された。



 おれはつかの間、現実から離れ妄想の世界に浸っていた。

 マクベス君に早く専用機を造り使って欲しい。

 世界平和という大義とはもはや関係のない、ただのエゴだった。


 あの蹴りを何度も脳内で反芻していた。

  

 おれを現実に引き戻したのは聞き慣れたギアの動作音。


「―――フリードマン大佐?」


 現れた三式グロウが『ヘカトンケイル』と『カスタムグロウ』を吹き飛ばしていた。

 


 ◇


 後始末はフリードマン率いる中央軍が引き継いだ。

 カロール軍はフリードマンの言うことを素直に聞いた。

 中央軍本部の指令だからなのか、『粉砕棒』の通り名がそこそこ有名だからなのかはわからない。


 張り切ってカッコよく見えるのはたぶん、この模様をマリアさんも見ているからだろう。

 カッコつけてる。


 しかし、ギルバート軍は別だ。殺気立っていた。

 皇子を吹っ飛ばされて黙っていられないのだろう。


 にらみ合いや怒鳴り合いがギルバート軍と中央軍で始まり、すぐ通信が入った。

 ギルバート軍が退いた。



「ヘイ、そこの寝間着のウェーリッシュ」



 マーヴェリックに話しかけられた。

 タバコを咥えて鬱陶しそうな前髪をかき上げる。売れないバンドマンみたいだ。


「お前に御用だとさ」



 マーヴェリックは通信機をおれに寄こした。


《やぁ、聞こえるかな? グリム君》


 ノイズ混じりでも聞き間違いようがない声だ。


「これはこれは、フェルナンド殿下」



 意外なこと、ではない。

 ギルバート軍を諫められるのはギルバート以外にこの男しかいない。参謀だからな。



《申し訳ないけれど、ギルバート兄上は少々熱くなりすぎるところがある。でも大丈夫。今後カロール地方に手は出さないよ》

「そうですか。何よりです」



 どうせ、ギルバートを唆したのもこいつだ。

 ギルバートにこういう意地の悪い策略を思いつく知略はないんだから。

 

 第一、目的としてカロール地方の実権が欲しくてやったとも思えない。



「いい訓練になったので、結果的に良かったです」

《そのようだね。ところで、私が仕上げた『クラスター』はどうかな。君の言う『ロマン』?を真似てみたんだ》



 ハンドマニュピレーターを武器にするという発想。

 確かにおれの琴線に触れるカッコよさはあった。

 フェルナンドはギアで、おれと会話を試みている。



「正直なところ、意外でした。指の一本ずつ特殊加工するのは手間がかかったのでは?」

《実験機、それもエース用の特別製だからこその加工だよ。量産機には採用できないだろうね。維持管理や資金の面でも》

「うーん……ぼくなら、さらに腕を伸ばしますけどね」

《また、君は……》

「マーヴェリック少尉の間合いは本来もっと広いのでは?」


 傍にいるマーヴェリックに視線を移す。

 彼は首を縦に振る。


「……やっぱ、入れ知恵したの君じゃ~ん。よくわかったな。スキルか?」

「見ればわかりますよ」


 最初から知っている。


《確かに少尉の本来の兵装は腕部固定剣だ。しかし、その間合いに合わせて腕を伸ばすなんて、複雑過ぎる。故障が多発して却って危ない》

「そうですね。でもその方がカッコいいです」

「カッコいいって本気なの、コイツ?」

《機士の要望は大事だけど、今のままでも十分実用的だ》


 だったら剣で良いって言うんだろ。

 だから、おれたちは分かり合えないんだよ。



《君はこの旅で多くを学び成長したようだ。でも、得た技術はキチンと報告してくれなくては困るよ》

「公明正大に機体の運用をこうして明かしました」

《マークス・ハイホルン氏からFG鋼材の供給を。アイゼンフロスト辺境伯から『聖域』の物資提供を。その割に、同行している管理局の者からの報告が少ない気がするんだけどね》



 やはりそうか。

 フェルナンドはおれが何を隠しているのか、探りを入れるためにこんなことを。


 だが、秘密は守られた。



「今回の訓練を成果として公開した結果、中央行政府と軍部でご不満があるというなら、謹んで弁明させていただきます」

《フフ……上手いね。目を逸らした》

「なんのことですか?」



 みんな細々とした書類仕事より、現物の方が好きだ。

 それに、今回課題を負ったのはこっちじゃなく『クラスター』と『ヘカトンケイル』だろう。

 


《でも、気をつけた方がいい。君の生み出す機体に興味を持つ人間は増えただろう。君がまだ何か隠していると勘付いた者は、聞き出そうとするはずさ。どんな手を使ってもね……》

「そうですか」



 フェルナンドが、全容を知ることは無い。

 全てを知るのは、決戦の日。

 おれが結末を変えるその時だ。



 通信を終えた。


「じゃあ、皇子殿が起きる前に退散する。前もイカれてたが、最近さらに荒れててね」

「そうですか」

「きっと、出来る妹が死んじまって、タガが外れてるんだろう。いずれ落ち着くさ」



 それはないな。

 すでに、長いこと精神汚染を受けているはずだ。

 フェルナンドの命令を聞き入れやすくなるように。




「マーヴェリック少尉」

「あん?」

「一つお願いがあります。貴方の機体を見せて下さい」

「残念、ダメだね。おれは女と上官以外の頼みは聞かないの」

「では、移籍してみては? 東部方面軍とか。美人もいますよ」

「スカウト~? これでも、皇子殿に恩義があるんでね」

「借金なら立て替えますよ?」

「しつこいね。それだけじゃねぇっての」


 やっぱダメか。


「……そうでしたね。では、北でのご活躍をお祈りしています」


 欲張ってはいけない。

 おれがここで対応策を講じても、事態は好転しない。それどころか、奴に知られてしまう。


 ガーゴイルの素材を悪用した洗脳術におれが備えていることを。


 マーヴェリック少尉と次に会えるかどうかは、神のみぞ知る。


 ギルバート軍も撤退した。

 全て丸く収まったはいいが、後味は決していいものでは無かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
***書籍発売のお知らせ***
小夜中のデビュー作となります!

『ギア×マジックの世界でエンジニアとして生きていく~転生者は悪役皇女を救いたい~』
[KADOKAWA エンターブレイン様より6月30日発売!!]
i976139
↑画像をクリックしたらAmazonの予約ページにとびます

パワードスーツタグなろう史上最高ポイント作品!!
ヤナギリュータ様の細部にこだわりぬいたメカデザインは必見です!!
随時情報はXにて更新中!
― 新着の感想 ―
兄すら洗脳するとかフェルナンドゴミクズ〜!
最っ高!!! 生意気な言い方をさせていただければ、あのナイツマに勝るとも劣らない面白さと魅力が当作品には備わっています!(断言 文字媒体でヒットさせるのは難しいとさせるメカ・ロボものですが、これは惹き…
わざとガーゴイルの部品使って精神汚染までしてたのか。 元から脳筋だったのに、汚染でフェルナンドに従いやすくかつ我慢まで効かなくなったのかなギルバート。 どっちにしても捨て駒にしかやらない処置だな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ