72.5 マーヴェリック
おれには三つの悪い癖がある。
一つはムカつくやろうを見ると殴っちまう。
殴りたくなる~で止めときゃいいのに、だってもう殴ってるんだもんよ。
それが、親兄弟でも上官でも止められねぇ。
おかげで、昇進してもすぐ降格する。
二つ目は良い女を見るとつい口説いちまう。
衝動的に動いちまう。女の気を引くためならガキみてぇな馬鹿もやっちまう。もう28だけどな。
そんで、上官の娘を口説いてまた降格だ。よくクビになってねぇよ。おれはツイている。
三つ目。
いや、こいつは悪いって程のクセじゃねぇか。
『弱点看破』
生まれ持った分析スキルのせいで、おれは戦いを楽しめねぇ。
この仕事は退屈でしょうがねぇのよ。
だから滅多なことがない限り『弱点看破』は使わないようにしている。
そしたら別のスキルが手に入った。
『全体把握』
視野が広がる。
この状況におけるリスク、脅威を網羅する。
ギアの視野角に関係なく、前後左右に至るまで、何となく誰が何をしているのかわかる。
列車内。ギアの気配なし。
列車前。ガキがブリトー食ってやがる。
広場奥。一撃で倒された機体7。お見事~!
広場中央。皇子殿。機体性能に護られたな。
広場中央。スタキア人。あれ本当にグロウ系か?
広場左。隊長機。気絶から今起きたな。寝てろ雑魚。
建物の上。狙撃手無し。
背後。くそったれ共。観戦してねぇで仕事しろよ。
―――あ?
ガキがブリトー食ってやがる!?
おいおい、何時だと思ってんだ?
おれにもくれよ。
正面。敵機一。
「あなた、止まりなさい」
盾持ちの、白い金縁『オーバーグロウ』から女の声がした。
ああ、こりゃいい女だ、間違いない。残念。
「二対一など尋常な訓練ではないわ」
でも、皇子殿に呼ばれてる。
イカれた上官だが、おれを使ってくれる。借金の肩代わりをしてくれたし、お袋にいい医者を紹介してくれた。兄貴との仲も仲裁してくれた。女の取り合いと酔った勢いで何度か殴り合ったが、見限らないでいてくれる。
正直、これが何なのか意味不明だが、とりあえず出て行かないわけにはいくめぇよ。
「ならお姐さん、これで2-2じゃねぇの?」
こちらは新型『クラスター』実験機。
参謀殿がおれ用に用意してくれた。
相手は盾を構える『オーバーグロウ』、貴族仕様か。
「ユリア、手を出すでない!!」
小さい爺さんが叫ぶ。
ああ、なるほど。ありゃお偉いな。その護衛ってとこか。
残念。ユリアちゃん。
護衛ってのは、勝負には弱いんだよ。
「ぐっ!」
「悪いね、お姐さん弱くは無いんだけどね~」
おれは『オーバーグロウ』を優しく退場させた。
デカい盾を持って、機動性を失った機体は良い的だ。
腰の動作機関をちょいと手で貫いた。
同僚たちのがなり声が聞こえる。
「落ち込まないで~。こっちは最新機だからね」
おれに惚れちまって声も出ないか?
いや、口説くのは後々。
機体は上々。
グロウ系より、ずっと思い通り動く。
この武装、『クロウハンド』と言ったか。
特殊対装甲剣と同じ加工を施した『FG鋼材』で造った手。ガーゴイルの装甲も素手で貫ける。
兵装要らず。
おれ向きじゃないか~。
さーて、準備運動も終わった。
皇子殿の弔い合戦だ。
死んでねぇけど。
「マーヴェリック少尉、さっさとしなさい!」
「ウーイ」
大人しく、負けておけばいいのによ。
まぁ、おれでも反抗するけどな。
『クラスター』で急加速し、スタキア人の間合いに入る。
兵装が無い分、脚部をガチガチに改造して、敏捷性に特化させた。
「お?」
おれの動きに合わせて、スタキア人がパンチで応戦してきた。
思わず『クイックターン』で回避して、側面から腰の動力部を狙う。
「うぉ?」
『スピン』で回避して裏拳してきた。
のけ反って回避。
重い腕に振り回されて機体が流れた。
今度こそ―――
突きが蹴りで弾かれた。
おれの突きに蹴りを合わせられた。器用だな。
こいつ、もしかしておれの動きを知っている?
スタキア人機のサイドキック。側面へ『クイックターン』で躱す。
すでに次の蹴りが来ている。『ジャンプ機構』を蹴りに応用する奴はいるがここまで上手い奴は初めて見た。
スウェーバックで空振りさせた。
蹴りの後の着地を狙い、急加速。
今度こそ決まった。
「なに!?」
確実なタイミングでの突きを掴まれちまった。
どんな反応速度だよ。
反撃のフックをかろうじてガードする。
「ウゥ~、やるな!」
こいつ、右腕だけ『ヘカトンケイル』と同系統か。
重い。いや、間近で見ると、妙な構造だな。特殊兵装か?
なるほどな。
ジャンプ機構を利用した素早い蹴り。
このアンバランスな機体を操るテクニック。
おれの突きを受け止める反応速度。
この次世代機『クラスター』と互角のスペック。
手加減してる場合じゃないわけか。
「よぉ、スタキアの兄さん。装甲だけ旧型なんてだまし討ちか~?」
「ただの特別製だ。けど、機体性能で負けることは恥ずかしくないんだろ?」
「言うねぇ~。それはそうと、あんた、おれのこと知ってる?」
「さぁね」
横入りしてきた『ヘカトンケイル』。
おれたちは距離を取って回避する。
「マーヴェリック少尉。お遊びは止めましょうよ。北部のエースだぞ!! 君は!!」
「機体を慣らしてたんですって。皇子殿もそろそろいい感じでしょ?」
「そうですね。行きますよ!!!」
二機同時で攻める。
だが、捉えられない。
感応が早い。これは機士のスキルか何かか?
おれが超絶技巧を使っているのに対し、コイツは基本動作だけで対応してる。
さっきの皇子殿へのカウンターも完璧すぎた。
理由は察しがつく。
コイツはおれたちの動きを熟知している。
先読みしているから、基本動作だけで対応できているって感じだ。
なら対策は可能だな。
攻撃がかすり始めた。
やっぱりだ。
おれは『クイックターン』で、助走無しの側面移動が得意。そろそろ『スーパーマックス・マーヴェリックターン』とか呼んで欲しい。
そこから攻撃をつなげるのがセオリー。『スーパーマックス・マーヴェリックタイム』だ。
だが、アタッカーがいるなら、おれが攻撃する必要はない。
『クイックターン』で翻弄し、その隙に皇子殿が攻撃を加える。
皇子殿も『ヘカトンケイル』を使いこなし始めている。
口数が減った。集中している証拠だ。やればできるんだよ、この人。
スタキア人は外装を犠牲にして逃れているが、タネがわかればどうということはないね~。
そりゃそうだ。
どんな魔法を使ったのか知らないが、コイツはおれたちの動きをある程度予測して動いている。確かに強い。だが、それはギアとしてだ。
おれはお前より強い相手と戦った経験があるのさ。
ガーゴイルのレア。さらにその先の変異種。
巨大化ではなく、無駄を省いた小型化を果たし、二足歩行の『紐付き』だった。
奴に敗けて以来、毎晩夢に見る。なにも通用しない無力感。
そんな経験はないだろう。
そして、おそらく、お前は戦いの経験が浅い。動き出しのタイミングが動力シフトの音でバレバレなのよ。
通常の動作機関の音と重ねるテクニックを使わない。
兵学校出たてのレースしかしてこなかった野郎に多い癖だ。
だが、こっちのシフトの音にはしっかり反応している。ガーゴイルとの戦闘経験はあるってことだな。感覚的に覚える天才型には盲点だろう。
『弱点看破』で明確だ。
コイツは音のフェイントに簡単にひっかかる。
動きに隙が見えてきた。
そろそろ詰みだね~。残念。
コイツの歪な戦い方、まだとっておきを隠しているんだろうよ。
参謀殿はそれを知りたいんだろう。こんな回りくどい真似までして。
使わないと、負けちまうよね~?
それにしても『全体把握』のせいで気になるじゃない?
あのブリトー食ってるガキ。
今は優雅に紅茶タイムだと~?
他の連中が一喜一憂しているなか、あいつだけ余裕じゃない。
ムカついてきたぜ。
ちょっと脅かしてやるか。
「訓練に事故はつきものだよな~っと」
スタキア人の機体を追い詰め、誘導する。
さぁ、どうする? 逃げろ逃げろ。
『ヘカトンケイル』のタックルを受け後退した。
その先は列車だ。
他の連中は退避した。だが、あのガキは動かねぇ。
「ちょ、待て。死ぬぞ!」
ガキを真後ろにした状態で動けない機体へ、皇子殿は容赦なくトドメの『ヒートネイル』を放つ。護りに入った機体は狙い放題だ。
「隠してる兵装を使え! ガキが死ぬぞ!」
だが、明かしたのは兵装じゃなかった。
真後ろに吹っ飛んだのは『ヘカトンケイル』。
オーバーハンドライト。
巨腕を振りかぶった大技を、完璧に決めた。
その慣性のまま『スピン』で加速した蹴りがこちらに飛んできた。
おれはかろうじて躱したが―――
いや、躱し切れてねぇ……残念。
左肩の動力部分を根こそぎ持って行かれてんじゃん。
さっきまで引っかかっていた音フェイントに掛からない。
いや、奴は今、逆に音で皇子殿を引っかけた?
『弱点看破』
奴の弱点が、後ろのガキになった途端、音への反応という弱点が消えた?
『クイックターン』で側面へ移動する。だが、奴も『クイックターン』を使う。
おれと同じ動きだと?
突きが空を斬る。
回避行動が先ほどまでとまるで違う。
目の前から消えた。
『全体把握』で分かっている。下だ。
潜り込まれた。どうやった? 関節可動域の制御を切って四つん這いになっている? まるで、ガーゴイルじゃねぇの。
「ぐぉぉ!!?」
伏せた態勢からの背面蹴り『ホースキック』。
「うぐぅぅっ!」
機体が数秒、宙を彷徨う。何とか後方へ着地した。
右腕でガードしたが、もう使い物にならないな。
かろうじて姿勢を制御する。
「ゴホッ……! こりゃ、恐れ入ったぜ……」
コイツは、経験不足なんてもんじゃなかった。
ただの、発展途上。
本当に、おれと皇子殿はコイツに訓練を付けちまったわけね。
「引き分けだな、スタキアの兄さん」
反応がない。まだやれるっての?
腕は『ヘカトンケイル』の装甲を殴ってボロボロ。
関節可動域をマニュアル制御して、蹴りを放った。
想定外の圧力で脚はもうガタガタじゃねーの?
「マクベス君。十分ですよ。それ以上は機体がバラバラになる」
はぁ、あのガキ。エンジニアだったか。
まさか、この『カスタムグロウ』はコイツが?
参謀殿が気にしているのって……
―――『全体把握』に反応。
「うおぉ!! おれはまだ負けてないんだ!!」
気絶してた奴!?
「引き分けなどくそくらえ!!」
おい、皇子殿も!?
錯乱した奴は状況分かってねぇ。たぶん記憶トンでパニック起こしてやがる。
誰か止めろよ! 皇子殿下は……あっ!?
氷魔法でスタキア人を凍てつかせた。
殺す気だ。
「いや、マズいんじゃない、それは……!?」
本部に見られてるんじゃねぇの?
勝負で遠距離魔法は、洒落にならねぇぞ。
とはいえ、おれもスタキア人も動けねぇ。
「カロール兵! 皇子殿を―――あ?」
―――『全体把握』にまた反応あり。
何だこの駆動音は?
カロールの機体じゃねぇ。
列車を飛び越えて、現れた量産機の『グロウ』が、瞬く間に二機を吹っ飛ばした。
高機動からの急速転回『アクセルターン』に、重量級ハルバートの流れるような一撃。
場はこの不明機を前に、混乱するどころか、沈黙しちまった。
いや、そうさせた。
機士なら、わかっちまう。こいつはすげぇ。
有名人じゃねぇか。
錯乱した野郎の『カスタムグロウ』はともかく、重量級の次世代機『ヘカトンケイル』を量産機で吹っ飛ばせる奴なんて、一人しかいねぇ。
「本部の指令により、介入した。訓練は終了だ」
こいつが噂の『スレッシャー』フリードマン大佐ね。
気絶した皇子殿はいうまでもなく、カロール軍にも異を唱える奴はいなかった。