72.訓練に事故はつきもの
臨時訓練言い訳作戦を敢行したおれを列車から降り立ち、包囲するカロール軍。
「わー!」
おれは急いで列車内に引き返す。
怖かった。
「出まかせを言うな」
仰々しい甲高い声のカロール軍司令は、おれたちを反乱勢と決めつけた。
しかし、代わってラオジール公が表に出て改めて、告げる。
「これは訓練だ」
それでもラオジール公の言葉を信じない軍司令。
「白々しい嘘を吐くな! パルジャーノン家当主殿を襲っていたのだろう!」
しかし、肝心のレイナパパの証言が決定打になった。
「あ、いや……訓練だ」
「はぁ?」
『このまま茶番を続けて金の流れでも調べられたら、ギルバートは口封じにあなたを殺しますし、「訓練」というのはみんなにとって都合が良い』
的なことを通信で伝えたら、あっさりとはしごを外した。
ギルバートとしてはクーデター失敗は織り込み済みだったのだろう。
でもね、戦いの模様は中継されてるんです。
映像はダイダロス基幹で送信し、皇室法務局を介して軍本部へ流れている。
レイナパパもそれを知って、自分に何が都合が良いか判断したわけで……
「おのれ、ここまで来て……」
ぶち切れカロール軍司令。
パルジャーノン家の汚名がこれ以上広がるのは良くないし。
しかし、これですんなり話は終わらなかった。
『ヘカトンケイル』から声がした。
「なるほど、訓練でしたか。そうですか……いや、これは早合点でしたなぁ!」
胸部ハッチから姿を現した黒髪で髭の濃い男に、カロール兵が膝を突く。
軍司令が声を裏返しながら、叫ぶ。
「貴様ら、頭が高いであろう! この御方を誰と心得る!? 北部方面軍総帥にして、第一皇子で在らせられるギルバート殿下であるぞ!」
皆一応外に出て膝を突く。
列車内、おれはブリトーをかじる。
「グ、グリムさん……!」
「はいはい」
遅れて表に出る。
レイナさんの膝が泥で汚れないよう、ハンカチを敷いてあげる。
「お止しなさい、私が偉ぶっているようではないですか」
ギルバートが手を挙げる。
おれのハンカチ。汚れただけ。
「しかし、訓練とは殊勝な心掛けではありませんか」
「よろしいのですか、殿下?」
「まぁ、無駄足ではないでしょう。こうして、相まみえたのも何かの縁だ。私も訓練に参加させていただこうではないか」
目が血走っている。
「それとも、私が参加してはお邪魔かな、ラオジール公、パルジャーノン家のご当主殿?」
「いえ、決してそのような……」
口は歯を全部見せて笑っている形だが、完全にぶち切れモードだ。
もう少しで目玉飛び出るんじゃないか?
血管ぶち切れちゃうんじゃないか?
「そこの君、相手を務めたまえ」
「貴様っ、名を名乗れ!! 殿下自らお相手して下さるなど、これ以上ない栄誉であるぞ!!」
「マ、マクベスです。光栄です」
ハッチを開く。
マクベス君の銀色の眼を見て、司令官が顔をしかめる。
「殿下、あれはスタキア人ですが……」
「ハハハ、構いませんよ。では、スタキアのマクベス。これは訓練だ。さぁ、かかって来なさい。遠慮はいらないよ」
やはりこうなったか。
ギルバートはマクベス君を知っている。
力づくで手駒にする気だ。
しかし、そう上手くいくかな?
マクベス君の『特式』が接近する。
「気を付けろよ? 訓練に事故はつきものだぞ!」
『ヘカトンケイル』の腕部兵装『ヒートネイル』が熱を帯び、赤く光りはじめた。
巨体に似合わぬ高機動で『特式』へと襲い掛かる。
『特式』が避けて蹴りを放つ。
「お……」
グロウの蹴りではびくともしない。
「貴様っ殿下を足蹴にするとは! 身の程を知らぬのか、蛮人が!!」
おいおい。蹴るなってこと?
「止しなさい。遠慮はいりませんといったはず。こちらも全力でやらせてもらう!!」
みんなが不安そうに手に汗握る。
さすが、『サイクロプス』のたどたどしさは完全に消え、スムーズな動きだ。
短期決戦のクロスコンバットで、これほど強力なギアはあるまい。しかも『ダイダロス基幹』を搭載して燃費の問題も解決している。
誰だよ、あの欠陥品をここまで実戦的に仕上げたのは?
おれでした。
腕をアップライトに構えて、防戦一方の『特式』
「グリムよ、この作戦はここまで順調だった。上手くいったかもしれぬ。お前があのギアを仕上げていなければな」
アイゼン侯もさすがに今回は分が悪いと思っているようだ。
「大丈夫ですって」
「震えてるぞ」
マークスがおれの脚へ視線を移す。
いや、震えているのは興奮しているからだ。
ギアのバトルを見ている。それだけ。
心配はしてない。
「その大丈夫の根拠はなんじゃ? いい加減話さんかい」
カール王にせっつかれる。
そう言われてもな……
歴然としてるとしか……
指で輪をつくって覗き込む。
■状態検知
・機乗力【近距離:9/15 遠距離:12/15】
・魔力量【B】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体強化スキル】
・覚 醒【7/12】
ギルバートは確かに一流の機士だ。
機乗力が遠・近どちらも高い。
■状態検知
・適合率 66%
・出 力 S【1600/2500馬力】
・速 度 A【時速0-90km】
・耐 久 S【2770/2800HP】
・感 応 B【0.18秒】
・稼 働 D【15分】
加えて機体を60%以上使いこなしている。
まだひと月も経っていないというのに、驚異的だ。
だが、マクベス君には及ばない。
■状態検知
・機乗力【近距離:18/45 遠距離:12/25】
・魔力量【S】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体強化スキル】【感覚強化スキル】
・覚 醒【7/20】
■状態検知
・適合率 96%
・出 力 A【400/1900馬力】
・速 度 A【時速0-95km】
・耐 久 B【1780/1800HP】
・感 応 S【0.10秒】
・稼 働 S【190分】
マクベス君は今、出力を2割に抑えている。ちゃんと攻撃を避けているからダメージもほぼない。
半端な攻撃では『ヘカトンケイル』の重装甲を抜けない。
「そろそろギルバート機が大振りになりますよ」
「なに?」
攻撃に偏るギルバートは大技の時はステップインして貯め技を放つ癖がある。というかテレフォンパンチが混ざる大穴がある。ゲームでギルバートを使う時は他の盾キャラに動きを止めさせて、後ろから一掃するというパターンがセオリーだった。
単機、しかも正面からでは当たらない。
そればかりか―――
「―――っ、今だ!!」
ステップインから大振り。
『ヒートネイル』のフィンガークロー。
そのタイミングに合わせた、鮮やかなシフトチェンジ。
ギアを上げて、加速し、腕部兵装を用いたヘビーパンチのカウンターが、フィンガークローを掻い潜り、黒いボディに突き刺さった。
「完璧だ」
『ヘカトンケイル』が膝を突いた。
ダウンだ。
「ふぅーおいおい、訓練といっただろう? なぁ、おい」
訓練に事故はつきものと言ったのはそっち。
「……調子に乗るなよ、このクソ虫がぁ!!!」
拡声器から、別人のような怒号を響く。
これが本性。
「ぶち殺せ、マーヴェリック!!」
「ウーイ」
激高したギルバートが、ついにあの男を呼んだ。