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THE SEA  作者: 狩夜
4/10

 「おい、片桐、西澤! 大丈夫か!」

 インカムから物凄い音が響いた瞬間、小柴弘則は、椅子を蹴倒して立ち上がっていた。

 いつまで経っても、返事は聞こえてこない。

 「渡辺! 片桐班の潜水艦は今どこだ! どこにいる!」

 焦りながら隣にいたもう一人の教官、渡辺綾に怒鳴った。

 「海深百五十メートルです!」

 こちらも怒鳴りながら答える。

 ちくしょう……!

 小柴は唇を噛み締めた。

 司令室のモニターにはさっき海深七十メートルの所まで来ているのが確認されていた。被弾したのは明らかである。

 潜水艦のボディなら何とか海面までは浮上できる。しかし、これがコクピットやエンジン部だと、海面まで浮かび上がってくるどころか、逆に海の藻屑となってしまう可能性がある。

 そうはさせるかよ!

 「海洋警察隊に連絡して捜索船を出してもらえ!」

 「分かりました!」

 弾かれたように司令室を飛び出していく渡辺を横目で追って、

 「くそっ……!」

 小柴は机に手をついてうなだれた。

 もっと早く気づいていれば……

 ドン!

 拳で机を叩く。

 それでも苛立ちはおさまらない。

 「無事でいてくれよ……」

 今の小柴には祈ることしかできない。それが悔しく、そして歯がゆかった。

 と、

 「ん……」

 その時、小柴の目が何かを捉えた。

 モニターに映る片桐班の潜水艦の座標の近くに、何かがある。

 それを確認して、小柴はあっと声を上げた。

 ベースキャンプだ。燃料補給のためのベースキャンプがあったのだ。

 現在は使われていないが、一年前までは燃料補給のため、多くの潜水艦がここを訪れていた。

 ここなら、食糧もある。そして何より、潜水艦修理用の一人乗りの潜水艦も備えられていたはずだ。

 「ここなら……!」

 小柴は目を輝かせた。ここなら二人を助けられるかもしれない。

 「よし!」

 こうしてはいられない。

 小柴は手元の端末を使って手当たり次第にアクセスを始めた。

 その結果――

 少なくとも三日はそこで過ごせるだけの物資があることが分かった。

 これなら――いける!

 届けよ……

 「片桐、西澤、聞こえるか?」

 小柴は祈るような気持ちでインカムを取り上げた。

 果たして、

 『こちら片桐班。一応無事です』

 インカムからは片桐の声が聞こえてきた。


 『片桐、西澤、聞こえるか?』

 麻奈の脈を調べながら、刻也はその声を聞いた。

 「片桐班、一応無事です」

 その声――小柴の声に答えると、向こうはほっとしたような声で尋ねた。

 『エンジンは生きてるか?』

 「それはまだ……」

 刻也は言葉を濁した。

 確認はしていないが、何となくダメなような気がしていた。

 もし生きていたら、フルバーストで海面近くまでは上がっているはずである。

 『そうか……もし生きてるんだったらベースキャンプが南東に百メートルほど行った所にある。そこで待機だ。もしダメだったら、そのまま待機。分かったな』

 「はい」

 通信が切れる。

 「んじゃ聞いてみるか……」

 潜水艦の運転免許は刻也も持ってはいるが、ここはベテランに任せた方がいいだろう。

 そう考えて、刻也は未だ椅子の上で気を失っている麻奈を起こしにかかった。


 「百メートルぐらいなら……」

 モニターですべてチェックした後、渋い顔で麻奈は言った。

 「一応、動くには動くんだな?」

 「そう。けど、梶をとるプロペラがやられてるから燃料が足りるかどうか……」

 燃料は既に二十パーセントを下回っている。

 通常ならこの状態でも百メートルは楽に動かせる。ただ、推進部のプロペラが損傷しているため、潜水艦が動くかさえも微妙な所である。

 「動かしてみる……?」

 心配そうな顔で、麻奈が問う。

 「………………」

 刻也には答えられなかった。

 エンジンを動かして余計危険な状態にしてしまうか。それとも、無事にベースキャンプまでたどり着くか。

 彼の頭の中ではそんな二つの思いがせめぎ合っていた。

 エンジンを動かして、潜水艦自体がバラバラになってしまう可能性は十分すぎるほどある。

 ただ、当然のことだが、ここにいるよりは、ベースキャンプにいた方が生き残る確率は高くなる。

 そうこうしている内に時間は過ぎていく。

 そんな中、麻奈が口を開いた。

 「やってみよう……」

 「え……」

 刻也は何を言われたのかさっぱり理解できなかった。

 真剣な顔で、麻奈は刻也の瞳を見つめていた。

 「やってみよう」

 今度ははっきりと、麻奈は自分に言い聞かせるかのように言った。

 「けど……」

 「やろうよ。やるだけのことはやってみようよ」

 「じ……」

 冗談だろ?

 そう聞こうとして、刻也は麻奈の瞳の中で彼女なりの葛藤が蠢いているのに気がついた。

 「……」

 何も言えなくなった。

 いや、それどころか、

 「……分かった。やろう」

 頷いてさえいた。

 麻奈は驚いた顔をした後、

 「……うん!」

 満面の笑みで頷いた。

 「じゃあ、行くよ。刻也、席について」

 「おう」

 「それじゃ、行くわよ!」

 麻奈は潜水艦のエンジンをかけた。

 ゆっくりとだが、潜水艦は進み出した。

 希望をのせて。

 ただ、二人は知らない。

 本当に大変なのはこれからだということを―――



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