ナイトメアコミュニティ
何回目かのアラームで目が覚めた。
カーテンの隙間から陽射しがさしこんでくる。
今日も青空、最後に雨が降ったのはいつのことだっただろう。
寝起きは良い方ではないと自分では思う。
しばらくベッドの上で半身を起こし、寝乱れた髪をかく。
少し頭がすっきりしたところで、軽く背伸びをして部屋を出る。
階段をおりてキッチンへと直行し、冷蔵庫の中に冷やしてあった水を一気に飲み干した。
卵とハムを発見、今日はハムエッグとトーストにしよう。
本当はご飯と卵焼きの方が好きだけど保存のきくお米は大切だし・・・
ちゃんと毎日食べられることが幸せで贅沢はいっちゃいけないんだ。
学生服に着替えて、家の外に出て、ほとんど人通りのない道路を自転車で30分かけて学校へと向かう。
「おはよう、サイコ。」
振り向くと、カナが駆け寄ってきていた。
彼女とは違うグループで話すことなんかなかったのに今では昔からの親友のように話している。
彼女も、私も誰かと繋がっていないと不安なのだ。
5クラスあった私たちの学年も今は1クラスだけ・・・・、それでもたった10人。
先生も不足していて、国語の先生が数学を教えたりしている。
自習が多いけど贅沢は言えない。
勉強をできているだけ・・・、みんなと今日も会えるだけ幸せなんだと思う。
人間って勝手なものだ。
退屈な生活が続いた時は、こんな世界なんかいらないと思っていたのに。
たぶん半年前、正確な時期はわからない。
その日は寒くてなかなか布団から出る気になれなかった。
カーテンを少し開けて窓の外から空を見上げると灰色の雲が重く立ち込めている。
ガウンを羽織り、パジャマのままリビングに入ると、パパはテーブルに座ってタブレットを見ながらぶつぶつ言っていた。
「どうも変だ。通常の反応じゃない・・・、できないのか・・・・・。」
ウイルスの話?・・・・、嫌だな。
過去のパンデミックの嫌な思い出がよみがえる。
「早く食べないと仕事に遅れますよ。」
キッチンの方からママの声が聞こえる。
「ああ、そうだな・・・・。でもなあ・・・。」
パパはぶつぶつといいながら箸をとった。
「ママ、私の分の朝ごはんは?」
「自分でパンを焼いて食べてね。今スクラっブルエッグを作っているから。」
その瞬間、世界がブラックアウトしたような気がした。
一瞬のことだったのか、長い時間だったのかわからないけど、意識が戻ってくると静寂が家の中を支配していた。
「え・・・・?なに??」
と、思わず声が漏れた。
目の前にいたパパの姿が忽然と消えている。
私は呆然となり、掠れる声でキッチンのママを呼ぶ。
「ママ・・・、パパが・・・。」
返事がない。
キッチンにいたはずのママも姿を消していた。
「パパ、ママどこいったの?」
悪夢を見ているような、足元がふわふわしているような感覚。
家の中を探し回ったが、ふたりは見つからなかった。
スマホのSNSで呼びかけてみたけど反応はほんのわずか。
リコからもメイからも返信がない。
グループのわずかながらの返信で、どうやら皆同じような状況だとわかった。
怖い気持ちには変わりはないけど、少しでも仲間がいることに安心し私はネットで状況を確認した。
どうやら世界中同じ状況のようだ。
窓から外の景色を見ると、近所の男の子が不安そうな顔でキョロキョロとあたりを見回していた。
状況は同じなんだろう。
人の姿があることに少しだけホッとするとともに、不安が一層強くなる。
ユメじゃないんだ、どうしよう・・・・・。
なんでもいいから情報が欲しかった。
>やべえ、突然親がいなくなった。
>うちは母ちゃんと妹・・・・・。
>会社と連絡がつきません。だれか情報求む。
皆、混乱しているけど、何が起きているのかはわからない。
学校に行ってみよう。
駅まで行くと、改札口には数人のサラリーマン風の大人が集まり駅員に尋ねていた。
どうやら電車は動いていないようだ。
「すいません、本日は終日運休なんです。運転士がいなくって・・・・、申し訳ありません。」
まだ若い駅員はひたすら謝り続けている。
待っても電車も来ない。
私は諦めて家に引き返し、途中営業していたコンビニに立ち寄り、パンや日持ちしそうなシリアルバーなどを買い込む。
いつもは愛想のない店員のおばさんがレジを操作しながら話しかけてきた。
「ねえ、あなたは何があったか知らない?私、早く帰りたいんだけど。」
さあ、しりません・・・、と曖昧に答える。
本当に何も知らないのだから・・・。
誰か知っているのなら教えて欲しい。
家に帰り玄関を扉を閉めるとと急に涙が止まらなくなった。
不安や孤独といった感情が渦巻き、私は玄関に座り込んで顔を覆う。
授業のほとんどはオンラインで、カナたちに会えるのは登校日の金曜日だけだ。
以前ほど豊かではないけれど、社会はゆっくりと正常さを取り戻していく。
不思議と農業や水産業関係者にも被害が少なく工場も50%くらいの操業度は保てていた。
わたしは近所の食品加工業者で働きはじめた。
勤務時間は学校が終わってからの4時間。
カナは自分のお父さんが勤めていたニュース配信の会社でテレワークで働いている。
クラスの子達のほとんどが、親がいなくなりどこかで働くようになっていた。
生活のためもあるけど忙しさは喪失の悲しみを少しだけ忘れさせてくれる。
原因はいまだ不明のまま、時間だけが過ぎていく。
昼休み、カナが思い出したように唐突に言った。
「そういえばさ、ライフ・オブ・ザ・トゥルーワールドの製品版、いよいよローンチするそうだよ。」
ライフ・オブ・ザ・トゥルーワールド。
その言葉を聞くと無理矢理おさえこんだ心の傷が少し疼く。
私はベータ版からプレイしている。
だってこれはシステムコーディネーターの父が作ったゲームだ。
トゥルーワールドは異世界ものが多いMMORPGの中で、現実の社会を舞台にした作品だった。
プレイヤーはすべて異能力者で、なかに巧妙にサイコパスのNPCが紛れ込んでいる。
主人公はランダムに発現する能力を使ってサイコパスの殺人鬼を見つけ出していくのだがこれが意外と難しい。
父が開発したNPCのAIエンジンの完成度が高く、見分けがつかないのだ。
友人だとばかり思っていたプレイヤーがNPCだったりするのだ。
「実際とは違うだろうね。AIはサイコの反応から、そうだと思ってる友人像を演じているんだよ。」
父は笑いながら言った。
そんな事情を知らないカナは
「ね、サイコも製品版やってみない。」
「う、うん・・・・。そうだね。」
カナは突然両腕で自分の身体を抱きしめるようにして、右腕の人差し指を私の方に向けた。
「お前は、この世界が真実だと思っているのか?」
「へ?え???、何それ・・・・・。」
「アキラっているでしょ。あいつの真似。厨二病患者。」
アキラか、目立たない子だったけど。
「アキラってカナの彼氏なの?、いいなあ。」
そう言うとカナは顔を真っ赤にして否定した。
「ち、違うよ。ただの幼馴染だよ。」
「ふーん、そうなんだ。」
私は曖昧な微笑みを浮かべながらカナの少し赤みがかった顔を眺めた。
カナと会ったのはそれが最後、その日から人がまた、消えはじめた。
その夜、私は父のPCの前で、もう30分以上、ログインすべきかどうか悩んでいた。
ライフ・オブ・ザ・トゥルーワールドはどうしても思い出してしまうからだ。
私の幸せな日常を。
でも・・・・、ちゃんと見ておく必要があると決心し私はゴーグルを装着した。
オープニングの映像が流れ、AIの音声が聞こえてくる。
「まず最初に、ベータ版の不具合により多くの方に利用いただけなかったことをお詫びいたします。」
「今回、製品版がローンチされたことにより、ベータ版のユーザーの方は製品版の方にログインし直していただく必要があります。」
空中に突然エンターボタンが現れ、ログインボタンを押したが、何も起きない。
やっぱりまだバグってる。
そこから先に進めなくなり、あきらめて私はゴーグルを外した。
それからも人の数はだんだん減っていった。
まだ電車は動いているし電気もつくので、最低限のライフラインは生きているみたいだけど。
帰りにコンビニに立ち寄ると店員のおばさんがレジを操作しながら話しかけてきた。
「ねえ、あなたは何があったか知らない?私、早く帰りたいんだけど。」
私の中に焦りの衝動が広がっていく。
遠くに顔見知りの姿を見つけ、私は駆け寄った。
アキラだ!。
「サイコ、お前はまだいたのか?」
驚いたような顔でアキラは言った。
「アキラこそ、まだいたんだね。」
黒いロングコートを着たアキラは顎に手を当てる。
「この世界にはまだやり残したことがあるからな。」
相変わらずの厨二病だけど、今はそれでもなんだかほっとする。
「ねえ、みんないなくなっているんだけど・・・・。」
アキラは目を瞑ったまま喋った。
「多くの奴は消えた・・・・・が、消されたやつもいる。俺はそいつを見つけるまでは消えない。」
そう言うとアキラは後ろを向いて歩き出した。
私は両手を後ろに回したまま、置いていかれないように彼の後をついていく。
「これからどうする気なの?私たちどうなるの?」
アキラは無言で歩き続ける。
「ねえ、なんとか言ってよ。」
私は走って彼の背中に抱きついた・・・・・・はずだった。
その瞬間、世界がブラックアウトし、気がつくとアキラは消えていた。
私はまた、一人になった。
「探さなくっちゃ、最後の一人になるまで・・・・・。」
ショックを受けて飛び起きる。あたりは真っ暗で何も見えない。
あ・・・・・、そうか。ゴーグルをつけたままだった。
部屋の電気をつけ、エナジードリンクを一気飲みする。
まだ心臓の動悸がおさまらなない。
まるで何者かに殺されかけたような。
窓を開けると冷たい空気が部屋に流れ込み少し落ち着くと、再びゴーグルをつける。
オープニングが始まり、サイコワールドが始まる。
ベータ版じゃない!製品版だ。
チュートリアルが終了しゲートをくぐると、そこは現実と変わらない風景だった。
制服姿のカナが駆け寄ってくる。
「おはよう、やっとログインした。ね、一緒に学校に行こ!。」
と腕を組んでくる。
いつもなら煩わしいと思うが今日は許せる気がしたのは久しぶりに会うからだろうか。
それともここがVRだからだろうか。
「そういえば今日は・・・と一緒じゃないんだ。」
そう言うとカナは首を傾げた。
「誰と一緒って?リコのこと?それともユッコ?」
おかしい、名前が出てこない・・・・・。そいつのことよく知っているはずなのに。
屈託のない笑顔を浮かべたカナが言った。
「製品版、すごいね。現実と変わらないよ。こんなところを除けばね。」
と宙に浮かび、スカートを気にしながらクルクルと回る。
「とりあえず学校に行ってみようか、アキラ」
「ああ・・・・・。」
気乗りしない声をあげたアキラに、リコは言った。
「ひょっとしたらクラスメイトにサイコパスが紛れ込んでいるかもしれないしね。」
これも随分前に長編で書こうとして途中で放置していた作品を短編に再加工したものです。
何描いてもホラー寄りになってしまうのはご容赦を。




