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雨の中で愛を深める

作者: 一色 良薬

 僕が一人寂しく暮らす、花月荘まで傘も差さずにやってきた不機嫌な猫。今はぼんやりと窓を激しく打つ水玉を眺めている。

 土砂降りの空模様が意味をすること。待ちに待った凶子との初めての鎌倉巡り、つまりデートが無残に消え去ってしまったことだ。

 余程楽しみだったのか。ここまであからさまに元気のない彼女を見たのは初めてかもしれない。

「私が張り切ると必ず雨が降る! 忌々しい! 私がまるで名前の通り運がないみたいじゃないか」

「なら大吉! 貴様は何をしているんだ! 中途半端に私との有意義なデートを楽しみにしているから雨が降るんだろう! 貴様こそ運の良さを発揮しろ!」

 普段の彼女なら淀みない悪態を吐くはずだ。それなのに今日は訪ねるなり、弱々しく僕に寄りかかり、濡れた頭を腕に預けてきた。

 ──これは相当だ。

 透けた彼女の艶めかしい身体に視線を奪われるより先に、ふわふわのバスタオルで溢れる水滴を拭きとることを優先した。そして大人しく拭かれた凶子は、僕のスウェットを優雅に着こなしている。

(相変わらずスタイル抜群だな)

 不格好であるはずなのに、憂いを帯びて窓際に寄りかかる姿は息を飲むほど様になっている。

「ふふん。私に見惚れるのも分かるが、それ以上は特別料金を徴収するぞ」

 理不尽な言いがかりも飛んでこない。凶子、と短く彼女の名前を呼ぶが、振り向いてつんとした瞳が僕を映すこともない。

 身体を温めるために用意したココアをローテーブルに置き、縮こまった猫を後ろから抱き寄せた。

 風呂に入れと言っても頑なに拒否を示したため、しっとりした髪質が僕の頬をひんやりとさせた。

「凶子」

「……今日を楽しみにしていたんだ。最近互いに忙しくて会えてなかったから、もう何週間も前からずっと楽しみに……」

「僕もだよ」

 僅かに振り向いた猫の唇に息を重ねる。伏せた睫毛が濡れ、色気が束となって僕を誘惑している。

「ねぇ凶子。君の体を温めたいのだけれど……触れてもいいかな?」

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