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白々明け始める朝の空気は冷たい。夜露に濡れた草から滴り落ちる朝露の音を聞き、ヴォルフラムはがばりと起き上がる。傍らには厚手の黒皮のマントを体に巻き付け町を囲む石壁に背を預け、すうすうと穏やかな寝息を立てているクラウスの姿があった。
僅かに痛む下顎と鼻に昨夜の一件を思い出したヴォルフラムの胸には、宿酔いのようなむかつきが残っていた。おい、と声を掛けると同時に振り上げた拳は、軽々と躱される。寝起きの割には存外しっかりとした眼でヴォルフラムを一瞥したクラウスは、ぐいと伸びをした。
「久々にちゃんとしたベッドで寝られると思ったのに、誰かさんのおかげで結局野宿だよ。参ってしまうね」
「朝っぱらから嫌味は止めろ。んなことより、状況は」
「負傷者は出たけど、重傷者は数人、死者はなし。町への被害も、これまでのガイスト騒ぎに比べたら大したことはないって話だ。きみが最前線で戦ってくれたからだろうね」
子供ほどの大きさのガイストを十数体、手当たり次第に倒したところまでは、ヴォルフラムの記憶ははっきりとしている。ガイストの放つ瘴気と、半端者と化してしまった己の体は親和性が高いのか、当てられた意識が次第次第に不明瞭になってしまっていた自覚もある。そして獣の本能に飲まれた頭で、クラウスに心無い言葉を放ってしまったことも、おぼろげながら覚えている。
いつまで経っても制御ひとつ叶わないのか。痛む顎をさするヴォルフラムの横で、クラウスは凝り固まった肩や背をごきりと鳴らす。あくびこそ演技じみた響きだったが、心労を加味した濃緑の眼の下の薄い隈は本物だった。
「で、きみの所感は?」
「……雑魚だな。腐臭に混じって生臭い土の臭いがしていた。墓場から適当に掘り起こして来た肉に乗り移ったってとこか。攻撃的ではあったが、動きは単調な上に、二、三発殴れば倒せる程度に脆かった」
「なるほど。土の臭い、となると、土の精霊が関わってる可能性も、なきにしもあらずか」
「雑魚っつったろ。精霊が関わってるようには感じなかったぞ。大体、ガイストと精霊がなんで繋がるんだ?」
「人為的に引き起こされた騒動であるなら、精霊の関与も充分にあり得る、って話さ」
「裏で糸引いてるやつが居る、ってことか?」
「かも知れないって、ただの勘だよ。――しかし、土の精霊かあ。思った以上に面倒臭いことになるかも、だなあ」
彼らは土地に根付いてるから、保守的で頭が固いんだよなあ。見なかったことにして投げ出してしまおうか。おどけた調子で困った困ったと頭を振るクラウスは、さて、と腰を上げる。一宿一飯の礼以上の働きはしたんだから、朝食くらいは用意されていると信じよう。聖堂から各々の家へと戻る人々の中に自然と溶け込みつつ、ゴルドルフの屋敷へとのんびりと向かうクラウスの背中に、ヴォルフラムは仕方なしに従った。