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魔法使いの旅  作者: 斎藤充
第1章
7/26

7

 こんな夜更けに申し訳ない。開口一番頭を下げたゴルドルフは、クラウス達を出迎えた時の平服の上に、重量感のあるコートを羽織っていた。見る者が見ればすぐにそうと分かる、防御効果のある魔力を帯びたコートである。多少の物理攻撃なら難なく跳ね返してしまえるそれを見て、クラウスはああと合点する。それを裏付けるように、ゴルドルフは、実は、と話を切り出す。

「一月ばかり前になりますか。町に度々ガイストが出現するようになっていたのです。幸い、町外れには聖堂がありますから、ガイストが現れた時には皆、そちらに逃げ込むようにと指示していましたが」

「賢明な判断です。この屋敷への道中で遠目に見ただけですが、かなり強力なガイスト除けの魔法を感じました」

「そうなのですが、逃げ遅れた者が十数人ほど、ガイストの犠牲に――、皆、いずれも、気の良い働き者の、私の領民だった」

 沈痛な面持ちでゴルドルフは俯き、額に手を当てる。彼に従う老僕は、旦那様のせいでは、と言葉を掛けるが、気休めにもなっていない。

「町を囲んでいる石壁には、ガイストの侵入を防ぐ魔法が施されていたように感じましたが」

「ここに町を拓いた当時から、ガイストへの対策は講じていたと、私は聞かされていました。あの石壁もそのひとつ、だったのですが、なにが理由なのか、一部に綻びが生じてしまったのです」

「綻び、とは具体的には?」

「一度目のガイストの襲撃の直後町の者に調査させ、石壁の一部が崩れていることを確認しました。崩れた箇所は補修させ、聖堂の長老にもガイスト除けの魔法を掛けさせましたが、あまり効果はなく……」

「――フェステへの要請は? 一ヶ月も前からガイストによる被害が出ているなら、とっくに彼らが動いているはずでは?」

 持ち直すように面を上げたゴルドルフの表情は険しい。なにかを堪えるように固く握られた拳が、微かに震えている。

「要請は、無論致しました。ですが当地はいずれの支部とも距離がある上に、巡察隊の方々も近くに居られないようで……。フェステからの回答は、一月後、丁度今日から数日後には、派遣したフェステの隊員が到着される、とのことでした。それまでは無謀なことはせず、ガイストが現れれば速やかに安全な場所に避難を、と」

「指示は的確ですが、対ガイスト専門国家機関ともあろうフェステにしては、対応が悠長すぎますね。……だから嫌なんだよなあ、あそこ」

 ぽつりと呟くクラウスにゴルドルフは怪訝な表情を見せたが、失言を上書きする当たり障りのない笑みを前に、気持ちを切り替えたようだ。顔を引き締めたゴルドルフに、クラウスは大きく頷いて見せる。

 ガイスト、とは、人とも動物とも異なり、精霊に近しくしかく精霊ともまた異なる、生き物に害をなすモノどもの総称である。地方や特定の形状によっては別の名で呼ばれることもあるが、なんにせよ、百害あって一利ない存在であることは明白である。

 ゆえに人々はこの町のように、ガイスト除けの魔法が施された囲いの中で日々を過ごしている。町から町へと渡り歩く旅人もガイスト除けのお守りを持ち歩くのが普通であり、昼間に行き会った荷馬車にもその手の魔法の気配をクラウスは感じ取っていた。

 大半のガイストは、光を嫌う性質を有している。夜闇の中で活発に行動する彼らを警戒して、あの荷馬車の主も不具合が出た時点で安全であろうこの町に泊まることを決断したのだろう。判断は正しいが、荷馬車に乗り込んでいた連中は、運が悪かったとしか言いようがない。

「今まで被害に遭われた方は、どんな状況だったんですか?」

「住民の聖堂への避難を誘導するために囮になった者や、逃げ遅れた子供や老人を庇ったゆえに犠牲になった者、と報告を聞いていますが」

「あ、いや、そういう意味ではなく。死体の状況の話です」

 それは、とゴルドルフは口ごもる。よほどひどい有り様だったのか、それとも死者を辱めるような言葉を憚っているのか、そもそもそんな細かい状況までは把握していないのか。なんにせよ、今までの遣り取りでもう十分過ぎるほど時間を食っている。先に出て行ったヴォルフラムの動きも気になるところだ。

「ギーベル、悪いけど、僕のマントと帽子を取って来てくれるかい?」

「うん、分かった。それで、俺はどうすれば良いんだ?」

「きみには悪いけど、念のため、この屋敷で待機してて欲しい。屋敷自体にも強力なガイスト除けの魔法が施されているけど、周りはほら、いかにもガイスト好みって感じの暗さだから」

「そっか。俺も戦いたかったけど……、うん、確かにいやな感じがするよな、ここの周り」

 軽快な足取りで客間に走って行くギーベルの後ろ姿に送るゴルドルフの視線には、不安さが下りていた。御心配には及びませんよ。まるで彼の心の内を読んだかのようなクラウスの言葉への、ギーベル殿もクラウス殿と同じように、魔法の心得があるのですか、ゴルドルフの問いにクラウスは緩やかに首を振る。

「そういうのではないですし、見た目は子供で中身はもっと子供ですが、強いですよ、彼は。それに、マルグリットお嬢様はギーベルをお気に召されたようですし、こんな夜はお嬢様くらいのお年頃には不安でしょう。お嬢様の気休めにもなりますよ、きっと」

「それは、有難い限りことですが――、そう言えば、ヴォルフラム殿の姿が見えませんが、あの方はどこに?」

「あれは喧嘩っ早いのがだけが取り柄みたいなものなので、ガイストの気配を感じてすぐ、町のほうへ飛び出して行ってしまいました。――おっと、流石早いねギーベル。じゃあ、後はよろしく。――では、ゴルドルフ様もくれぐれも、お屋敷で待機なさりますよう」

 ギーベルから受け取った帽子とマントを手早く身に着けたクラウスは、くるりと踵を返す。背後でゴルドルフがなんらかの合図をしたらしい。正面の扉の横に立っていた青年が、壁に取り付けられたレバーを操作する。重々しく開かれた扉の先に待ち受けていた闇の濃密さに、これを相手に一月近くも自衛を強いているとは、フェステはやっぱりお役所仕事だ、呆れる心中に反して、跳ぶように駆ける脚で町へと向かうクラウスの横顔は、薄い笑みを刻んでいた。

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