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魔法使いの旅  作者: 斎藤充
第1章
6/26

6

 屋敷は木々に囲まれていたが、壁沿いに駆ければ屋敷の正面、つまり町を見下ろせる地点まで到達することは容易だった。急を報せる鐘があちこちで叩かれ、人々の騒めきは絶え間なく、避難を急ぐ住民が各々持つ灯りで、深更の町は変に明るく騒がしい。

 ヴォルフラムはちいさな灯りの群れが、屋敷に向かう道中見かけた聖堂のほうに向かっているのを確認し、一足飛びに下り坂を駆け降りる。町の中央通りへと通じる道を駆ける脚は瞬く間に、町の中心部に位置する広場へ至っていた。

 息ひとつ切らしていないヴォルフラムは、避難する住民の殿を務める、農具や簡素な武器で形ばかり武装した比較的年若い男達を尻目に、本能がそこだと示すに任せ、町の入り口から少し外れた石壁のほうへと進路を取る。

「兄さん、そっちは危ないよ! ガイストが来る!」

「お前らこそ危ねぇだろうが。他の連中と一緒に、さっさと安全な場所に避難しろ」

「でも俺らがみんなの後ろを守らねぇと」

「んなへっぴり腰で抜かすな。手前ぇの命も守れないやつが、無駄に根性見せてんじゃねぇ」

 とにかく、お前らは邪魔だ。言い捨て、走り出すヴォルフラムの背後で動揺が広がる。どうしよう、どうすべきか。迷い悩む彼らはひとりまたひとりと、安全圏である聖堂へと後退して行く。それでもまだあれこれと煩い連中の声は、駆けるヴォルフラムの脚には追い付かない。

 生きた人間の気配は絶え、周囲は完全に夜闇に没した頃合いで、ヴォルフラムは己が内側に意識を向ける。今か今かと、絶えず己の内で急かして止まない、己と限りなく近くありながら己とは隔絶した存在を、己の意思で解放する。

 音を立てて骨格が変じてゆく感覚は、いつまで経っても慣れない。ぱきりぱきり、ごきりごきり。今ある人間の姿を破壊し異なる姿を構築する変身は、全身の骨に不快な共鳴を呼ぶ苦痛を齎すが、当然のものと頭は受け入れてしまっている。それが自分の異常性を端的に物語っているようで、だからいつまで経っても慣れないし、慣れたくはない。

 解放したのはほんの一部分。服の一部と靴を巻き込んだ変身で両手両足は鋭い爪持つ獣のそれになり、限りなくひとに近くしかしひと非ざる姿へと変化を遂げる。

「こいつら程度が相手なら、こんなもんで充分か」

 ひとりごつヴォルフラムの眼前には、崩れた石壁の一角から、ひとつまたひとつと、町に侵入する異形の姿があった。ひとで言えば十歳前後の子供ぐらいの体格であるが、粗雑な骨組みの上に粗雑な皮を纏わせたような瘦せ細った腕や脚、ぼろきれを貼り付けた胴体は、生きた人間の肌の色をしていない。青褪めてくすんだ黒を内より滲ませるその肌は、死体のそれだ。

 不自然に膨らんだ腹を重たげに揺らしながら、のそりのそりとヴォルフラムに近寄るそれら異形のものは、数えて十体ばかりか。感じ取った異変の気配に反した敵の数に、無駄骨だったと云いたげなやる気のなさで、一歩二歩とヴォルフラムはそれらに歩み寄る。ずいと伸ばした腕で、一体の頭を鷲掴みにした手は、獣のごとき灰銀の毛で覆われている。

「こんなもん相手に大騒ぎするなんざ、やっぱり人間は高が知れてるな」

 ぐ、と手に力を込めれば、掴んだそれの皮膚に爪が喰い込み、骨にまで届く。ヴォルフラムの手から逃れようと、鈍重な動きで暴れるそれを抑え込みさらに力を込めれば、果物を潰すような呆気なさで頭部が弾けた。

 顔に飛んだ腐れた臭いのする体液を、忌々しそうに獣の手で拭い、ヴォルフラムは羊の群れを追う狼の残忍さを、灰銀の髪と眼を持つ面上に落としていた。

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