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与えられた客間に戻り、三人分とはいえ元々多くを持たない自分たちの荷物を纏めてしまえば、後は手持ち無沙汰だった。マルグリットとかいう少女と連れ立ってどこかに行ってしまったギーベルはさて置くとして、ゴルドルフと共に食堂から出て行ったクラウスが戻るまでの辛抱だとは思うが、ヴォルフラムは生来気の短い男である。
結局一度も身を横たえることのなかった窓側のベッドに腰掛けてはみたものの、どうにも落ち着かない。仕方なしに窓辺に歩み寄り、窓を開ける。さらりと流れ込んで来る外の空気の青さは、懐かしい森のにおいの呼び水となる。
高くなりつつある日の快い陽気は、心地好くヴォルフラムの面上に降り注ぐ。ガイスト騒ぎがなければきっとこの町は、時代に取り残されつつあるものの、のどかな日々が巡るばかりの場所なのだろうと、そう思ってしまう心にはいつしか、生まれ故郷の遠い記憶が浮かんでいた。
ヴォルフラムが産まれたのは、鄙びた農村だった。農業と狩猟の自給自足で成り立つ閉ざされた場所の中で、昨日と今日と明日が変わらず巡る、変化に乏しい場所だった。そんな生活が時代に取り残された寂しいものなのだと知ったのはクラウスと旅をするようになってからだったが、村全体が家族のような馴れ合いの空気には、今でも懐かしめる温かさがあった。
自分もきっと、両親と同じように村の大人たちと同じように、この村で誰かと結ばれて子を成して育てて、やがては老いて死んでいくのだろうと、そう思っていた頃は信じていた頃は、果たして幸せだったのか。こんなことにならなければ、なにも知らない知ろうとしない盲目のままでいられただろうか。
知らず固く握っていた己の手を見る。少しだけ陽を吸って色を深めた手は成人男性のそれに相応しく、肌理が粗く節くれ立って甲には薄青く血管の浮いた、普通の人間の手だ。
けれどもこれは一度そう願えば、灰銀の毛皮を纏う獣の手となる。手だけではない。足も腕も顔も全身も、獣を狩ることもガイストを斃すことも容易な、尋常ならざる獣のそれとなる。
「半端者に、帰れる場所なんざない、か」
いつしか進むことも退くことも、希い求めることも諦めてしまった言い訳の言葉を口にすれば、心が寂寥に満たされる。己が意思で手放したくせにと、己が内で己が紛れもない事実を突きつける。それはそうだが、そうではないのだ。無意味な反論を反射的に唱える心は、よくない傾向だ。
これ以上の回顧と思考は無意味だ。それらを誘発する原因となった外の空気を味わわないよう、窓に手をかけたヴォルフラムは、鋭い嗅覚にそれを捉える。濁りに濁って胸悪しくなるばかりの気配に、自然、体は動く。真っ先に思い浮かべたのは、幼い少女に手を引かれ屋敷を出て行ったギーベルの姿だ。
「また余計な手間かけさせやがって」
苦々しくひとりごつ足は既に窓枠にかけられている。ひらり踊らせる身で窓の外に降り立ち、すぐさま駆け出す脚はにおいの中に感じる気配に向かって、一心に地を蹴立ててゆく。




