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魔法使いの旅  作者: 斎藤充
第1章
18/26

18

 昨夜のまま崩れた石壁には土嚢が積まれ一応の補強がされてはいたが、ひとや獣相手ならともかく、流石にガイスト相手には効果がなかったようだ。クラウスは町を囲む石壁全体にガイスト探知の魔法を施したと言っていたが、ガイスト除けの魔法をかけたとは言っていなかった。大規模な魔法になるから時間が足りないんだ、と彼は言い訳していたが、ヴォルフラムにしてみれば、片手落ちにもほどがある、と言わざるを得ない。悪手と知りながら手を抜きやがって。灰銀の毛に覆われた獣の腕を揮いながら、忌々しげに舌打ちする。

 破れた石壁の隙間からだけでなく、堂々と我が物顔で石壁を乗り越え町に侵入するガイストは、昨夜と同じく、てんで手応えがなく、本気を出すまでもないやつばかりだ。この身に宿る能力の一部を解放させただけでこと足りる相手をいくら倒せども勝利の実感はなく、ただただその身を屠る手応えの、気味の悪さから来る不快感が呼ぶ怒りしか感じない。

「――ったく、何匹いやがんだか」

 ヴォルフラムの獣の腕で薙ぎ払われたガイストがまた一体、塵と化して消えてゆく。これで何匹目になったろうか。はじめに目視できていた分を片付けた時点で、次から次へと湧いて出るガイストらをいちいち数えるのは、馬鹿馬鹿しくなっていた。

 石壁によじ登り高みから飛び掛かる一体を迎え撃ち上段を蹴り抜くヴォルフラムの脚もまた、灰銀の毛に覆われた鋭い爪持つ獣のそれに変化している。ぐちゃり、汚らしい水音と気持ち悪い感触を残して塵と消えてしまうガイストは、ある意味では卑怯な存在だ。

 もっと、もっと手応えのあるやつと戦いたい。生きるか死ぬかのぎりぎりのところまで我が身を追い詰めてくれるような、誰も彼もが認めざるを得ないような強者と戦いたい。ひとに過ぎる力を持ってしまった自分が、全力で戦って戦い果てて、どうしたって敵わないのだと心底から認め諦め、そうしてようやく安堵できるなにかと、殺し合いたい。

「中途半端な雑魚には用はないんだよ、俺は!」

 面倒だ、とまとめて腹を穿たれ串刺しにされた三体のガイストは、断末魔を上げることなくほぼ同時に消滅する。それでもガイストらは仲間の死などお構いなしに壁を越えヴォルフラムへと、否、町中へと、町に住む人間へ進軍する。

「枚挙に暇がないってやつだね、これは」

 不意に背後からかけられた声に振り向けば、町に点在する倉庫のひとつの前で別れたクラウスが、炎を背負って立っていた。ゆらゆらと揺らめく紅の炎に、どこに置いてきたのか、つば広の帽子を失くした濃茶の癖毛が照り輝く。

「首尾は?」

「目立ったものは粗方片付けた、かな。ガイスト除けの魔法が薄れているところには、適当に手を打ってみたから、後はここをどうにかすれば、今夜ひと晩くらいは持つと思うよ」

「どうせこういう事態は見越してたんだろ、お前は」

「さあね」

 軽く肩を竦めて見せたクラウスの右腕は不自然だった。逆光でよくは判らないが、右の二の腕の半ばから先が見当たらない。お前でも後れを取るのか。嘲るヴォルフラムに、こういう荒事はきみの得意分野だろ、減らず口が返される。

「で、策は?」

「策もなにも、きみが不心得な侵入者を斃し尽くしてしまえば、それで終わりだろう、ヴォルフラム?」

「倒しても倒してもきりがない。いい加減、飽きが来てんだよ、こっちは」

「好戦的な大食漢なのが君の取柄なのに、食傷するなんて全く、贅沢を覚えた獣は始末が悪いものだね」

「皮肉と文句なら後で聞いてやる。今は埒を開けろ、じゃなけりゃ俺は退く」

「そう来るかあ。――仕方ない。僕が意外と働き者であることに、存分に感謝をしてくれよ」

 ぱちり。おどけて片目を瞑って見せたクラウスは、静かに唇をひらめかせる。半分獣化したヴォルフラムの鋭い聴覚でもってしても、クラウスの呼吸の中で紡がれる、歌うような囁くようなやわらかにやさしく奏でられる響きの全容は掴めない。この世のものならぬ言語だと、何時かのクラウスは称していた。この世に生きている者には理解できるものではないし、理解してはいけないものだ、とも。

 ごう、と音を立てて、突風がヴォルフラムを襲う。地に爪を立てなんとか堪えるヴォルフラムの横を、風の勢いを借りた炎が渦巻き疾る。上がる火の粉はぱちりぱちりと爆ぜて、夜目には眩しすぎる。意思を持った業火は幾条かの帯に枝分かれして蛇の顎のごとく、ガイストに食らい付き飲み込み焼き尽くす。

 ひとが焼けるにおいとは別種の胸の悪くなる独特の臭いは、鼻先に届いた刹那ふわりと頬を撫でる風が浚ってゆく。日の落ちた夜間に活動的になるガイストは、一般的に、光に弱いとされている。業火は触れるものすべてを焼き尽くす勢いであると同時に、一瞬にしてこの場に昼間のごとき明るさを齎す。クラウスの操る火の魔法は、やつらにとっては天敵も天敵、といったところか。

 尤も、こんな大規模な火の魔法を行使できる人間など、そうはいない。天候の後押しがあればあるいは並みの魔法使いでも似たような現象を起こせるかもしれないが、生憎と今夜の風は凪いでいる。火と風、両方の魔法を微妙な力加減で同時に発動しなければ、現状は生み出せない。それがどれだけ常識と道理に外れているか、魔法に疎いヴォルフラムでも理解は易い。

 始末が悪いのはガイストとこいつ、どっちのほうだか。炎の猛攻からからがら逃れたガイストを適当に始末し、ようやく敗走の意を見せたやつらが闇に消えて行くのを見送り、ヴォルフラムはクラウスに目を向ける。あれほど荒れ狂っていた炎はなにごとも無かったかのように鎮まり消え失せ、夜風は再び凪に転じている。念の為、と崩れた石壁の下の地面に手を触れ、なにごとかを呟くクラウスの丸まった背を見下ろすヴォルフラムは、なんとも言い難い気分を嘆息として吐き出す。

「そういえばお前、その右腕、どうした?」

 ガイストが町から撤退して行ったのをどこからか確認したのだろう、男衆が聖堂から町へと戻り消火活動に当たっている姿を横目に、中央通りをゴルドルフの屋敷を目指して歩きながら、ヴォルフラムはクラウスに問う。しかしクラウスはうろうろと周囲に視線をさ迷わせているばかりで、ヴォルフラムの問いに応えようという素振りは全くない。

 ゆったりとしたクラウスの歩みに歩調を合わせるのは、彼よりも頭半分ほど背の高いヴォルフラムにとっては難儀なことだ。ふた晩続けて能力の一部を解放し戦った疲れは、ことが終わった現在では余計に重く全身に圧し掛かる。このままクラウスは放って置いて、さっさとゴルドルフの屋敷に戻ろうか。そう考え始めたヴォルフラムの耳に、ああ、あったあった、クラウスの陽気ぶった声が届く。

 彼が小走りに駆けて行く先は、中央通りから少し路地に入った、ガイストによって破壊されたのだろう、屋根の一部が崩れた、物置小屋らしい建物だった。目印のつもりか、軒先にはクラウス愛用のつば広の帽子がちょこんと置かれている。帽子とともになにかを拾い上げ戻って来たクラウスに、ヴォルフラムは一瞬、ぎょっと目を見開く。

「不覚を取った、と言えるほど僕は戦闘向きじゃないけどね、修羅場はそこそこ潜りはした。でもまあ、不意打ちされれば、腕のひとつは落とされるくらいには、才覚はないってことだね」

「笑って言えることかよ、んなの」

「笑うしかない、と言ったほうが正しいね、この場合。嘆いたり怒ったりすれば治るのならそうするけど」

 そういうものではないだろ。したり顔で言ってのけるクラウスはぎこちなく帽子を被ると、小脇に抱えていた彼自身の右腕を荷物かなにかのように肩に担ぐ。

「そういうもんじゃないのかよ、お前らは」

「ひとを蜥蜴かなにかみたいに言わないで欲しいね。……まあ、やろうと思えば、腕や脚の一本や二本、生やすくらいはできるけどね。僕は、まだ、そこまで落ちたくはない」

「……解らない、が、解るような気は、しなくもないな」

「きみは半分はまだこっち側だからね。できるけどしたくないって矛盾は、ひとの常ってことかな」

 くつりと笑うクラウスは、軽快に屋敷に向かって歩き出す。隣に並び歩くヴォルフラムは、町へと戻るべく徐々に増えて行く住人から擦れ違いざま向けられる視線の痛さに眉根を寄せる。なにも感じていない風に悠々と歩くクラウスがなにを考えているものやら、聞くに聞けない素直さを欠いた己の性分が、今は少しばかり恨めしかった。

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