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道理で。知らず呟くクラウスは、昼間にガイスト探知の魔法をかけた石壁の一角に佇んでいた。陽の巡りと共に生きる土の精霊らは、ガイストの来襲に怯え逃げ惑い堪え抗い種々雑多な感情に声を荒げる人間らの騒動など、自分たちにはまるで関係がないと、眠りに就いたまま黙している。
それでも、自分が施した魔法だ。その魔法が今現在どういう状態であるのか、わざわざ精霊の手を借りずとも判断することはできる。
応急処置ではあるがそれなりに念入りに施したはずの魔法には、決して見過ごせない綻びが生じていた。魔法自体は解除されていない。けれども、無理矢理に作った些細な綻びに、強引に別の魔法が組み込まれている。クラウスと土の精霊の間で交わされた契約から即時性を奪う程度の妨害は可能な、その場しのぎの雑な魔法だ。
こんな無茶なやり方では、こんなことをした魔法使い自身に相当な負担があったろうに。僕ならもっと上手い感じに邪魔するんだけどなあ。クラウスの心に浮かぶのは、魔法を妨害された怒りではなく、多分に同業者であろう誰かのお粗末さに対する呆れである。
ただの素人では難しい妨害工作ではある。そもそも、石壁のあちこちに施したのは、世に出回っていないクラウス独自の魔法だ。真っ当な魔法使いなら、解析するだけで数日は要するだろう。それがこんなにも早く破られるとは、犯人が自ら自分がやったと名乗り出ているようなものだ。
あまりの稚拙さに頭が痛くなる。実力的に上手く立ち回れなかったのならばせめて、一目で看破されないよう隠蔽すべきだ。その程度の頭も回っていなかった、と軽んじるのは早計なのかもしれない。されども詰めの甘さは青臭さを覚えさせて、その実直な性格ゆえの器用貧乏と言ったところか、微笑ましいような憐れむような感情を覚えこそすれ、クラウスもまた一介の魔法使いだ。堂々と魔法使いを名乗るだけの矜持はある。
「まったくもって、どうしてこうも人間ってのは、厄介な生き物なんだろうね、――っ!」
ひとりごつ言葉の終わりに素早く身をひるがえすと同時に、クラウスは音なき言葉で風の精霊と交渉する。瞬きの間にまとまった商談に、鋭い風が正面へと刃と化して飛んで行く。過たず、じりじりとにじり寄りクラウスを囲んでいたガイストらは、それぞれ手足や首を断たれ、その場に倒れ伏す。
「狩る側に立つっていうのは僕はあんまり好ましく思えないんだけど、きみらはそうじゃないみたいだね」
倒れたガイストの肢体を踏み越え乗り越え、新手は石壁の向こう、闇の奥から湧いて出る。町の住人の避難が進んでいるからなのか、自分たちの侵入経路に最も近い場所にクラウスがいるからなのか、クラウスへと群れで狙いを定めて襲い来るガイストどもの相手は、面倒なことこの上ない。
「こんなことになってるなら、首に縄を付けてでも、ヴォルフラムをお供にすべきだったかな」
繰り言めいたささやかな後悔はさて置いて、クラウスは町に上がる火の手に意識を向ける。夜空を染める火炎に思ったより勢いがないのは、火の精霊にほどほどにと注意しておいたのが効を奏しているからだろう。
だが、彼らは本来、お祭り騒ぎが大好きな好戦的な性格だ。向ける意識の中で、クラウスは火の精霊に語りかける。時は今。号令一下、それ、とばかりにはしゃぎ出す彼らはこういう場面ではなによりも頼りになるが、後始末は堅物な土の精霊との交渉以上に厄介なことがしばしばある。
「まあでも、使えるものは使うべきだよね」
周囲のガイストを警戒しつつ、クラウスは火の精霊へと決意をもって言葉を放つ。どうか僕に力を貸してくれないか。そのひと言、たったひと言に、姿ない形ないものどもが煩いほどに色めき立つ。燃やしていいのか、暴れていいのか、壊していいのか、殺していいのか。自身の力を過信し切った彼らの歓喜は無邪気で、いとけなくさえある。
「きみらの思いのままに」
微笑を含んだクラウスのひと声に、応、と。幾十幾百幾千の声が輪を描いた。




