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異変の気配を感じ取ったのは、三人同時だった。夕食を終え、ゴルドルフの招きに応じて談話室へと場を移し、食後のコーヒーをすすりながら、これまでの三人の旅のことや魔法に関することなどに言葉を交わしている最中のことであった。
真っ先に席を立ったヴォルフラムは昨夜と同様、窓から外へと出て行こうとする。主人の手前、言葉のみで無作法を嗜めるクラウスに渋々従ったヴォルフラムは、ならばと足早に談話室の扉に向かう。焦るようにドアノブに手を掛けた彼が扉を開ける寸前、それは向こう側から開かれた。
「旦那様! またもガイストが町に――!」
現れたのは老僕ではなくギュンターだった。息を切らしているところを見るに、用事があって町に出ていたところでガイスト来襲の兆しを目にし、慌てて屋敷に戻って来た、というところだろうか。気配だけはすでに察していたクラウスはゴルドルフに無礼を詫び、カップに残っていたコーヒーを飲み干すと、戸口に立つヴォルフラムとギュンターの長躯の間を抜け、客間に取って返す。
仮眠を取った時のまま、抜け殻のように床に脱ぎ捨てられていた長外套とつば広の帽子とを手早く身に着け、クラウスは玄関ホールでヴォルフラムと合流する。そのまま屋敷を後にしようとするクラウス達に、ギュンターが声をかけた。
「私もお連れください。大した戦力にはなれませんが、住民の避難の助けくらいにはなれます」
「町のことは、ギュンター殿のほうが余程詳しい。願ってもないことだ。けれど」
危険な場所だ。万一を思うクラウスの目は自然、心配顔で玄関ホールまで出て来たゴルドルフに向く。了承の意に深く頷いたゴルドルフは、流した目で無理はしないようにと、ギュンターにやわらかな声をかける。
「お客人の邪魔にはならないように。それと、きみ自身の命を最優先するように。きみは、魔法の心得がある人間である以上に、私の下で働いてくれる大切な家族だ。なにより、きみが不幸に遭えば、マルグリットはきっと大いに悲しんでしまうだろう」
「過分なお言葉、確と賜りました」
騒ぎを聞きつけたものか、マルグリットもまた、寝間着のまま侍女に介添えされて玄関ホールに出て来ていた。定まらない視線で不安げに中空を見据える大きな眼は、痛ましいほどに震えている。ちいさな背を支える侍女の手を振り切って伸ばされる腕が、彷徨うようになにかを求めるように空を切る。戦慄く幼い唇が紡いだのは、ギーベルの名だった。
「クラウス、俺も――」
「悪いけど、ギーベルはここに待機で頼むよ。マルグリット嬢も、それがお望みのようだ」
「でも、この感じ、昨日の夜のとは全然違う。俺もふたりに付いて行ったほうが」
「きみは、ここで、待機だ。……後詰めがあるのとないのとじゃ、心的不安の度合いが違う」
もしもの時にはちゃんとギーベルを頼るから。言い聞かせるクラウスの言葉に、ギーベルは不服ながらに苦いものを飲み込むように、深く頷いて見せた。クラウスもまた頷きを返し、羽織ったマントの裾をひるがえす。
じゃあ、行こうか。つば広の帽子の位置を調節するクラウスに、一々んな仰々しい格好しねぇと締らねぇのかよ、呆れるヴォルフラムの指摘には、鳩尾への肘鉄一発で応えた。
それでは、ひと働きをば。肩越しに振り返る横顔に笑みを浮かべて見せるクラウスに、ゴルドルフは深々と腰を折る。どうか、頼みます。緊迫した声で知らず求めたのであろう養女の姿は彼の手の届くところにはなく、マルグリットは侍女を置き去りにギーベルの腰に縋り付いていた。




