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魔法使いの旅  作者: 斎藤充
第1章
11/26

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 屋敷の周辺は、森と林の中間のような鬱蒼とした木々に囲まれている。木々は高くそれぞれの枝葉は広く、少ない木漏れ日に昼日中であるというのに、薄暗い印象を受ける。それでも、通りの良い風に運ばれる青々とした香りは清々しく、だからこそ不調和な感じが拭えない。

 姿形だけを見れば陰鬱な印象を受けるのに、取り繕うように嵌め込まれた清らかさが、逆に気持ち悪い。肌に纏わり付くこの不快感は、善くないものだという確信はある。だが、具体的になにがどうとは言えない。

 もどかしい。深い靄の中に取り残されたようなもどかしさだ。なにもかもが不明瞭で、でも、確信だけは揺るがない。善くないものがここにはある。絶対に。けれどもやっぱり、正体はわからない。ただただ直感と確信だけが空回っている。

 そこだけ意図して木を払い切り拓いたのだろう、屋敷の東南に位置する一角に、陽が眩しい庭園が設けられていた。振り返れば食堂の窓が見える。食堂からは庭園を視認出来なかったのは、そこが数段掘り下げられているからだろう。

 色取り取りの花が咲き乱れ、中央には小さな噴水が設けられ、奥には東屋が建てられた庭園へ降りる階段の一段目に腰を下ろし、ギーベルは組んだ腕でううん、と首を捻る。

 気配は曖昧模糊として、出所がはっきりとしない。昨夜のガイスト出現の時もそうだった。町を囲む石壁に施されたガイスト除けの魔法が石壁の一部が壊れたことにより綻びが生じて、ガイストたちはそこから町に侵入した、という話だったが、ガイストはそこかしこから自由に発生する訳ではない。悪いものが集まる吹き溜まりのようなものから、ガイストは発生する、とギーベルは聞いている。

 昨夜はヴォルフラムがガイストの瘴気に当てられて正気を失いかけたから、仕方なくガイストの排除だけで終わらざるを得なかった、とクラウスは言っていた。それでもあのふたりのことだ、ガイストの拠点の手がかりくらいは掴んでいてもおかしくない。それなのにクラウスは、町の石壁に施されたガイスト除けの魔法の補強だけをするつもりで、屋敷を発った。

 ギーベルも勿論、マルグリットやマルグリットの身の回りの世話をする使用人たちを守りながら、町のほうから漂ってくるガイストの気配を追っていた。彼らはどこから来て町に侵入したのか。それさえ分かれば、自分たちなら簡単にことを済ませられるのに。辿る気配は屋敷周辺の嫌な気配に飲まれるように、手がかりを掴ませてはくれなかった。

「嫌な感じはするのになあ」

 心許無く呟くギーベルは知らず、左の二の腕に巻いた包帯を擦っていた。荒い布地越しでも感じ取れる、馴染み深い感触に嘆息する。自ら選んだ道とはいえ、制約の多いこの姿は、こういう時には歯痒くてならない。

「俺って、役立たずってやつなのかなあ」

「あなたは役立たずなんかじゃないわ」

 ひとり言に返った応えに、思わず身構える。腰を上げ体を反転させると同時に、階段を跳び下りていたギーベルが見上げる先には、あらぬ方向に目をやるマルグリットの姿があった。

 午前の光を受ける赤い巻き毛がきらめいて、金に近い輝きを帯びている。ぱっちりとした両眼は夜明けの頃の深く青い空の色をして、真っ直ぐに太陽を見据えている。

 マルグリットの傍に、昨夜の騒動の間中ずっと彼女に付き添っていた使用人の姿がないことを訝しむギーベルをよそに、ころころと幼い咽喉を鳴らして、一段、また一段と、マルグリットは階段を降りて来る。危うさなどひとつも感じさせない所作に浮かんだ疑問を読んだかのように、マルグリットはふふ、と笑う。

「ここは私もお気に入りの庭なの。毎日のように来ているから、私ひとりでも、危ないことなんて少しもないのよ」

「きみ、も……?」

「ギュンターのことは知っていて? あれは、私のためにお花を育てるのが大好きなのよ。昔は孤児院で他の子の倍、畑仕事をする代わりに、特別にお花を育てる許可を貰っていたけれど、雑草同然の花なんて、私ちっとも好きじゃなかったわ」

「でもきみは、目が見えないんじゃ」

「目なんか見えなくたって、うつくしいものは解るわよ。ほら、触ってみて、この瑞々しい花びら。嗅いでみて、この芳しい香り。色も形も知らなくても美しいって解るわ。そうでしょう?」

 少女は花壇の一角に歩み寄ると大輪の花を惜し気もなく手折り、その花弁に鼻を埋めて、艶やかな花の香気を胸いっぱいに吸い込む。真っ赤な色で誰よりもなによりも存在を主張する花は、確かに彼女に似合いと言えば、似合いだった。でも、それだけだ。

「確かにきれいだと思うし、きみに似合ってるとも思うよ。けど、そんな風に殺すのは、俺は好きじゃない」

「お花を摘むことを、殺すって言うのね、あなたは。このままにしておいたところで、汚く枯れてしまうだけなのに?」

「枯れたとしても、花は実を付けて後になにかを必ず残すって、クラウスは言ってた」

「あなたはあの魔法使いさんの言葉を信じるのに、私の言葉は否定するのね?」

「クラウスはたまに――、たまに、なのかなあ? 時々ちょっと変なこと言うけど、俺にとっては先生みたいなものだから」

「私は目が見えないけれど、見えないからかしら、色んなことが視えるの。あの魔法使いさんにだって視えないことも、ちゃぁんと視えているのよ」

 無残に殺された花を持つマルグリットがギーベルに歩み寄る。目が見えないということが嘘だと思えるほど確りとした足取りでギーベルの正面に立ったマルグリットは、す、と幼い指先を伸ばす。

 触れたのは左の頬、昨夜も彼女に言及された布を貼り付けた箇所だ。ゆっくりと二度、三度、感触を楽しむ未成熟な柔らかい指には、異質でありながら抗い難いなにかを覚える。ぞくり、と足元から這い上がる善くない気配は、正面と背後から。

「あなたはとってもうつくしいわ。つまらない人間以上の、いいえ、人間なんか足元にも及ばないうつくしさを、きっと持っているわ。ねえ私、あなたのことが大好きよ、ギーベル」

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