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魔法使いの旅  作者: 斎藤充
第1章
10/26

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「昨夜のお働き、誠にかたじけなく思います」

 温かいスープに焼き立てのパン、炒めた卵と茹でた芋、加えて熱々のソーセージがずらりと並んだ朝食をクラウス達が完食し終えた頃合いで食堂に現れたゴルドルフは、三人に向かって深々と頭を下げる。食後のコーヒーが注がれたカップを下ろし、当然のことをしたまでです、朗らかにクラウスは笑う。

「町の状況は報告した通りですが、お屋敷のほうはどうでしたか?」

「ガイスト除けの魔法の効果か、幸い屋敷には被害がありませんでした。ああ、そうですね、マルグリットは目が見えない分、ガイストの気配に敏感なようで、いつもはひどく怯えて取り乱してしまうのですが、ギーベル殿が傍に付いていて下さったからか、昨夜は普段より随分と落ち着いていました。クラウス殿のご配慮には頭が下がります」

「そうだったのかい、ギーベル?」

「うん。この建物の周りにもガイストの気配はあったけど、中に入れる感じじゃなかったよ。俺はずっとあの子の傍に居たから、ちゃんと調べられなかったけど」

 砂糖をこれでもかと入れたコーヒーを啜っていたギーベルが、すまなそうに眉尻を下げる。気にするな、と目配せをひとつ、クラウスはゴルドルフに改まって向き直る。

「時に、ゴルドルフ様はガイストに関して、なにか聞いておられますか? 特徴や出没条件など、御存知であればお聞きしたいのですが」

「そうですね……。町の者からの報告では、現れるのは日が没してから、石壁の崩壊した一角より、と。いずれも背丈は12、3歳くらいの子供ほどで、鋭い爪と無数の牙を持っており、動きは緩慢ですが生きているものであれば人間も家畜も関係なく、手当たり次第に襲い掛かる、とのことです。しかし、私自身が直接目にした訳ではないので、これ以上はなんとも」

「充分有益な情報です。昨夜はこのヴォルフラムが直接、ガイストと対峙しました。特徴に関して祖語はない、そうだろ、ヴォルフラム?」

「俺から新しく言えることはない」

 不機嫌に低く呟くヴォルフラムは、不愛想な面の下で欠伸を噛み殺す。険しい顔つきは疲労と睡眠不足の裏返しだ。分かり難いようで分かりやすい男だと、人好きのする笑みの内でどこか微笑ましく思いながら、クラウスは口元を拭い席を立つ。

「ガイストの侵入経路は、石壁の壊れた箇所で間違いはないでしょう。僭越ながら、フェステの方が到着されるまでの応急処置として、ガイスト除けの魔法を施させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「それは、願ってもないことですが――。失礼ですが、クラウス殿はそんなことまでお出来になるのですか?」

「所詮は我流の門外漢ですが、一応の心得だけはあるので。ああでも、期待はしないで下さい。僕は見ての通りの若輩者、ですから」

 気休め程度のもの、とお考え下さい。わざとおどけて濃緑の目を片方瞑って見せる様に、良く言う、とクラウスの正面に座るヴォルフラムが忌々し気に呟く。笑顔のままするりと動かすクラウスの指先から、凝縮された風の弾が放たれる。痛めた鼻柱にばちりと当たったそれにぐ、と呻くヴォルフラムをギーベルが暢気にけらけらと笑う。

「そういうことでしたら、我が家の下男をひとり、お連れ下さい。クラウス殿ほどではありませんが、当家で唯一魔法の心得がある者ですので」

 ゴルドルフが食卓に置かれた呼び鈴を鳴らすと、食堂の外で待機していたか、昨夜クラウス達を出迎えた老僕がすぐさま現れた。ゴルドルフから耳打ちされた老僕は、三人に向かって丁寧な礼をして食堂から去って行く。椅子に座り直したクラウスがコーヒーを飲み終えた頃、食堂の扉がこつこつと叩かれた。

 老僕の背後に、二十そこそこ、ヴォルフラムと同じくらいの年齢と見える青年が立っていた。昨夜、ガイストが現れた夜の町に出向くクラウスのため、屋敷の正面扉を開けた青年だった。一礼して食堂に足を踏み入れた彼を指して、この者は、ゴルドルフが紹介する。

「当家で下働きをしている、ギュンターと申します。元はマルグリットと同じ孤児院にて養育されていた者ですが、マルグリットがどうしてもとせがむもので、下男として雇い入れた次第です」

「ギュンターです。普段は町での雑用や力仕事、お屋敷の草木の手入れなどをさせて頂いています」

「昨夜も少しだけですが、顔を合わせましたね。僕はクラウス、こっちの仏頂面で顔が怖いのがヴォルフラムで、まだ食べ足りないって顔してるのがギーベルです」

「聞き及んでおります。そちらのヴォルフラム様は、ガイストと戦われたとか。お強いのですね」

「でかい図体は飾りじゃない腕っぷしだけが取り柄の男ですので。――ところで、マルグリットお嬢様とギュンター殿が孤児院に居た、とは?」

 クラウスの憎まれ口にまたも顔を険しくさせるヴォルフラムを無視して、引っ掛かりを覚えた言葉に言及すれば、ああ、とゴルドルフは今気付いたと言わんばかりの声を上げる。

「そう言えばお話していませんでしたね。マルグリットは、私の実の娘ではないのです。私には子がおりませんので、孤児院で養育されていたマルグリットを養子として迎え入れたのです」

「……マルグリットお嬢様が、生まれつき目が見えない、と分かっていた上で、ですか?」

「目が見えずとも、あの娘は我が家名を背負うに相応しい娘であると、初めて会った時にそう直感したゆえです。――酔狂、と思われますか?」

「いいえ。人徳あるご領主様なればこその善行であると思います」

 にっこりと答えたクラウスにどこか満足げな笑みを返したゴルドルフは、大した持て成しも出来ませんが、どうかお好きなだけ当家にお泊り下さい、昨夜と同じ魅力的な申し出を口にし、老僕と共に食堂を去って行った。すっかり高くなった陽射しが差し込む居心地のいい食堂の空気にほだされたか、険しい顔を少しだけ和らげたヴォルフラムがくわりと欠伸をする。

「俺は寝る。気絶じゃ寝た気にならねぇ」

「じゃあ俺は、この屋敷の周りを見てみる。まだ上手く言えないんだけど、なんか嫌な感じがするんだよな、ここら辺」

「それじゃあ僕は、ギュンター殿と町のほうを回って見てから休むとしようか。どっかの誰かさんじゃないけど、野宿の仮眠じゃ寝た気にならなかったからね」

 相変わらずの減らず口にヴォルフラムが反応する前にと、クラウスは席を立つ。食堂の入り口で所在なげに佇むギュンターはやはり、クラウスより頭半分以上背の高いヴォルフラムと負けず劣らずの長身だ。力仕事をしているだけあって、下男用のお仕着せのシャツが窮屈そうに見えるほど、体に厚みがある。短く切った黒髪に深い茶の目を持つギュンターの肩を叩き、じゃあ行こうか、クラウスは食堂から一歩を踏み出した。

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