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魔法使いの旅  作者: 斎藤充
第1章
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1

 乾いた街道をがらがらと車輪を鳴らしながら走る、一頭立ての馬車がひとつ。街道の周囲に視界を遮るようなものはなく、無人の荒野の見晴らしの良さは寒々しくさえある。

 遠くからの地響きを最初に捉えたのはギーベルだった。立ち止まり、今はまだ豆粒ほどでしかない馬車のほうに向かって首を巡らせる彼の幼さ残る金緑の眼は、不思議に静かにそれに定まっている。

 ギーベルから数瞬遅れて同じく立ち止まったヴォルフラムは、不機嫌そうな顔で前方を歩く少年に、おい、と声をかける。ざわり吹いた風に伸びるに任せた長い前髪を乱されて、一瞬ヴォルフラムの視界は灰銀に覆われる。煩そうに手で払い開けた先では、それまで悠々と街道の真ん中を歩いていた少年が、後ろ向きに脇へと避ける。

 吹き付ける風に煽られそうになるつば広の帽子を片手で抑え、ギーベル、注意を促す少年の声は、年に見合わない落ち着きを感じさせる。慌てて街道の端に移動するギーベルに倣い、ヴォルフラムも一歩二歩と後退する。その間にもがらがらと車輪の音は大きさを増して、馬車は馬の鼻面を拝めるほどに近付いていた。

 どうしたって悪目立ちするつば広の帽子を脱ぎ、大きく左右に振って合図を送る少年に気付いたか、馬車は三人の前で止まる。御者台に座っていたのは取り立てて特徴のない、強いて云うなら突き出た腹がいささか苦しそうな中年の男だった。

 なんだと言いたげに不審がる御者の目付きに人好きのする笑みで応えて、かざした帽子を胸元に、クラウスはぺこりと頭を下げる。

「こんにちは。僕たち、この先にある町に向かっているんですが、道、合っていますか?」

「ん? ああ、ここら辺のご領主様が居なさる町のことなら、この街道沿いで合ってるぞ」

「それは良かった。ところで、町まではあとどのくらいありますか?」

「こっからだと、徒歩なら日暮れ頃には着くだろうなあ。馬車なら、半時もすれば町の入り口が見えんだろうが」

 言葉を切った御者は手振りで幌を張った荷台を示す。そちらへ顔を向けたクラウスを押しのけるように、ぐいと身を乗り出したギーベルは、どことなく浮かない顔付きで荷物の間に隠れるように身を小さくしている乗客の姿を捉えた。

 急に現れた金緑色の髪と目を持つ少年の姿に、警戒心と物珍しさがあいまった彼ら彼女らの視線が集まる。老若男女様々の乗客は五、六人ほどか。積み荷があるとはいえ、車の大きさから考えれば余裕はありそうに見えるが、荷を引く馬は一頭だけだ。

 この馬車では、これが限界なのだろう。御者の言わんとするところを察したクラウスは、今度は馬へと興味の対象を変えたギーベルを引き剥がす。

「お呼び止めしてしまって、すみませんでした」

「いやいや。そっちこそ、日暮れまでに町に着けると良いな。なんせ夜になりゃ、アレ、だからよ」

「心得ています。なに、若いだけが取り柄ですから、その時はその時、なんとかして見せますよ」

 阿るような愛想笑いのクラウスに、おう、そうかい、応えて御者は小気味良く手綱を鳴らす。再び並足で駆け出す馬に繋がれた荷台の、ごろごろとした車輪の響きに紛れるように、なにが若いだ、小声で呟くヴォルフラムへ、クラウスは向き直る。

「見た目相応の身体能力を持っているんだから、若い、で良いじゃないか」

「屁理屈だけは年相応だよな、お前は」

「口下手で愛想のない社交嫌いのきみには、到底真似できない芸当だろう?」

「小細工ひとつで得意になってんじゃねえよ。虫唾が走る」

 片や不機嫌、片や上機嫌のふたりの静かな攻防に終止符を打ったのは、ギーベルの弾む声だった。なあなあ、とクラウスが纏う黒革のマントを掴んで注意を引く様は、外見通り、否、それよりも幼くあどけない。

「今のって、馬車、ってやつだろ? あの四本足のが馬ってので、あいつひとりだけであんなでかいもん引っ張ってんだろ? すっごいなあ!」

「ギーベルは馬車も馬も、見るのははじめてだったのかい?」

「うん、多分そう。でかい上に逞しかったなあ、あの馬ってやつ。戦ったらどんだけ強いんだろうなあ」

「あの馬は家畜化されてるから、ギーベルと戦えるかはちょっと難しいところだね」

「あんな馬ごときでよくもそうはしゃげるな。しかも戦いたいなんざ、馬鹿の極みだな」

 小馬鹿にした調子のヴォルフラムに、ギーベルがき、と眦の尖った目を吊り上げる。折角の楽しい気分に水を差されたと、全身で不満を訴えるギーベルの肩を叩き、クラウスは、またしても点と化してしまった馬車が見える街道の先を示す。無駄話はそのくらいにして。ふたりを取りなすクラウスの心には、傾きはじめた陽の光があった。

 昼間は昼間で危険があるが、夜になってしまえばその危険度は跳ね上がる。それに、野宿は御免蒙りたい。目的の場所までの道のりが分かっている以上、ぐずぐずしている暇はない。

 まあ先ずは、落ち着けるところに向かおうじゃないか。帽子を被り直し重たいマントをひるがえし、クラウスは乾いた街道に足を踏み出した。

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