黒い洋菓子はどんなもの?(タマゲッターハウス:現実世界恋愛の怪)
このお話は『小説を読もう!』『小説家になろう』の全20ジャンルに1話ずつ投稿する短編連作です。
舞台や登場人物は別ですが、全ての話に化け猫屋敷?が登場します。
黒い洋館風の喫茶店に入った高校生カップルのお話です。
藤乃 澄乃様主催『冬のキラキラ恋彩企画』参加作品です。
既設の小説『チワワ系の女学生』の登場人物が出ますが、前作を知らなくてもお楽しみいただけます。
「あ、須藤先輩。見てください。あれ」
須藤淳一は池和田真菜実が指さした方を見た。
そこでは作業服の男性が街路樹に何かを巻き付けている。
「へぇ……クリスマス飾りの準備か。ここの通りにもイルミネーションができるんだね」
「そうなんですよ。夜になったらすごくきれいなんですよ。先輩と一緒に歩きたいなぁ」
「そうだね。マナちゃん。どっかで時間を合わせられるかな」
淳一は大学受験前なので、あまりデートの時間もとれない。
クリスマスの日には二人とも他の用事があって会うのは難しそうだ。
それで今日は少し早めのクリスマスデートをすることになったのだ。
真菜実の案内で、町はずれの喫茶店にやってきた。
レンガ壁の古風な外観が目をひく。
窓枠や扉は黒く塗られており、魔法使いの館のような印象を受ける。
淳一には初めての店だが、真菜実は何度か来たことがあるそうだ。
店の中もレトロな造りになっており、静かなクラシック音楽がかかっている。
あちこちに猫のオブジェが飾られている。
「へえ、いい雰囲気の場所だね。マナちゃん、こんなところをよく知ってたね」
「クラスメイトの子に教えてもらったんです。この店、猫屋敷をイメージしているらしいですよ。ほら、こういう感じです」
真菜実の指した方向にジオラマのような洋館の模型が飾られていた。
クリスマスを意識したのか、屋敷を取り囲むようにLEDによるイルミネーションが点滅している。
屋敷の周りには服をきた二本足の猫の人形がいくつも立っている。
「このお店のおすすめはケーキセットですよ。組み合わせはこういうのがありま……あれ?」
真菜実はメニューを見せながら、好みのケーキを説明していたが、その手が止まった。
「お姉さん、このクリスマス限定の黒猫ケーキって何ですか?」
真奈美は近くにいた店員さんにきいた。
店の雰囲気に合わせたのかゴシックロリータ調の制服だ。
その店員さんは真奈美とも顔なじみになっているようだ。
「この黒猫ケーキは特製のチョコケーキですよ。最近この近くでできた洋菓子屋さんに特別に作ってもらっているんです」
「え? あそこのチョコ菓子って、すごく並ばないと買えないんですよね。このケーキ、2つありますか」
「ごめんなさいね。真奈美ちゃん。そのケーキは今日はあと1つしか残ってないの」
「そうなんですか。どうしよー」
真奈美はメニューのケーキの写真を見ながら迷っているようだ。
淳一は少し笑って声をかける。
「せっかくだから、そのケーキはマナちゃんが注文しなよ。僕はクリスマスらしく、イチゴのショートケーキにするよ。黒と白のケーキでふたりで半分こしてもいいんだし」
「あ、そうですね。そうしましょう。お姉さん、ショートケーキと黒猫ケーキのセットをお願いします」
淳一はショートケーキとコーヒー、真菜実は黒猫のチョコレートケーキと紅茶を注文した。
届くのを待っている間、ふたりは近況を交換し合った。
ふたりとも別の高校に通っており、校風も違っているようだった。
「クラスメイトの女の子が自慢げに言ってたんです。『クリスマスにチキンを食べるのは邪道だって知ってた? うちはちゃんと七面鳥を焼くんだよ』って」
「クリスマスにチキンを食べてるのは、もしかすると日本が一番かもね。でも七面鳥をクリスマスに食べるのはヨーロッパの古い伝統じゃなくて、アメリカ発祥なんだ」
「そうなんですか?」
「ヨーロッパからアメリカに移住した人たちが飢えに苦しんでいた時、原住民から七面鳥をもらった上に捕まえ方なども教わったんだ。だから原住民への感謝祭で七面鳥を食べるようになって、クリスマスにも食べるようになったんだよ。日本では七面鳥はなかなか手に入らないから、チキンを食べるのが増えたかな」
真菜実が「へー……知らなかったです」と感心していた。
そこへ店員のお姉さんがトレーにケーキと飲み物をのせて運んできた。
「お待たせいたしました。限定黒猫ケーキのセットとイチゴのショートケッキのセットでございます」
黒猫ケーキは丸いケーキに猫耳型のチョコが乗っている。
「うわぁ、可愛いです。食べるのがもったいないですね。っていうか、フォークが刺しづらいです」
真奈美はスマートフォンを取り出してケーキの写真を撮った。
「マナちゃん。確かにその形でフォークの刺すのはちょっと困るよね。先に耳のところのチョコを食べてしまえばいいんじゃない」
「あ、そうですね。そうします。あ、先輩もおひとつどうぞ」
淳一はチョコを1枚もらった。話題の洋菓子屋のものらしく、濃厚な味わいだ。
「じゃあ、代わりにこっちのイチゴをあげる。あ、そうだ。忘れないうちにこれ、クリスマスプレゼント」
淳一は紙の手提げ袋を真奈美に渡した。
袋の覆いを取ると、小さな籐のバスケットに入った花のブーケだった。
白いラナンキュラスの花に赤いバラが合わせられていた。
「わぁ……とてもきれいですね。それにいい匂いです。先輩、ありがとうございます」
真奈美は嬉しそうに言った。
「暖かくなったら、またあの牧場にいきたいですね」
夏にふたりでデートをした牧場では、美しい花々が咲き誇っていた。
特に風に揺れるラベンダーの花が印象的だった。
「じゃあ、私からも。お姉さーん。あれ、用意できてますか?」
「はい。こちらに」
店員のお姉さんが黒くて四角い小さな箱を持ってきた。
この喫茶店の黒猫マークがついている。
箱を受け取った淳一は少し首を傾げた。予想より少し重かったようだ。
「なんだろう。マナちゃん。開けていい?」
「ええ、どうぞどうぞ」
箱を開けると水晶玉のようなものが入っている。
淳一は中のものを取り出してテーブルに置いた。
透明な玉のなかで、キラキラ光る雪が降っている。
中には雪景色の世界があった。
「スノードームか……きれいだね」
「でしょ。でしょう。よくできてますよねっ」
「これ、真奈美ちゃんの手作りなんですよ。雪ダルマと木も頑張って作っていましたよ」
店員のお姉さんが補足した。
「へへへ……。ここの店長さんに道具一式を貸してもらって、作り方を教えてもらったんですよ。店長さん、小さい猫の人形をいっぱい持ってて、『これも使っていいよ』って言ってくれたんです。でもクリスマスっぽくしたかったので、自分で雪ダルマとか作りました」
「すごいね。上手にできているよ」
それから、真奈美はスノードームの作った時の苦労話をはじめた。
丸い容器の中に粘性のある透明の液体が入っているらしい。
アルミ箔の小さな粒がたくさん入っていて、揺らすと容器の中で舞い上がり、雪のようにゆっくりと降りてくる。
中の雪ダルマと木は、グルーガンという道具で作ったらしい。
グルーガンとはピストルの形の道具に棒状の樹脂をつけて、熱で溶かすもののようだ。
本来は接着剤として使うものだが、これで人形を作ることもできるのだとか。
「へぇ……。とても頑張ったんだね。マナちゃん」
「あの、須藤先輩。前から思ってたんですけど、その『マナちゃん』って呼び方を変えません? なんか子供っぽくって」
「そう? じゃあ、あだ名でチワワちゃんとか……」
「いやですよぉ。チワワちゃんはやめてください。もう、名前の呼び捨てでいいじゃないですか。真奈美って呼んでくださいよ」
「えー……。だってマナちゃんも僕のことを名字で呼んでるじゃない。僕のことも名前で呼んでくれていいんだよ」
「あぅ……。えーと、淳一……さん?」
「……真奈美」
「…………」
「…………」
ほほを染めてうつむいた二人を、店内に飾られた猫のオブジェたちが生暖かく見守っていた。
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