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第八話 婚約者の印象

 

(──長い、一日だったわ)


 和やかな夕食が終わり、寝室に帰るとほっと息をつく。

 侯爵家を出て馬車の旅を終え、廃墟じみた公爵邸に迎えられ……。

 屋敷に来てからひと眠りしたというのに、すぐにでも眠れそうなほど疲れていた。


「お疲れさまでした、お嬢様」

「ありがとう。シェン」


 シェンの淹れてくれたお茶を呑むと、身体から力が抜けていく。

 まだ来たばかりの部屋だけれど、よく見知った相手だけの空間は落ち着くものだ。


「シェン。ありがとう」

「え?」

「ほんとはね。不安だったの。あなたがついて来てくれて、その……嬉しいわ」

(う。ちょっとらしくもないこと言っちゃったかしら……)



 気を遣わせてしまうかもしれない。そう思って顔を上げると、シェンの表情はじわじわと綻び、ぱぁ、と弾けるような笑みを浮かべた。


「はいっ! 私もお嬢様にお仕え出来て幸せです!」

「あ、ありがとう。だからその……今日もいい?」

「うふふ。はい!」


 シェンは嬉しそうにわたしのところへやってきて、ちょこん、と膝の上に座る。

 小柄な彼女の、ぴょこぴょこ動く耳の縁を触ると、「わふぅん」とシェンが鳴いた。


「お嬢様、相変わらず撫でるのうますぎですぅ……」

「そうかしら?」

「そうですよ……こんなの、犬の亜人みんな堕ちますよ……」

「シェン以外に浮気はしないわ?」

「えへへ。嬉しいです……」


 不安になった時、辛い時、こうしてシェンを愛でるのがわたしの心の癒しだった。ふさふさの尻尾が頬に当たる感触も、実はかなり気に入っている。


「シェン。あなたは公爵様のことどう思った?」

「んー……悪い匂いはしませんでした」

「そうよね?」


『ブタ公爵』と名高い彼に付くさまざまな悪名。

 婚約者が逃げ出したとか、好色家だとか、暴虐無人だとか。

 色々と悪い噂は聞いているけれど、全部嘘なんじゃないかと思う。


(まぁ、好色家という噂は本当かもだけど……女慣れしてる感じあるし)


 公爵となればその権力だけで寄ってくる者も多いだろうし。


「これ、内緒だって言われたんですけど……」

「ん?」

「実は公爵様に、お嬢様の好きなものを聞かれたんです」

「……あ、だから砂鶏のラグーが出てきたのね?」

「はい」


 わたしが寝ている時の話だ。

 屋敷を案内してもらっていたシェンは公爵様からわたしの好きなものを聞かれたらしい。驚かせたいから内緒だ、と念押しされていたようだけど。


『そうなのかい? 偶然だね。良かった』

(何が偶然よ……自分で聞いたんじゃない)


 わたしは公爵様の言葉を思い出して苦笑した。

 あんな風に隠さなくても普通に教えてくれればいいのに。


(でも……悪い気はしないわね)


 わたしのことを考えて気遣ってくれる。

 ただそれだけのことだけど、お父様や王子にはなかった優しさだ。

 好色家の真実味が増してしまうが、嬉しいことは嬉しいのだから仕方ない。


(しばらくは寝室が別という話だったけど……今後は同じ部屋になる時もあるだろうし)


 初日から手を出さないのはちょっとだけ意外だった。

 正式に婚約者になったのだし、あの人には手を出す権利があると思うけど。


(ふふ。なんだかおもしろいわ。不思議な人)


 ハッキリ言って外見は豚公爵と呼ばれてもおかしくはない。

 だけど、丁寧な物腰とわたしに見せる気遣いは紳士的で──

 かと思えば好色家らしい女慣れしている感じもある。


(せめてあの人の足手まといにはならないようにしないと、ね)


「シェン。明日は一緒に掃除しましょうね」

「わふぅん……」


 犬耳を触っていると犬っぽくなるシェンに笑みをこぼしつつ。

 わたしは寝る準備をしてから眠りについた。


 今日はなんだか、いい夢が見られそうな気がした。




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