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第三十九話 父の危篤

 

「お父様が、危篤……?」


 わたしはフィオナの言葉を繰り返した。

 危篤、危篤、危篤……反響する言葉の意味を噛みしめる。


「どうして……」

「理由なんて後でいいですから! 今は行きましょう? ね?」


 フィオナが焦った様子でわたしを引っ張ってくる。

 本当ならわたしもこの子と同じ気持ちになっているはずだけれど。


(……そう、危篤なの)


 正直なところ、わたしの心はあまり動かなかった。




「……わたしは、行かないわ」




 妹の手を振り払うと、フィオナもアルも目を見開いた。

 そんなに驚くことだろうか?


 冷たく当たられたことは数知れず……

 わたしの名前すら呼ばない父の危篤にわざわざ出向く必要があると?


「フィオナ。あなただけで行って。そのほうが『あの人』も喜ぶでしょう」

「お姉様……!?」

「わたしは行かない……行きたくないわ」


 フィオナの泣きそうな目から肘を抱いて目を逸らす。

 そんな顔をされても、困る。


 だってわたしはあなたと違って愛されなかった。

 あの時、確かにわたしは聞いたのだ。


『幸い、我が家にはフィオナがいる。お前よりもよっぽど愛想が良くて、可愛らしい子だ。あの子の婿を探して侯爵家の跡継ぎにすればいい』


 わたしは要らない子であると。

 フィオナが居るから、わたしなんて借金のカタに売ってもいいと。


「ベティ」

「アルが何を言っても、わたしは行きません」


 わたしはアルの裾を掴んだ。


「あの人はわたしを売り飛ばした。相手がアルだったから良かったけれど……もしも変な趣味を持っている人だったらどうしますか? 冤罪で嵌められたわたしに、あの人は見向きもしなかった! ただ道具みたいに扱って、要らなくなったらポイって……そんなの、あんまりじゃありませんか!」

「……そうだね。君の言う通りだと思う」


 アルはわたしの両肩に手を置いた。


「でもね、ベティ。それでも君は行った方がいい。後悔するよ」


 わたしは弾かれるように顔を上げた。


「アルまで……わたしの味方を、してくれないのですか?」


 思わず振り払おうとしたわたしをアルは力強く掴む。

 彼の瞳は、プロポーズしてくれた時のように真剣だった。


「ベティ。聞いて」

「いやです。わたしは……」

「ベティ!」


 突然の大声にわたしはびくりと肩が震えてしまった。

 ゆっくりとアルのほうに目を向けると、彼は優しい瞳で言った。


「大きな声を出してごめん。でもね、聞いてほしいんだ」

「何をですか……あの人は、わたしを借金のカタに……」

「ベティ。よく聞いて」


 アルは一拍の間を置いて言った。







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 わたしは思わず硬直する。

 そして、ずっと目を逸らしていた事実を突きつけられた。


「断言する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ずっと違和感があった。

 公爵城の荒廃具合とわたしの支度金を用意する公爵のギャップに。

 だけど、『公爵だから』そういうものだろうと思い込んでいた。


「そんな……」


 愕然と息を呑んだわたしは震える唇を動かした。


「で、でも、アルは、公爵で」

「そう。見栄のために花嫁を貰う必要があったと言ったね。でも、僕にそんなお金があったら間違いなく領地のために使ってるよ? そのほうが領民も潤うだろうし」

「……それは、そうですけど」


 大前提がひっくり返されたような気分だった。


 ──わたしは、売られていない?

 ──じゃあ、アルはどうしてわたしと婚約を?


 疑問を込めて見上げると、アルはフィオナを見た。


「君のことはヘンリックに頼まれていたんだ。どうか守ってほしいって。実は娼館で会っていたのもヘンリックなんだよ」

「……そんな、あの人は、そんなこと」

「お姉様」


 それまで黙っていたフィオナが進み出た。

 泣きそうに瞳を潤ませた妹は胸の前で手を組んで言う。


「お姉様が居なくなってから……お父様との食事は、いつもお姉様のことばかりでした」

「え?」

「お姉様は元気にしているのか、お姉様は困っていないのか、アルフォンス様に無理強いされていないのか、それから……毎日毎日、郵便を待って……オルロー公爵領の復興を聞いて、喜んでいました」

「……うそ」

「嘘じゃありません」


 嘘よ、だって、そんなの。


「『さすがは私の娘だ』、『アリアの血だな。誇らしい』、『フィオナはいい姉を持ったな』……いつもそう言って。私が恥ずかしくなるくらいの親バカで……だから、お願いですから」


 フィオナはわたしの胸に抱き着いて来た。


「一緒に、来てください。お姉様……!」

「…………フィオナ」


 ──本当のことなんだろうか。


 わたしは愛する妹の言葉に、いまいち確信を持てずにいた。

 最後に話したお父様の冷たい言葉は、それほどわたしの心に傷跡を残していて……。


「ベティ。思い出して。君が知る、幼い頃の父を……それが、彼の本当の姿だよ」

「幼い頃の……」


 わたしが小さい頃。まだお母様が生きていた頃。


『ベティ。お前は大きくなったらお母さんのようになるんだぞ』

『すごいな、ベティ! この年でもう計算が出来るのか! 私の娘は天才だ!』

『誕生日おめでとう、ベティ。お前は私の誇りだ……いつまでも、健やかに』


「……っ」


 あぁ、そうだ。

 あの人はとんでもない親バカで、いつもお母様に叱られて。


「わたし、は」


 過去の記憶がわたしのトラウマを傷跡を塗りつぶす。

 わたしが躊躇っている鎖を、それ以上の光が焼き尽くしていく。


「…………っ、お父様」


 もう一度だけ、信じてみよう。

 これが最後になるなら、本当のことを聞きたい。


 ──どうして、父が変わってしまったのかを。




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