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第四話 孤独な未来

 


 オルロー公爵との婚約を受けたわたしは嫁入りの準備をしていた。

 フィオナが居るとお父様の目が厳しいから、彼女は家庭教師とレッスンの最中だ。わたしは侍女たちと一緒に荷物を選別し、用意していたのだけど……。


「ベアトリーチェ。話がある」

「お父様?」


 突然部屋にお父様がやってきた。

 要らない子供呼ばわりされたわたしに会いに来たことに驚いたけど、ほんのちょっぴり期待した。もしかして去り行く娘に父親として何か言ってくれるんじゃないかと。


「侯爵家からお前に侍女はつけない。それを伝えておこうと思ってな」

「え」

「話は以上だ。では仕事に戻る。私はお前と違って暇ではないのだ」

「……」


 浮きかけた心はどん底に叩き落とされた。


(侍女を、つけない?)


(じゃあわたしは見知らぬ土地で、誰も頼ることなく)


(たった一人で、公爵家の元に行けっていうの?)


 想像すると顔から血の気が引いてしまい、わたしは慌てて、


「お父様、侍女の一人もつけないというのは侯爵家の威厳に関わります。せめて誰か一人ぐらいは……」

「黙れ。侍女を雇うにも金が要るんだ。貴様が大量の借金を抱えなければ……それとも、貴様は侍女に給料を払えるのか?」

(それを言われてしまうと困るのよね……)


 わたしは周りの侍女を見るけれど、侍女たちは気まずげに目を逸らした。

 それはそうだ。彼女たちも労働者。

 給料が払えない貴族についていくほどお人好しではない。


(……やっぱり、この世はお金がすべてね)


「……分かりました」


 わたしは嘆息して通告を受け入れるしかなかった。

 そして再び荷造りに戻ろうとして──


 背筋に悪寒が走った。

 黒い何かが床でもぞもぞと動いたのだ。


「きゃっ!? だ、だだだだだだだ誰か、取って、アレ、取って!!」

「お嬢様、お下がりください!」

「いや、なんか飛んで、いやぁああああああああ!」

「何かあったんですか? あ、お客様ですね。お帰り願いましょう」


 その時、一人の侍女が廊下からやってきて、黒いお客様にお帰りいただいた。

 窓の向こうに消えた招かれざる来客を見届けて、わたしはホッと息をつく。


「あ、ありがとう……シェン。助かったわ」

「いえいえ、この程度」


 照れる侍女に、しかし、同僚たちの目は冷ややかだ。


「シェン、あっちに行ってもらえる? お嬢様は忙しいの」

「そうよ。獣臭いのが移るわ」

「……分かりました」


 とぼとぼと去って行くシェン。

 彼女の頭には犬耳が生え、腰からは尻尾が生えていた。

 侍女たちの間にはびこる亜人差別に、わたしはムッとして、


「あなた達。わたしの前でシェンを虐めるとは良い度胸ね?」

「い、いえ、だってお嬢様……彼女は亜人ですよ?」

「だからどうしたの。可愛いじゃない」

「……も、申し訳ありませんでした」

「謝るのはわたしじゃなくてシェンじゃないの? もう荷造りはいいわ。わたし一人でやるから、あなたたちはシェンに謝ってきなさい。いいわね」

「…………はい。行ってきます」


 侍女たちは廊下に消えると、囁き声が聞こえた。


「お嬢様って、亜人好きの変人よね。お金にがめついし、婚約破棄されたのも無理はないわ」

「しっ、聞こえるわよ」

「別にいいわ。明日には出て行くんだし。むしろ早く消えてくれないかしら」


 当主から追放まがいの扱いを受け、婚約破棄を受けた女。

 子爵家や男爵家といった貴族出身の侍女たちにとって、わたしは敬うに値しない女なのだろう。女としての価値でいえば、わたしの価値は相当に低い。ただ……


(そのお金にがめつい女から喜んでボーナスを受け取っていたのは誰かしらね)


 わたしは負けじと内心で悪態をついて、作業に戻る。

 誰も居なくなった部屋は寂しく、枕に顔を押し付けて、少しだけ泣いた。




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