第三十三話 その背中の行方は
「このタイミングで召喚状……誰かわたしたちを監視してるのかしら」
「伯母上のことだからね。僕たちの行動を読み切ってもおかしくはない」
それにしても、ジェレミー殿下の遺体発見現場を調査し終えた時である。
いくらなんでも都合が良すぎると思うのだが、確かにあの王妃なら……。
(いえ。まず優先すべきはそこじゃないわね)
「アル、召喚状にはなんて書いてあるんです?」
「ちょっと待ってね」
アルはナイフで丁寧に王妃からの手紙を開ける。
そして眉間に深く皺を刻んでわたしに渡してきた。
『三日後。お互いのことについて話しましょう。婚約者も連れて来てね』
貴族らしい美辞麗句は何も書かれていない。
ただ端的に用件を述べているだけの手紙にわたしは寒気がした。
──『知らないことが恐怖になる』
わたしがドラン男爵に使った方法と同じだ。
王妃の目的も不明。意図も不明。
こちらの首根っこを掴んでいる状態でやられると相当に怖い。
「三日の猶予を与えているところが逆に怖いよね」
アルが苦笑した。
「その間に何をしても構わない。それでも自分が優位に立てると確信している」
「外交を任されているせいか、あの人は国内外に太いパイプを持ってますからね」
(本当にどうしたものかしらね……)
王妃にジェレミー暗殺の容疑をかけてみる?
ナンセンスだ。オルロー公爵領で死んでいる以上、言い訳にしか取られない。
彼女の弱みを探す?
弱みなんてないし、見つからない。
だからこそジョゼフィーヌ王妃は怖いのだ。
「せめて王妃のことを少しでも知れたら……」
「そうですね。私達ももう少し時間を貰えるなら公爵領の無実を証明してみせます」
ジェレミー殿下に使われている毒の成分の解析。
凶器に使われていた武器から公爵領じゃないと証明する手立て。
なかなか厳しいけれど、わたしたちにはそれくらいしか出来ない。
「……分かった。なら少しでも時間を稼いでみる」
アルが一同に告げる。
「それでも稼げるのはせいぜい二日だ。それまで各々やれることをやろう」
◆◇◆◇
というわけで、わたしは事件現場に来ていた。
既にジェレミー殿下の遺体は回収され、黒ずんだ地面の周りは縄で囲まれている。
(これを見るに、殿下は路地裏から大通りに行こうとしていたみたいだけど……)
ジェレミー殿下が倒れていたのは大通りに向けてということだった。
もしかしたら彼は、王妃側の思惑に気付いて逃げていたのかもしれない。
実の息子なのだし、ジョゼフィーヌ王妃の冷酷さは誰よりも知っているだろう。
【お前を連れ帰らないと母上に殺される……! だから俺と来い! 大好きな金勘定でもなんでもさせてやる。俺を男と見なければそれでもいい。だがそれでも来い。三年前、僕と婚約した時からお前は母上のモノなんだよ……お前なんかが逆らえる相手じゃないんだ!】
あの時、彼は確かにそう言っていた。
(もしもわたしたちに勝機があるとすれば、この言葉だけ……)
あんなにも嫌っていた殿下の言葉が希望となるなんて、何という皮肉だろう。
心の底から嫌いだったけど、もしかしたら、あの人も親に苦しめられた被害者だったのかも。
「……いえ、良くないわね。こんな感傷的なのは」
「お嬢様、そろそろ夜も更けます。さすがに外を出歩くのは……」
「分かっているわ」
護衛の人たちが守ってくれているとはいえ、人死にが出た日の夜だ。
わたしはシェンの言葉に大人しく従って公爵城に帰ることにした。
車窓から覗く街並みは先日のお出かけと打って変わって静まり返っている。
公爵領は長らくこういったことがなかったから、人々は不安なのだろう。
(一刻も早くなんとかしないと)
そんなことを決意したわたしだったけど──
「え?」
車窓から見えた者に、わたしは目を見開いた。
「止めて!」
「お嬢様?」
馬車が嘶きと共に停止し、わたしは窓からじっとそこを見る。
大通りから一歩外れた、路地裏にあるお店。
色街通りと呼ばれているのは公爵城下における風俗街だ。
もちろんわたしもこういった場所の必要性は知っているし、否定する気もない。
だけど、そのお店の前に見えた人が問題だった。
(もう、いないけど……)
お店の前は薄蒼の光に照らされて静まり返ってる。
だけど。
あそこにいたのは、確かに。
「アル、なの……?」