第二十九話 勝利と告白
アルフォンス様が微笑んだ瞬間、わたしの肩から力が抜けた。
思わず倒れ込みそうになった身体を支えられて顔が熱くなる。
「それで、こんなところで何をしているんだい、従弟殿」
「アル、フォンス……」
「僕の婚約者に何をしているのかと聞いている」
アルフォンス様は見たことがないほどに怒っていた。
激しく怒気を纏う彼は魔獣に向かい立つ戦士のようだ。
ふくよかな身体が今は逆に頼もしく、わたしは安心して身体を預けた。
「そいつを寄越せ。アルフォンス……それは俺のものだ」
「ベティは物ではない。お引き取りを」
「うるさい! 貴様だって母上の恐ろしさを知ってるだろう!」
「それはそちらの都合だろう? 僕たちには何の関係もない」
アルフォンス様は静かに手を挙げた。
その瞬間、門衛が呼び出した公爵領の騎士団が、ジェレミーを取り囲む。
「これ以上、僕たちに近付くなら……無理やり連れ出さねばね」
屈強な騎士団の包囲を突破するのは誰であろうと無理だ。
騎士団の面子を見回したジェレミーは忌々しげに毒づいた。
「汚らわしい獣共が……」
「頼もしいの間違いだろう。僕は彼らに全幅の信頼を置いている」
亜人を下に見たジェレミーに刺すような視線。
それとは逆に、アルフォンス様の信頼に応えた彼らの熱が伝わってくる。
「お、俺は王子だぞ。この俺に手を出してタダで済むと思うのか!」
「思う。なぜなら君は致命的な間違いを犯したからだ」
そう言ってアルフォンス様が取り出したのは小型の魔道具だった。
水晶を基盤とした箱で、確か──
「録音水晶……?」
「うん。聞いてて」
アルフォンス様がボタンを押すと、
【お前を連れ帰らないと母上に殺される……! だから俺と来い! 大好きな金勘定でもなんでもさせてやる。俺を男と見なければそれでもいい。だがそれでも来い。三年前、僕と婚約した時からお前は母上のモノなんだよ……お前なんかが逆らえる相手じゃないんだ!】
ジェレミーの顔から血の気が引いていく。
【公爵領を任されながら落ちるところまで落ちたクズ。こんなボロい城に住んでるのに、あんなに太ってるなんてな。領民から巻き上げた税金で贅沢でもしてるんじゃないか? あんな奴より、俺のほうが容姿もいいし、立場もあるし、側妃になったらいくらでも贅沢させてやれるぜ? なぁ、あんなデブより俺にしとけよ】
それは間違いなく、ジェレミー自身の言葉で、彼の肉声だった。
再生を止めたアルフォンス様が試すようにジェレミーに言った。
「もしもこれを社交界で流せば……」
びくびく!とジェレミーの肩が震えあがる。
「お母上の耳に入れば、あなたはどうなるかな……?」
「わ、分かった! 帰る! 帰るから! それだけは、どうか……!」
「いやいや、タダで帰るってそりゃあないだろう。ねぇ、ベティ?」
悪い顔で振り返ったアルフォンス様に、わたしも思わず笑みがこぼれた。
「さようでございますわね。あんなにわたしたちを罵倒してくれたんですから、慰謝料を貰いませんと」
「で、いくらかな?」
「もちろん、今後わたしたちの関係がこれ以上悪化しないような金額……ですわ」
半端な額を払ったら分かっているんだろうな。とわたしは笑みを浮かべる。
実をいえば商会との取引においてこれ以上怖い言葉はない。
金額を間違えたが最後、商会の命運が尽きることもざらだ。
「~~~~っ、分かった、五百万ゼリルだ。それで手を打て!」
以前のわたしが婚約の際に支払った金額である。
まぁこの金額なら悪くはない……かな。ちょっと足りない気もするけど。
「もういいだろう。こいつらをどけろ!」
騎士団が道を空けると、ジェレミーは去って行った。
しきりに周りを気にして、何かから逃げるように。
「……さて、ベティ。君に謝らなければならないことがある」
「はい?」
「……君を助けるのが遅れてしまったことだ。あの録音を聞いたことから分かると思うけど」
アルフォンス様はわたしの前に膝を突き、
「ジェレミーに詰め寄られている君を……僕は途中から見ていた」
申し訳なさそうに、そう言った。




